【Phase.7-2】それぞれの思惑、火蓋切られるエンゲージ

《いーっ!? もう仕掛けてる?》

《はいっ!》


 リーゼのマップ上では、アルマの現在地を示す光点が高速で移動を開始した。

 彼女の速攻に驚き問うリーゼに対し、走り出す感情ドライビング・エモーションに乗せたアルマの声は、透明感のある声質と相まって随分と気持ちの良い返事であった。



 予測を超えた彼女の第一手に思わずと驚かされたリーゼだが、アクションを起こしてしまった以上、アルマを単独で向かわせる訳にはいかない。これはチーム戦なのだ。


 それに、この行動は事態の終息――詰まるところ『自分リーゼのため』に起こしたモノである事は、リーゼ自身が重々に解している。

 『なればこそ』の思いを重ねた彼女の意志に沿い《あいよーっ! んじゃ、同伴させて貰いますかね》と返答。全力のサポート体制に向けて即時思考切り替えてゆく。


《――そろそろ相手に見つかる500メートル圏内だから、正面の牽制射撃に注意してねー》

《解りました、気を付けます》


 VR内とはいえ、非日常的な戦闘に対して「気を付ける」の一言で、臆する事なき相方を頼もしく思えるリーゼ。


《OK……それと、足の早いをソッチに向かわせたよー》

、ですか……?》

《そ。十秒くらいで合流させて見せるさ》


 アルマにそう告げたリーゼは雨の中、既に愛銃エクシアの『ハンドガン』をベースに『ドローン』機能を組み込んだオルタナティブ・アームズ、『飛行銃エヴィエーション・シューター』を起動し、彼女の元へと向かわせていた。



 ――翼の意匠を凝らした黒銃から、烏型に変形をしたエヴィエーション・シューター。

 濡羽色のソレは降り注ぐ雨粒をものともせず、最高速度は時速100キロメートルに到達。即ち1秒換算にすれば約28メートルにも至る速度で飛ぶ。


 漆黒の翼で夜を切り裂き、瞬く間に西側ロジスティクス倉庫の一角から排水用パイプへと侵入。そのまま東方面へと飛翔してゆけば、僅か十秒足らずで彼女の元へと馳せ参じる事が出来るのだ。



 ≫ ≫ ≫



 雨の中を進行するリーゼの視界には現在、サブモニタとしてエクシアの視界が展開されている。


 そこで映し出された疾走中のアルマに追い付くと、ほぼ無音飛行のエクシアは減速。彼女は並び飛ぶエクシアと(内蔵カメラ)が合い、「烏!?」と驚く。

 少し警戒気味なアルマへエクシアの存在を説明すべく、リーゼは《チームチャット》で話し掛けた。


《ヘイ、ソコの綺麗な彼女カーノジョっ! 一人かな?》

《その声はリーゼさん、ですよね。ってこの子ですか?》



 突如現れたうえ、器用に軟派な人語を操る鳥類には、流石の豪胆なアルマでも一瞬驚いた様子だ。

 しかも動かす必要のないくちばしまでもリーゼの声に合わせて可動しているため、あたかも烏らしき鳥自身が喋っている様に見える点が、更なる困惑を与えてしまったらしい。


《イエース! 走ったら戦いに間に合わないから『エクシア』を使わせて貰ったよ》

《……エクシアって、確か天使の名じゃありませんでしたっけ?》

《お、詳しいね。そうそう、別名『パワー』って言って――っ、ぬおっとぉ!!》



 ――軽口を利かせた会話を交わしつつの等速飛行中、暗闇の先で射撃のマズルフラッシュが幾つも焚かれた。



 距離にして400メートルほど先から迫り来る弾丸が単発で計五射。いずれも漆黒色ジェットブラックに染め上げられたレーザー光エフェクトだ。

 弾道射線は黒系ではあるものの、システム側が暗所での有利不利が付かないようにするため、反対色である純白色ピュアホワイトの縁取り処理が仄かに施されていた。



《ったく……Calculate演算開始


 『楽しい会話に水を差すなんて、気が利かない奴だな』と別の思考では文句を垂れつつ、主たる思考ではマズルフラッシュの射出地点をしっかりと確認したリーゼ。

 その発光点とレーザー弾道の射角より、瞬時に五射すべての到達ポイントを算出してゆく。もちろん射撃音・射程・連射性能からして、武器はアサルトライフルであることは特定済みだ。


 ひとつひとつは単純な計算式ではあるものの『まばたきよりも早く、しかも常に動く変数を対象に、幾つも同時に解を弾き出す』と云う所業を平然とやって退ける……彼の持つ『完全記憶』と『並列思考』の能力あってこそ成立する規格外なまでの演算能力であった。



《――Q.E.D.解は示された


 演算の結果、二発は逸れるものの、三発はアルマへ命中するコースを辿っていた。

 リーゼ(の声を発するエクシア)は躊躇う事も無く《ファントムッ!》と叫ぶと、直後にはその嘴より三発の赤色ルージュ弾が放たれる。



 ――暗がりを翔るリーゼのエクシアと相手方のレーザー弾。帯びる閃熱同士は三度ぶつかり合い、多色混ざり合う灰色グレイエフェクトとともに砕け散ってゆく。



《ッし、クリア! 銃弾はなるべくコッチで処理するから、アルマちゃんは接敵に集中してねー》



 直後、足を止めずに進むアルマが衝突地点を駆け抜けた瞬間、僅かに焦げたような香りが彼女の鼻腔を擽る。

 始終を見ていたアルマは驚きのあまり、直ぐに声を上げられなかった。


 彼女は持ち前の動体視力が良さから弾道こそ見えていたものの、瞬時に三箇所対応ともなれば多少の被弾を覚悟していた。

 それが一切の無傷で済んだうえ、全ての攻撃を撃ち落とすという攻撃無効化の妙技『ファントムブレイカー』を目の当たりにしたものだから、エクシア(を操るリーゼ)の所業に舌を巻くばかりだ。

 直後には《――烏さん、凄いですね!》とアルマからの賛辞もいただき、僅かに気持ちを増長させるリーゼ。


《でしょー!? これぞ『ファントムブレイカー』というエスコート術さ!》

《ファントム……それは良く解りませんが、お陰様で舞踏会には正装フルドレスで辿り着けそうです》


 自身の技術は軽くスルーされるも、彼女の表現が「エスコート」という言葉に合わせてくれたようで、ささやかに気分が上がるリーゼ。

 たぎる気持ちを攻勢に乗せるべく、エクシアに錐揉きりもみ浮上をさせながら声を上げた。



《んじゃ、ココから叛逆開始だっ!》

《はい!》



 一人と一羽は加速度を増し、敵陣営へと向かいはしった。




 ≫≫ 残り27分58秒 河川フィールド地下 排水用予備パイプ内部 東エリア ≪≪



 小さな身体を物々しい鎧で包み、跳ね上げたヘルム部から顔を剥き出しに覗かせたまま、右手を開いて突き出したまま立つ少女アバターのチカ。

 その表情は苦々しく、「チッ!」と先程に放ち消されたレーザー弾の残熱を仄かに漂わせては舌打ち。


 見慣れぬその武装は、特殊武器『パワードスーツ』の右腕へ『アサルトライフル』を内蔵させたオルタナティブ・アームズ、『強襲型外骨格アサルト・フレーム』であった。

 掌底部からは銃口が覗き、アクチュエータで動作するアサルト・フレームは、内部空気圧を調整する事で可動域を変化させると、まるで彼女の内にある不満の如く、随所よりエアを深いため息の様に吐き出した。



《フン、消されたか……まぁいい、近接でカタをつけてやろう。それとお前は指示どおりに向かえ》

《解りました! んスね!》

《そうだ。お前が望んでた『お返し』のチャンスも後でやる》



 漂う黒色のエフェクトを手払いで大気へ霧散させると、やや毒付きつつも隣に立つカムイを顎でと合図を送る。

 後方で鯱張しゃちほこばった男は従順に《はっ!》と頷くと、後方にある梯子へ急ぎ足で向かった。


 そして向かう先からは、カムイと入れ替わるようにして迫る白い人影。


「白コス(コスチューム)ってことはノービスの方だな」


 背後ではとカムイの金属梯子を駆け上がる音が、川中の轟音を彩る様に高く鳴り響くが、チカは振り返りもしない。

 薄暗い正面へ目を凝らすと、予測どおりのノービスであるアルマの姿と、そこに寄り添う黒い烏を視認した。


「それと、さっきの攻撃無効化は……今朝方の試合で見たアイツのオルタ武器 (エヴィエーション・シューター)だね」



 品定めのように蒼黒の二翼――アルマのポニーテールを結わえた翼の髪飾りと、エクシアの黒い翼――を見るや、チカはシニカルな笑みを浮かべる。


 直後、ヘルムを下げて垂涎を表した顔を覆い隠すと、アサルト・フレームのホバー駆動とともに地面を走り滑ってゆく。



「いいねぇ……お前たちの両羽根ともいでスクラップにしてやるよ!」

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