【Phase.7-8】追走戦、雨中に聳える決戦の地

 ≫≫ 11時02分_株式会社リアライズ本社 11階 技術主任室 ≪≪



 アルマがチカへ『熾天刃セラフィムエッジ(またしてもリーゼが勝手に命名)』の一閃を決めた直後――再び視点はゲイザーとあたりの居る現実世界へと移る。



 EXプレイヤー同士の戦いは然しもの運営側でも目を見張るモノがあるらしい。

 特に前作より総責任者を務める當に至っては、今し方目に入ったアルマvsチカの決着シーンにご執心の様子だ。



「おぉ、プレイヤーを仕留めたのか! あのEXプレイヤーは――何者だね?」


 これには『EXプレイヤーリスト』よりアルマの情報を瞬時に引き当てるゲイザー。


「確か――ああ、彼女はウチ(キュヴェレイ)の副社長が独断で招待した人物ですね」

「ほぉ、ならアスリート枠って事か。優位は世界ランカーの方にあったというのに……凄いモンだ」


 幾多の戦闘を目の当たりにしてきたであろう開発陣トップの當が、ここまで手放しで褒めるのも珍しい。


「最後、攻撃を受けて隙を作りましたね。回転の運動エネルギーが決め手でしたが、相方の連携もあって上手く嵌ってくれた形……という所でしょうか」

「だねぇ。アレは玄人好みのプレイだった――ん? そういえば随分とゲームに詳しいじゃないか?」

「先日、一戦だけですが実際にテストプレイさせてもらいましたよ」


 ゲイザーの言葉に當は「ほぅ……」と感心を声に出す。

 何せ『ゲイザーは経営サイドの人間。開発の一部のみに携わり、実機 (フルダイブ型VR環境)は未経験』という認識だったため、一瞬にして當の記憶がアップデートを完了したのであった。


「たった一戦でそこまで理解する君もまた異端だねぇ……で、結果は?」

「パートナーが面白く強い方でしたので、無事勝利できました。フルダイブVRの楽しさが良く知れた一戦でしたね」

「そいつぁ喜ばしい事だ!」


 全年齢にも対応したようなゲイザーの模範解答だったが、當の注目点は違った。

 「勝利」というよりも、最後の「楽しさ」という言葉を聞いて喜びを露にしたのだ。やはり開発の中核を担う彼にとって、いちユーザーの「楽しい」という言葉は極上の喜悦きえつなのだろう。


 ……が、このような会話は交わせど、互いの目はモニタへと向いたまま。

 未だにリーゼをしげしげと見つめるゲイザーの様子に當は気付かず、嬉々としてEXプレイヤー同士の衝突に、未だ興奮冷めやらぬ様子であった。



「――いやいや、良い事例だったね」

「このデータも解析班を通して、ゲーム内のバランス調整に活用されるんですよね?」

「そのとおり! フルダイブ技術は第二現実だ。身体に優れたアスリートとのバランスも考慮しないと、上位プレイヤーはメダリスト達で占められかねんよ」

「それこそが、ユニークスキル(個性)を持った方々をEX特別招待プレイヤーとして招待した狙いの一つ……でもありますからね」


 當は意味深長にゆっくりと頷く。


 前作はeスポーツ等で経済を大きく動かしたタイトルだっただけに、当然として今作の世間の注目度は世界レベルで高い。そのためフルダイブ仕様となった今作は、特に入念な調整が求められているのだ。


「ま、現状では想定ほど彼ら(EXプレイヤー)ばかりに偏らんさ。……それにしたって彼らを集めるのは大変だったんだぞ? 特に剣道の全国覇者なんて口説き落とすのに、同じ高校のクラスメートら含め6人分の当選枠まで与えてようやっと参加を受諾して貰えた――」

「――裁量をお任せしてる分、ご苦労をお掛けさせてしまい申し訳ないです」



 ゲイザーは當の話が横道へ逸れ始めた事を察し、労いという形で遮る。

 しかし當は不満げな面持ちのまま、今度は別のクダを巻き始めたのだ。



「ったく、私も技術者の端くれだから当然全てやってやるさ。しかし、人材がもう少しだなぁ……」



 悩ましさを「ハァ……」と溜息まで添えて漏らした當。

 この理由にはゲイザーも思い当たる節がある。



「技術者の不足、ですよね?」

「そうなんだが――んー、正確に言うなら『才能不足』なんだろうね。誰も彼もと判を押したみたいな発想ばかりで、このままじゃ詰まらんフルダイブ作品にされかねんのさ」



 ……とてもじゃないが、他の開発スタッフに聞かせられない台詞である。歯に衣着せぬ物言いは「當節あたりぶし」とでも云おうか。

 これには僅かに苦笑したゲイザーだが――



「ああ、そうだ。當さん、これを見てください」



 ――と、先程に見ていたリーゼの非公開情報を自己の端末から共用モニタへ送り、管理者権限で當へ開示した。



「ふむ、アドオンか…………ん!? おい! このプログラムは君が作ったのかね!?」

「いえ。βが、個人利用の範囲で作ったと思われます」

「……いちプレイヤーが、個人だけでこんなモノを、かね?」



 モニタに顔を張り付けて(とは言え大気中の素粒子を仮想モニタとして描画しているだけなので、顔はすり抜けてしまうが)、構文の一文一文ずつに目を剥き出した。



「流石は當さん。一目でコレの内容を――」

「――いいから、もっと良く見せてくれ!」



 當は空中に浮かぶモニタの操作権限をゲイザーより「どうぞ」と委譲してもらい、プログラムの内部までを最奥部……その深淵に囓りつくように覗き込むと、時折大き目な独り言を幾つも呟き出すのだった――



「この構文だと――自分や対戦相手の癖や動きを学習させるAIじゃないか。一体何に……お、これはそうか! シュリンク化したAIをMR武器にチップごと積んで意志を持たせるのか!?」


「武器のフレーム部をインスタンスとして量子化――そうか、これなら銃なんかはホルスター要らず! 武器そのものを持ち運ぶ必要がなくなり、何処でも出し入れ自在になるのか……しかし構文が凄いな。殆どオリジナル言語の様なのにシステムの不具合も出ずに動くとはねぇ」


「……仮想サーバーと連結して戦闘フィールドまで構築できるのか!? コレでは殆ど開発ツールレベルだぞ!?」


「その上、オートバリデーション (自動プログラム修正機能)まで――ウチの奴らよりウチのシステムを熟知しているじゃないか……」



 ――と、放っておけば延々と語り続ける當を、さも楽しそうに見つめるゲイザー。

 だが、余りの情報量に驚き疲れたらしく、當はソファへと腰を下ろし……



「……フーッ。物理的なMRシステムまで利用したコレはもうアドオンなんて呼べん――さしずめ、アドオンという皮を被った先進の『ブラックボックス』って所だよ」

「と、いいますと――お気に召した、という事で?」


 仮面の向こうから悪戯っぽく笑って尋ねたゲイザーだが、當の答えは「分かりきっているだろう?」という類の渋い顔であった。


「知ってて聞くかねぇ? 腕もいいし着眼点も斬新かつ私好みだよ……しかし、産業スパイかクラッカーの仕業かと思ったぞ。こんなモノを個人用だなんて悪質な冗談だろう?」

「いえ、本人には未確認ですが、ならまず個人利用で間違いないでしょう」

「フム、まるで様な口振りだね?」



 そんな當の胸算きょうさんを聞いて、『少し情報を出し過ぎたな』と自戒したゲイザーは「何にせよ――」と、会話を締める言葉を継げた。



「――もしこの人材を希望でしたら、近いうちに直接面談をしますよ。フルダイブという新しい世界を創る『才能』があっても、本人のやる気が無れば御破算の話ですしね」

「御曹子、是非その人物を引っ張ってきてくれ!」

「ですから、その御曹子っていうのを止めてください――まぁ本人次第なので……期待し過ぎない程度に、期待してください」



 仮面を被っていても隠しきれない、些かの企て相貌がおを浮かべるゲイザー。

 その奥の瞳は今もリーゼを捉えたままであった。



 ――そんな作り手たちの思惑など露知らず。

 モニタに映るリーゼは勝利を目指し、雨の中を走り続けていた。



──────────────────────────────



 ≫≫ 戦闘時間残21分02秒 河川フィールド地上_東エリア_排水機場付近 ≪≪



 エクシアの見ていた景色……リーゼのサブモニタは光に包まれた直後にブラックアウト。

 現在、画面には『No Signal』の文字だけが表示されていた。


 原因はさきの時限式爆弾、ただ一択。

 単一で半径5メートルを解放されたエネルギーに因って吹き飛ばす代物――それが川面から20メートルも下にて18個分同時に爆発し、その攻撃範囲は半径約100メートルにまでほぼ加算式に拡大。中心点に居たリーゼの武器エクシアとチカ本体は跡形もなく消し飛ばされたのであった。


 当然ながら効果は川底付近の彼らのみに留まらず。

 同時に地上を走るリーゼの本体が目撃したのは、河川の激流より約20メートル程の水柱が高々と立ち上り、その根元では渦を巻きはじめ、水かさがみるみると下がってゆく。

 どうにも地形への影響もあるらしく、マップを見れば川底が少し抉れており、そこに水が流れて水位が下がったらしい。


 丁度いま、橋を渡り終えたばかりのリーゼにも水柱の煽りが僅かに及び、飛沫と呼ぶには随分と大粒の河水が横殴りで打ち付けてきた。


「――んぷっ! うぇえっ……爆弾18発分の爪痕がコレ、か」


 口内に少し入ってしまった水を吐き出し、微かな嫌悪感を覚えつつも惨状を呈した戦闘フィールドに一瞬の注視をした。


 見れば津波のように橋上までも水が覆い被さり、次世代強化コンクリートであるジオポリマー製の橋部中程には幾つもの亀裂が走っている……仮に今、リーゼがその近辺に居たのなら、恐らくは水にさらわれて眼前に見える渦へと飲まれていた可能性だってあるだろう。

 幸い(とも言い切れないが)そんな憂き目には遭わず……が、地上がこんな状態だ。

 爆発を逃れたとはいえ、地下に残ったアルマは更に酷い状況となっていた。



 排水路パイプの爆発地点は当然として盛大なまでにぜたため、カムイが排水機場より水を流す必要もなく、そこから強制的に残存する排水路へ水が満たされてしまったのだ。

 そんな状況のなか、リーゼの通信はアルマと繋がらなくなってしまい、それは現在進行形で続いている。



《――アルマ、大丈夫ー?》



 先程より《チームチャット》で何度か呼び掛けを送ってはいるのだが、未だに返答は一言も無い。

 しかしながら、味方の状況を表示するリーゼのIFインターフェース上はHP残1割で生存ステータス……チカの攻撃ウロボロスを食らって以降は減少していないので、無事 (とは決して言えないが)に爆弾の爆発からは逃げ仰せられたのだろう。


 彼女の現在地についても不明であった。

 500メートル圏内のプレイヤーを表示するリーゼのマップには、アルマを示したマーキングは映っていない。

 状況予測は排水路に流れ込んできた濁流に飲まれ・揉まれ、東エリアの転送地点あたりまで押し流されているのだろうため『……たぶん、まだ水の中だよねぇ』と想像をしていた。



《まー、水の中は意識してチャットはムズいよね――あ! そいやぁアルマって泳げるのかな? もしかしてカナヅチじゃ……》



 ――と、きっと本人に聞こえてるであろう《チームチャット》でそんな心配を漏らしながらも、足だけは止めずに走り続けたリーゼは、ようやく『排水機場』のエントランスへと到着したのだった。

 約一分前には既にカムイが先客として、高さ30メートル程もあるこの排水機場へ侵入したのを目撃している。



「モチ、アルマは心配なんだケド、コッチはコッチの役目を果たさないとね――さて、目的のカムイ君は何処へやら?」



 結果的に排水路へ水は流し込まれてしまったものの、アルマはキッチリと自身の役割を果たしてくれた。それも「Rank.5をノービスが撃破する」という、リーゼの想定する以上の結果まで出しているのだ。

 彼女の相方として、先人プレイヤーとして、そして何より自分の未来を照らしてくれた彼女に報いるためにも、決して歩みは止められない。


 当然としてカムイを警戒し、施設内部の様子を伺いながらマップ確認。

 すると、彼はどうにもエントランスフロアの最奥部を目指して全力移動中の様子であった。


 リーゼは「敵影アリ……が、こりゃ急がないとマズそうだな」と呟いて手を広げると、何もなかった空間から赤色の粒子が集い形を成す。それは瞬時に愛銃『アリステラ』を象ると、彼は淀み無く決意を乗せた一歩目を踏み出した。

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