【Phase.7-11】決意を秘めて、Dive to Stella

 ≫≫ 戦闘時間残14分49秒 排水機場_屋上ヘリポート ≪≪



 勢い良く扉を蹴破り、屋上へと躍り出たリーゼ。

 そこから見えた世界は、地上30メートル超より見渡す商業エリアのネオン輝く夜景であった。


 湿気混じりの少し生温い風が彼の頬を撫でると、空に掛かっていた雨雲は夜風で流され、今は星空たちがこのフィールドを優しく照らしてくれる。



 ――階下のコントロールルーム(とは云え、口証ではコントロールルームが最上階)より僅か階段を7段上がった先には屋上へと続く扉があった。

 リーゼは駆け上がりながらに再びの『トライバースト』を2度浴びせると、いとも容易く上下2つの蝶番は弾け飛び、そのまま走る勢いで扉を蹴破って到着――という現在。


 普段は河川管理者の緊急着陸用ヘリポートとして使われるこの屋上。床にはHマーク(丸印の中にH)と呼称される記号が描かれていた。

 そこから向こうに見えるは、星々を照明にして照らされた街の全域。アルマから聞いたとおり、折れた橋の姿も確認できた。


 見る者次第では正に「絶景かな、絶景かな」なる一望千里いちぼうせんりの光景だろう。

 ……しかし残念ながら、高所・閉所・暗所の三所も苦手とするリーゼにとっては、跼天蹐地きょくてんせきちの絵面でしか無かった。

 


いっちゃん(一番)早く出られる外はココ……んだけども、苦手な高い場所を強要させおって!」



 実際に強要などされていないが、結果から恨みがましい押し付け文句をポツリ。


 言って彼は施設保護のためにプルーフィング(防水)加工が施された強固堅牢なる床面……そこに点在する水溜まりを数か所踏みつつもHマークを超え、河川とは反対側――詰まりエレベーター側より顔をヒョッコリと出して地上の方を覗き込んだ。

 万が一の落下防止対策で、直ぐ両手が使えるよう『アリステラ』を量子化させて格納しておく事も忘れない。



「――居た!」



 この場より約12メートル下方。

 施設の外側へ硝子張りで剥き出したエレベーターが停止しており、内部を所狭しと彷徨く『ソード・フレーム』が――いては着用者であるカムイが確認出来た。


 屋上にまで来て、ようやっとカムイの姿を視認したリーゼ。彼はいま、引ける腰・震える膝を懸命に抑え込んで、へり部分から身を乗り出しているのだ。

 だが角度的にエレベーターの内部把握をするのは困難だと言わざるを得ない。もし無理をしてこれ以上身を乗り出せば、その身体は夜の闇へと真っ逆さまだろう。

 そんな自殺願望は当然として持ち合わせていない。


 ……ただ、一つだけ言えるのは「やはり今回の停電はカムイが作為的に起こしたもの」である事だけは判明した。導く解は彼のソード・フレームに備わる『大剣キャリバー』だ。



「あの剣でエレベーター内部のウインチ(ワイヤーの巻上機)を破壊したのか……」



 ――本施設のエレベーターは、ウインチの動力がカゴ(本体部)に備わった『簡易トラクション式』と呼ばれる構造だ。

 一般的なトラクション式の構造であれば、動力は本体ではなく、屋上ないし階下に備えられるものである。しかしこの場所は『排水機場』なる非常用設備のため、一般に常用するようなエレベーターではない。

 しかもセキュリティー保持のため、外部から手を加えられぬよう内部完結可能なレア仕様で構成されていたのだ。


 リーゼもエレベーター構造に詳しいと言うわけでは無いが、今もキャリバーが刺さるウインチよりスパークが時折放たれ、通電を遮断する様子が屋上からでも見て取れた。



「物理破壊されてちゃエレベーター復旧は絶望的……となると、他の方法で仕留める選択しか無いか」



 言葉として目標をアウトプットをしつつも、思考内では様々にシミュレートを繰り返すリーゼ。彼の『完全記憶』と『並列思考』は、一瞬間のうちに幾つものパターンにて脳内トライアル&エラーを繰り返していた。




『ええと……先ずは射角が厳しいから、やっぱこの場からの射撃は無意味か。

 精々ガラスを割る位しか出来ないなぁ。


 ラペリングづたい(ロープを使ったビル外壁からの降下)も非現実的。

 少なくとも『記憶』する範囲で、このフィールドにそんな長いロープを見掛けなかった。多分ソイツを探してる内にタイムオーバーするだろうね。

 怖いって理由はモチ(もちろん)あるケド!


 エレベーター再起動は動力がイってる時点でやっぱ無理。

 というか、水量しか弄れないこの施設じゃ機械的にロクな事が出来やしない。


 アルマは片腕損傷だし、武器無いし、HPだってもう殆ど残っちゃいない。

 取れる手段は現状だとアタシの方が多いだろうけど、武器は『アリステラ』一挺のみ。

 タラレバになるけど、『エクシア』さえ健在だったなら窓側から強襲も仕掛けられたんだが……。



 ――うーむ、手詰まりか?



 ……いや、不確実ながら一つだけ打開できる「案」はあるんだよな。

 考えたくも無かったし、取りたくない手段だし、選びたくは無い方法が、一つだけ。


 そしてチャレンジの代償は、自分の「命」ってヤツが――』



 

 リーゼの胸の鼓動が「ドクンッ」と自制も利かず、異常に跳ねてはピッチを上げ続けてゆく。それを上手く御せないまま、口から飛び出そうな程の異物感を抱えている自覚もあった。


 連動してか、唯一として浮かぶ案に対して無意識に「死にたくないなぁ……」と漏らした時――アルマからの通信が入った。



《――お待たせしました。今、建物の下まで到着しました》



 グルグルと渦巻く心境の中で聞いた彼女の透明な声にピタリ、震えが止まった。

 雨上がりに聞いたその声は、今の夜空の様にリーゼの感覚質クオリアへ澄み渡ってゆく……ふと気付けば、彼が唾棄だきしたい程に駆られていた恐怖は一蹴されていた。


 理由はきっと彼女に惹かれた根本のひとつ――彼女が示す行動と理念だろう。

 彼女の有言に不実は無い。少なくとも此れ迄は行動で全て示してくれている。「やるべき」だと思った事を実行し、それは身魂しんこんいとわずに応えてくれたのだ。



「一人じゃない。それだけでもありがたいモンだ。それに――」



 ――それに、彼女がロビーで手を差し伸べてくれなければ、恐らく今頃はログアウトをしてベッドに塞ぎ込んでいただろう。


 その姿に、その声に救われ『アタシも、自分自身とアルマに真摯でありたい』の想い。それはリーゼの内で新たに生まれた信念Faithだった。



《お疲れ様……ええと、アルマ?》

《? はい》



 リーゼの神妙な声色。

 飄々ひょうひょうとしたイメージを彼に持っていたため、ギャップから無意識に息を呑んだアルマ。



《今、カムイ君が、一基しか無いエレベーターに立て籠もっててね。んで……彼を今からから、手伝ってもらいたいんだけど……良いかな?》

《――勿論です!》



 唯一の「案」……恐怖と死が伴うソレの実行を決意したリーゼ。

 至って平静を装って話したのだが、恐怖を完全には抑え込めず。一言一言が無意識に区切られ、ようやっと吐き出して語る彼の違和感をアルマも察していた。


 しかし同時に、言葉に込めた思いには決意が……「almaに宿る信念」が共に内包されている事にも気付いていたため、彼の決断に疑義は挟まない。

 彼の決意を共に全うすべきと、直ぐの二つ返事。



《それで何をしましょう? やりますよ》

《ほぅ!? 、と言ったね? じゃあ――》



 彼女は意識して言ったか解らずだが、NEETゲーマー心を擽る台詞だった。

 「アガる事を言ってくれる……こりゃ尻込みせず、しかないねぇ」と、アルマに聞こえぬ「オープンチャット」でひとりごちたリーゼは、浮かべる「案」の概要を彼女へ告げた。



《コッチは施設の屋上に居るんだけど、今ココからエレベーターを吊ってるワイヤーを落下中に銃で切断してくる。んでエレベーターごとカムイ君を落とすんだけど、俺は多分……というか100パー死んじゃうのさ。紐無しバンジーみたいなモンだしね》


 聞いて一瞬「死」というワードで口を挟みかけたアルマだが、グッと飲み込んでリーゼの思い込めた言葉を聴き続ける。


《んでも……カムイ君の方はエレベーターの箱やらオプションやら鎧やらに護られて、大ダメージを受けるだろうけど生き残る可能性が高い》

《……》


 この点はエントランスで見たカムイの残HP・装備等を含めて、リーゼが高さから落下ダメージを試算した結果のみを伝えた。減少量は落ち方に因るのだが、十中八九で彼は辛うじて生存するだろう見込みだったのだ。


《そこで、彼が生き残ってたらアルマには彼の止めをお願いしたいのだケド――》

《――はい! 任せてください》



 聞き耐えた果てに即答のアルマ。武器も失い、HPだって1割程しか残ってない背水の陣だと云うのに何とも力強い言葉だった。

 だが《――でも、ひとつだけ》と続く問いもそこには付随した。



《死んでしまう以外の選択は無いのです……よね?》

《うん。この戦いに於いては多分無い、と思う》

《ならその役目、私が代われませんか?》



 何ともハンサムな提案を告げてきた彼女。リーゼは胸を締め付けられる思いだ。

 けれども……。



《いや、代わんないよ――んで、キッチリやり切って見せる。ありふれたクッサイ台詞だろうけど「死んでも掴みたい自分の未来」ってのが、勝利とは別にあるのさ》

《――オトコノコさん、なんですね》



 男アバターの現在いま、男性としてリード出来てる証にも思えた彼女の「オトコノコ」発言で夜に笑ったリーゼ。

 ついでに恐怖心までも笑い飛ばし、仮初かりそめの「死」を乗り越えた瞬間でもあった。揺るがぬ勇気と、少しばかりの強気が足元の震えを完全に止まらせてくれた。



 実際のところは「代わる事の出来ない技術を要する行為」なのだが、それ以前の「自分だけが果たせる役割を果たす!」という心持ちこそが肝心要となる案でもあるため、リーゼは決意表明としてアルマへ伝えたのだ。


 ……が、言った直後の内心では『言葉通り死ぬだろうけど、随分と小っ恥ずかしい台詞を言ってもうたー!』と顔を真っ赤にしていた。

 それでも、伝えた言葉に偽りが無いのもまた真実。



 またリーゼは気付いてなかったが、アルマはその視力の良さから、到着した時点で屋上に立つ彼の姿を捉えていたのだ。

 星光を浴びて、死ぬ事を知りながらも意思をハッキリと示したリーゼの姿が眩く、頼もしく、そして美しく映った。

 ……勿論、最後の照れて悶えた姿までバッチリ見えている。



《んじゃボチボチいくかー! ……あ、空のお土産は何がいい?》

《そこはリーゼさんの光るセンスにお任せしたいかな? 私は地上で楽しみにお待ちしてますよ》



 アルマは通信の向こう側で微笑み、そして頷きながら透き通るような声でリーゼを優しく包んだ。



《あいよー! 何だったらステラだって掴んで見せるさ》

《あら、お星様がお土産なんて素敵ですね》

《センス良いでしょー? お任せあれ!》



 彼女が《クスッ》と笑う声が向こうに聞こえた――直後、万が一に情けない声を漏らさぬ様にと、今の会話を最後に《チームチャット》を切断したリーゼ。

 視線は闇に浮かぶヴィヴィッドなネオンに彩られた街並みを見つめている。



 恐怖に苛まれていた先程とは打って変わり、現在の心持ちで見つめた商業区画の眺望に「良く見りゃ綺麗なモンだねぇ」と呟く。

 そこに見たのは夜景ではなく、自分自身の未来だったのかも知れない。


 決意とともに量子化で格納していた『アリステラ』を掌内へ再構成したリーゼ。



「飛ぶにゃ良い日、良い空じゃないの――うっし、Go for Broke(当たって砕けろ)だ!」



 自身の決意が再び揺れる前にと進取果敢しんしゅかかんに踏み出した虚空の路。

 彼は煌めく星々の輝きを一身に受けながら、翼無き身体ひとつで夜空へと羽ばたいてゆく。



──────────────────────────────



 ≫≫ 戦闘時間残11分42秒 排水機場_屋上から空へ ≪≪



「うっひーーっ!!」



 絶叫するリーゼの身体は今、重力に委ねた落下を開始していた。

 想像以上の風圧が横から下からと吹き付け、彼は望まずとも空に踊る。



『落下速度55キロのタイミングで……弾けるトリガーは一度だけ!』



 ――30メートルの屋上部から落ちた場合、地面に激突するまで約2.5秒。現在の風環境なども考慮すれば約3秒まで延びている。

 自由落下速度は徐々に上がり、最終30メートル時点で時速87キロメートル超。間違いなく即死するであろう。


 そしてカムイの居る地上18メートルのポイントには約1.5秒で到達し、その段階でリーゼの身体は時速55キロメートルの中に居る事となる。



 ……これら重力加速度の目測試算は空に飛び出す以前より、既にリーゼの脳内で終えていた。

 だが「いざ実行」となれば理論だけでは済まない要素が多くを占め、厳しい現実を眼前に突き付けられる。



 風圧でめくれ上がる頬肉、激しくはためく黒のコート。

 人体落下では頭部が下方に向くのを既知としてても、その制御までは体感した事がない。

 左手に握り締めた赤銃『アリステラ』も、地上の吹き上る風に煽りを受け、腕が意図しない右顧左眄うこさべんとして狙いが安定せずの状態にあった。


フィジカル・サポート・オペレーション(アスリートと同等の肉体性能にしてくれるシステムアシスト)アリでコレは……マズいか』


 銃弾を撃ち落とす程の正確無比な技量――それは多少の劣悪環境下にあっても決める自信をリーゼは持っており、だからこそ此度の選択をした。

 加えて心は恐怖を乗り越えていたのだが、強靭な身体アバター体でありながらも物理的な阻害を受け続ける現状。


『もう最終ラインは近い……狙わせてくれっての!』


 一度きりのチャンスだというのに、向かい風のファクターたちが成功の見込みを際限なく下げてくる。

 風圧に逆らえず、狙い定まらぬまま……間もなく攻撃ポイントに至るが、失敗のイメージが悪魔の顔を覗かせ始めた。


 加速度的にその身へ迫る不安・恐怖・自己嫌悪のマイナスなる疑念の感情たちが、彼を滅びへと誘ってゆく。



『飲み込まれるな! アタシはやる……やらなきゃいけないんだ――』



 掴み取りたい未来への渇望は負の感情と混ざり合い、し掛かり、果ては決意までも潰されそうになっていた。



 ――だが、窮したその心を余さず包みこんだのは絶望に非ず。


 リーゼの内に眠っていた『記憶』の泡沫ほうまつだった――

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