➥ Scenery.2_片翼の二人

【Phase.3-Beginning】EXプレイヤー黒咲華音、βテストへ参戦?

 西暦2029年5月。

 フルダイブ型対戦VRゲーム《MateRe@LIZE Nexus》βテスト初日のサーバーオープンより、ジャスト四時間が経過した十四時現在。


 リゼの意識が切断している時分、場所は変わって――



──────────────────────────────



 ――羽田空港国際線旅客ターミナル。

 十五年程前より本格的に国際化を果たし、日本に無くてはならない世界との玄関口。


 今この場所へ、一機の旅客機が十二時間四十分ものフライトを経て滑走路へ着陸した。

 『ワルシャワ発、羽田空港行』十四時着の便である。


 機体より降機する人々は、観光目的の外国人客が四割弱、残り六割程は帰国した日本人客で構成されている。

 その中で一際目立つ背の高い日本人女性が約一名。 

 彼女は乗客のみならず、キャビンアテンダント方の視線まで集めている……が、要因は背丈のみに在らず。


 真っ直ぐと到着ゲートへと歩く彼女。


 艶やかで長い黒髪をダウンスタイルのまま、菖蒲アイリスのフレグランスを絡ませ、揺れるたびに華やかに人々の鼻腔をくすぐる。

 身長は足元に履くバレエタイプのラウンドトゥシューズを差し引いても、大台直前の179.6センチ。女性としてかなりの高身長でありながら、ピンと張った背筋とモデルのような均整の取れたプロポーションが、彼女の魅力を際立たせる。

 加えて殆どメークをしていないナチュラルな顔立ちは凛として、一切を飾らずとも『美人』と断じてしまう程だ。

 反面、七分袖チュニックにショートパンツを合わせたシンプルなファッションは、気取らぬ雰囲気を彼女に与え、更なる好印象を彼らへと与えていた。


 周囲の面々もつい足を止め、『ホゥ……』と溜息を漏らし魅入ってしまう。

 対し彼女は、多くの視線を受ける事に慣れているのか、彼らの反応を一切気にする事も無く、早々に入国手続き・審査・荷受け・税関を順に済ませ、正式に日本の地へと降り立った。


「……久しぶりの日本ね」


 

 ――彼女はゲートを潜り、そのまま空港一階の入国ロビーへ移動。

 長椅子に腰掛けてポーチを取り出すと、中からは今どきレトロなスマートフォン端末を取り出し、何処かへと電話をコールし始める。


 ……が、このタイミングで見知らぬ二人の男性より声が掛かる。


「おねーさん! 美人だねー?」

「折角の出会いだし、そこの喫茶店でお茶しようよ。ご馳走するからさ」


 何時の時代の口説き文句だろうか。顔を上げれば確かに美味しいと噂の和カフェが視界に入ってくる。

 だが彼女は一瞥だけするも「そこには誰も居ない」という体の無視をし、鳴らす電話の呼び出し音へ耳を傾けていた。


「……おい。話聞けって、おねーさんさぁ?」

「折角褒めてやってんだからさ。なっ?」


 勢いと下心だけを武器に声を掛けたというのに、彼らのあって無いような尊厳を傷付けてしまったらしい。無視された男たちは次第に距離を詰め、座る彼女に会話を強要してくる。


 ――だが男らの声を押し退けて、絶叫にも等しい声が入国ロビーに響き渡る。


「引ったくりっ! 返して!!」


 眼前の男らの向こう側で年配女性の叫ぶ。

 少し離れて女物の鞄を抱えて逃げる帽子の男が一人……この瞬間には既に「退いて!」と男たちを押し退けて駆け出していた彼女。


 風を切って長い黒髪が揺れる度、菖蒲アイリスの香りが道を創り上げる。

 高身長でもある彼女の足はかなり速いが、ひったくり男も其れなりの逃げ足だ。少し先の角を曲がられてしまえば、逃げ遂せられる可能性が高いだろう。


「ッ! ……すみません、借ります!」


 彼女は横切っていた和カフェのオープンスペースにて、を一本拝借。その場で男に向けて投げ付ける。

 ナイフは真っ直ぐと……否、帽子の男に吸い込まれる様に飛翔し、鞄を抱えていた男の右腕に命中した。


 ……とはいえ、薄手のダウン越しに当たったナイフは、実際のところ刃先が一センチ程度だけ刺さったのみ。だが効果は充分で「……痛って!」と叫びつつも不意に襲われた痛覚から足がよろけると、曲がる筈だった角へ鞄を引っ掛けて取り落としてしまう。


「本当に欲しいものがあるなら――自分の力で掴みなさい!」


 男が鞄を慌てて回収しようとした刹那、一気に叫び詰める彼女は跳躍しながら足の先端を突き出すと、その爪先は男の頬を僅かに掠めて壁面へ命中。

 直後に男の頬がパックリと裂け、壁は彼女の爪先の形のままと抉れていた。


 ガラガラと崩れる石壁に目が釘付けになった帽子の男は、床に落ち広がる石片とともに地に伏せた。


「わ、悪かった!! 助けて……殺さないでくれ!!」

「……私、非道い言われようね」


 彼女の破壊力に併せ、臈長ろうたけた美女が冷淡に見つめる視線にも耐えかねた男は遂に観念した。

 直ぐに駆け付けた空港の常駐警察官に男は連行されていくと、彼女は「はぁ……」と嘆息を洩らしつつ自身の手荷物を回収しに戻る。



 ……すると先程鳴らしていた電話は、どうにも一分前から接続されていたらしい。

 画面の表示名は『黒咲くろさき一華いちか@おかあさん』。


「――あー、華音かのん! やっと出て貰えたわ……そっち、何かあったの?」

「ううん、大したことは無いよ。おかあさんは運転中?」

「そ。ちょっと混んでて――今、天空橋に入ったところよ」

「ならもう少しだね。先に駐車場に行ってて貰えるかな?」

「……何か時間掛かるのね? 解ったわ、待ってる」


 電話で『華音』と呼ばれた女性は通話を終えると、手荷物に加えてキャリーのキャスターをと牽き鳴らしつつ、空港内詰め所へ向かい始めた。流石に引ったくり男を捕まえた当事者になってしまった以上は、空港詰め所に出頭し、警察などへ面倒な事情聴取を観念して受ける他ない。

 周囲の様々な感情が入り混じる視線を後ろ姿で捕らえたまま、彼女は重い足取りで歩き始めた。



 ≫≫ 15時22分_羽田空港駐車場 ≪≪



 彼女は黒咲華音くろさきかのん。大人びて見えるが現在十九歳。

 母の一華はバレエスクールのオーナーで、父親は作曲家。だが三年前に両親は離婚をし、母方の『黒咲』姓へと変わった。

 入学初年度の休学を経て東欧ポーランドのハイスクールに通う三年生であり、現在は国立バレエ団にも所属するプロのバレエダンサーでもあった。

 海外の卒業シーズンは九月。卒業前に最後の長期休暇となった一ヶ月間を、帰省期間として充て帰国した所だったのだ。


「待たせてごめんね、おかあさん」


 空港でのトラブルから約三十分の時間拘束となった華音だが、逮捕への協力・加害者の軽微な怪我・監視カメラ確認等を済ませるとスンナリと解放され、母親の待つ駐車場にようやっと到着したのであった。


「いいのよ。それよりもお疲れ様。長旅で大変だったでしょう?」

「そうだね。大変だったかも」



 久しぶりの親子会話を交わしつつ、母親の一華が運転する自動車の助手席に乗り込む華音。

 その一華は「あら、ってなぁに~?」と言いながらも、クスクスと笑っている。どうにも、またナンパをされた事を察したらしい。

 寧ろ「我が子を綺麗に産んであげられた!」と誇らしそうでもある。これまで美人娘の武勇伝を過去に幾つも聞いている母親にとって、娘のリアクションも既知であり、最早笑い事のよう。


 ……確かにナンパはされたが、実際には少し(いや、大分と)異なる。

 さきの件でお気に入りのシューズにも穴が空きかけているのに、知らずに様子を楽しむ母へ「ぷぅーっ!」と年齢相応の膨れ面をする華音。その彼女を余所に車は走り出す。



 ≫ ≫ ≫



 ――近年、自動車の『自動運転機能』は現行普及のほぼ全車種へ標準装備となっていた。

 そのため、ドライバーイコール自動運転のをする事が主な役割で、以前ほど運転に集中力を割かずとも良くなっていた。

 お蔭で一華は、心置きなく愛娘との会話に集中できるという訳である。


「おかあさん、半日かけてポーランドから帰って来た娘をもっと労って欲しいのですが?」

「はいはい。……あ、そうだわ! 華音宛てに大きな荷物が届いてるから、帰ったら見てね」

「荷物? 受け取り予定は無いのだけど……」

「んー……確か『Cybeleキュヴェレイ』の宛名だったわねぇ」

「キュヴェ……!? 日本では通販してないのに、何だろう?」

「部屋に置いてあるから見てみなさいな。あ、それと夜はスタジオに顔出してね? ウチの生徒さんたちに紹介するから」

「……留学させてもらっている身だから、それは「はい」としか言えないよね、私?」

「ふふふ。華音が良い子で、おかあさん助かるわ」


 キュヴェレイとは世界的なアスリート向けメーカーを表の顔に持つゼネラル企業だ。華音はここのバレエ用品がお気に入りで、かなりのヘヴィーユーザーでもある。

 しかし、到着したと聞く荷物には思い当たる事が無いため、現物を見てからだろうと割り切る事にした。


 それから彼女らは他愛のない会話を続け、車は一路、横浜方面へ向かい走り続けた。



 ――帰路は目立った渋滞もなく、スムーズに神奈川県横浜市西区みなとみらいへと入る。


 横浜ランドマークタワーや、パシフィコ横浜に挟まれた閑静なエリア。母娘の乗る車は横浜高速鉄道『みなとみらい駅』より徒歩五分の三階建てビル前で停車し、華音はキャリーケースとともに車を降りた。


 母親が駐車場へ車を停めに行くのを見送りながらビルを見上げると、二階全面がガラス張りの窓に『黒咲バレエスタジオ』とカッティング文字が貼られている。

 一階のエントランスには『ヨーロッパで活躍中の若手プロダンサー、黒咲華音を輩出したスタジオです!』というポスターまで写真つきで貼り出されていた。

 高い上背と整った顔立ちから男役をする事も多いため、ポスターの写真は最早、日本の有名歌劇団さながらの演出で構成されている。

 きっと先程、一華が言っていた「生徒さんたちへ紹介」とは、コレの客寄せパンダ的な依頼なのだろう。


 ポスターに少し乾いた笑いを浮かべつつも、華音は港湾から吹く雲雀東風ひばりこちに春を感じながら、スタジオを見つめて無意識に言葉を漏らす。

 望郷の想いは現実へ、極々とありふれたその言葉は――


「――ただいま」



 ≫≫ 16時15分_黒咲バレエスタジオ三階 華音の自室 ≪≪



 このビルは一階が入口兼倉庫、二階がバレエスタジオ、三階は住居という構造だ。

 華音が階段を昇って三階の部屋に入ると、中はベッド程度しか置いてない、非常に殺風景な六畳間が出迎えた。

 そんな簡素な場所へ厳重に梱包された大荷物が、部屋中央にと鎮座している現状。


 つい「うわー……」と声を溢しつつも、躊躇わず雑に開封を進めていくと、中からは『QUALIAクオリア』と刻印の施されたハードウェアがお目見えした。

 ともに添えられた紙には『黒咲華音様。《MateRe@LIZE Nexus》βテスト、特別招待ゲスト(EXプレイヤー)として参加のお願い』と記載されている。付記されたメーカー名は『キュヴェレイ』と、制作関連の子会社に『株式会社リアライズ』の併記もあった。


「んー……これって大型デバイス|Giselle《ジゼル》みたいなモノなのかな?」


 思わず華音が口にした《Giselle》とは、三年前に発売されたバレエ用のフルダイブ型VRソフトで、開発・発売元はキュヴェレイ。主にヨーロッパ圏限定販路のソフトウェアだ。

 昨今、バレエ界のコンクール開催や高名な指導者のレッスン等は、殆ど《Giselle》が使われており、フルダイブ型VRの分野では、実際に海外のほうが各分野に於いて日本の数歩先を行っている。


 当然、呟いた華音も《Giselle》プレイヤー。「折角だし、メイキングだけやってみようかな」と、年季の入ったVRデバイスを頭部へセットするとベッドへ横たわり、ログインコマンド≪マテリアダイブ≫と呟く。

 直後、華音の意識は《MateRe@LIZE Nexus》の世界へと沈んでいった。



 ▸▸Login……Connected.

 HELLO、《MateRe@LIZE Nexus》!!




 ≫≫ βテスト初日、16時08分_キャラクターメイキングエリア ≪≪



「やっぱり《Giselle》と同じね……ということは、ナビのキャラが居るはずだけど……」


 フルダイブ型VRのゲーム経験値だけで言えば、実に三年長の実績がある華音。そのためか慣れた様子で感覚質クオリアの海を進んでゆく。


「む……『EX特別招待プレイヤー』様ですな」


 まるで慌てるが如く粒子たちが急速に集い、熊のカタチを形成する。ナビゲーターのリアラックだ。

 恭しく挨拶をしようとするリアラックだが、機先を制して華音が口を開いた。


「初めまして、ナビの熊さん。このゲームアバターを作るんですよね? この後に予定があるので、一番時間掛からないのでお願いします」

「おっと、正解だが単刀直入が過ぎるな……一応、その姿のまま確定するのが最も早いが、他にも写真から選んだりとかも……」

「じゃあ、このまま決定でいいです」

「あ、ハイ……」


 リアラックは口調まで思わず変わる程に気圧されながら、次のステップへ進めると、キャラクターカスタマイズのインターフェースを提示してきた。

 華音は自身の髪色だけ黒から白銀色へ変更をしたが、他は完全にデフォルトのままアバターが確定。声まで地声で設定している。


「……次の項目は何です?」

「あと名前だけだ……」


 華音は予め決めていたのか、手早く名前入力。決定を押下し全メイキング行程が終了した。

 ……実のところ、全プレイヤー中で最速のメイキング時間が、この瞬間に叩き出されていたのだ。勿論、運営とリアラックしか知らないデータである。


「コホン……では、これより君を魔都『ファンタズマ』へ……」

「あ、ごめんなさい。予定時間が近いので、このまま落ちますね。今日はアバター作りに来ただけなんです」

「え……?」

「じゃあ、また」

「あっ! 待っ――」


 最後のリアラック一言は聞こえてないであろう。白銀の髪を湛えた華音のアバター姿は、別れの言葉と同時に一瞬で光の粒子となり、消えて行った。


「……急過ぎひんかね?」


 なんとメイキングルームでプレイヤー側にログアウトされるという、中々にレアな体験をしてしまったリアラックのAIは精彩を欠いたまま茫然と立ち竦む。

 様々なプレイヤーの行動をラーニングしているリアラックだが、最後の「急過ぎひん」という言葉は、の台詞を学習して口を吐いた様だ。


「まぁ、よいか。ここは『魂の在処』でもある……活躍を期待しておるよ、『魂』の名を持つEXプレイヤーよ」


 リアラックは虚空に向かって言い放つと、自身も粒子となって意識の海へ消えて行く――呟いた『魂』の意味……一部ヨーロッパ圏で『almaアルマ』と呼称する、彼女の名を呟きながら。



 ▸▸Logout……《MateRe@LIZE Nexus》.

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