【Phase.3-1】リアルは美魔女、VRではイケメン登場

★『フレンド』と『クラン』って、こんなに便利!


 『フレンド』とはその名のとおり、ゲーム内で友達登録をすることだ。フレンド同士であれば歩いて会いに行かずとも、瞬時に相手の居る場所までワープ出来る便利機能を有している。

 他、オフライン時でも相手にメッセージを飛ばすことも可能なので、相方との待ち合わせにも有用だろう。


 『クラン(組織とも呼ばれる)』へ加入すると、ファンタズマ都市部に『クラン専用ハウス』を持つことができ、ゲーム内でハウジングを楽しめるのでエンジョイ勢にも嬉しいが、残念ながらβ版はハウス未実装。

 また、他にも『練習用フィールド』、『専用ブリーフィングルーム』が割り当てられ、チーム演習や連携練習等の戦闘に係るガチ勢のメリットも大きい。


 いずれの登録も相手の都合を考えて、機能を存分に利用しよう。



──────────────────────────────



「――リゼちゃん! こんなところで寝たら風邪ひくわよっ!」


 誰かに揺り動かされるリゼの身体。時刻は現在十四時と少しを回っていた。

 起臥きがの切り替えは現実リアルへと接続し、「んーっ……」と覚醒の声を上げる。

 合わせてゆっくりと眼を開いてゆくと、薄っすらと見えたのは女性のシルエット。


「ほら、起きて! 寝るならベッドで寝なさい」

「……ほぇ……千代ちよさん?」

「そうよ。あなたの大好きな千代さんよ」

「いや、合ってるんだけどさ……」


 気が付けばリゼの部屋に居たその女性。

 名は『島津千代しまづちよ』。近所に住むリゼの父の叔母……リゼから見ると大叔母おおおばに当たる人物だ。

 彼女は今年、古希 (七十歳)を迎えながらも背筋はピンと伸び、大叔母と呼ぶには年老いて見えず。今もなお若々しい雰囲気を帯びているため、美魔女と言っても差し支えは無いだろう。

 また、この家の元地主一族でもある千代は、何故かクラシックメイド服を常に着ており、週一で家事手伝いにこの家へ来てくれる。それが今日だったようだ。

 両親が海外に居るリゼにとって敬愛すべき第二の母親的存在となっており、彼女にはいつも頭が下がる。


 千代の手伝いで、リゼは地面に寝ていた身体を「よいしょ……」と起こすが、長らく床に転がり強張った身体がと痛々しい音を奏でる。

 ログイン優先をした過去の自分を少し恨むも、身体以上の痛みが走る部位がひとつ。


「うー……アッタマ、ったー……」

「あら、風邪かしら? 床で寝るからよ……ちょっと! 熱まであるじゃないの!?」

「うえぇ~! マジですか!?」

「超マジよ」


 千代はリゼの額に手を当て、全く違和感しかない「超」つきの返答をする。彼女は手の平より感じる体温の高さに顔をしかめめると、早々に立ち上がり、薬箱から貼る冷却シートを持ってきてくれた。「本当はこれじゃ解熱出来ないのよ?」と、十年程前に検証された知恵袋的な知識を語りつつも、リゼが冷却シート好きなのを考慮し、渋々額にペタリと貼ってくれた。


 だが「その代わりに――」と、千代はリゼをベッドへ放り込み、布団を被せる。

 眠くは無いのだが、それ以上に脳内を所狭しと駆けまわる頭痛が抵抗を許さず。千代に従って布団へ身体を預けたリゼは、ものの2分程で再び眠りへと就いたのだった――




 ≫≫ 21時53分_自宅二階 リゼの自室 ≪≪



「……夜? ンー……いま、何時だろ?」


 消灯した暗がりの部屋でモゾモゾと起き上がるリゼ。時計を見ると、いつの間にか時刻は二十二時の直前を示していた。

 頭痛は引いていたため、ジェルが凝固した冷却シートをペリペリと剥がしながらダストボックスへ放り、と部屋を出て階下へと降りてゆく。


 響くは階段と床を踏む足音のみで人気は無い。


 ……いや、勝手口のほうでという音が微かに聞こえる。どうやら桐生家の愛猫『ホームズ』が食事中らしい。

 千代はホームズにご飯を与えて既に帰宅したようだ。広いリビング中央には伝言用のメッセージパネルが点滅し、空中に投影されている。いわゆる「簡易メッセージメモ」として使用する記録機器である。


 浮かぶ画面をフリックすると千代のメッセージが再生された。

 最初二分間は「床で寝ちゃダメよ!」というお叱りで始まり、夕飯が冷蔵庫にある事と、このメッセージ録音中に弟のアレスが一時帰って来たところまで吹き込まれていた。


『――だからちゃんとご飯食べて! あと、辛かったら夜中でも連絡してね? 看病に行くから』

『姉さん! 大丈夫? 愛してるよ!』

『コラッ! リゼちゃんにまたそんな事を――』


 メッセージの最後は殆ど千代とアレスのコント状態でプッツリと終わった。

 今は家にアレスも居ないため、会社近くの寮へ戻ったのだろう。若手だが管理職なので仕事は大変だということはリゼも既知としていた。パネルが閉じたと同時にリゼは呆れ気味で笑ってしまうが、その顔には二人への感謝の気持ちが密やかに内包されていた。


「アリガト、千代さん。あと何故来たか良くワカランが、我がシスコン弟もね」

「オァーォ!」

「ハイハイ、ホームズもね」




 ≫≫ 22時50分_魔都ファンタズマ_都市部 西エリア ≪≪



 千代からの夕飯をいただいたリゼは、頭痛も影響なかろうと再度ログイン。アバター『リーゼ』としてファンタズマの地へ降り立つ。



 ▸▸Login……Connected.

 HELLO、《MateRe@LIZE Nexus》!!



 初回のインさえしてしまえば危惧していた『流星ダイブ』の接続演出もスキップできたので、今回はヒョッコリと都市部エリアからスタート。今日イチで「ホッ……」と胸を撫で下ろす。


「さて、今日は時間もないし……出来るコトからしますかね」


 《MateRe@LIZE Nexus》βテスト版のサーバー解放時間は、毎日朝10時から深夜0時までの14時間体制。10時間はパッチ作業等を含めたメンテナンスに充てられている。

 そのためメンテまで残り1時間程度……戦闘の参加に至っては23時で受付停止されるため、今日の戦闘は一戦のみというリザルトでフィックス。

 現在ランキングは1211位と表示されていた。


 だが、今のリーゼは戦闘目当てでログインをした訳では無い。

 目的は唯一つ、組んだセレスの正体を掴む事だ。思い返すほどに、やはり記憶が無い時期の『リゼ(現実の自分)』の容姿にソックリ――否、幾らなんでもていたのだ。

 最初は「偶然だろう」と思ったのだが、リーゼの感覚質クオリアは偶然性を否定していた。


『あの頃のアタシを知っている人、という可能性はゼロじゃないってコトか。

 ……コレって直感なのかねぇ?』


 蓋然性がいぜんせいとまで行かずとも、失った記憶の糸口程度にはなるかも知れない。「それに最後、セレスちゃんは何か言いかけてたんだよね……」と切断直前のシーンを脳内でリプレイしながら、リーゼは僅かな希望を抱いて走り出した。



 ――ダッシュの甲斐あり、ものの数分で中央管理棟エリアへ到着したリーゼ。

 まずはNPCの受付カウンターが良く見える広場のベンチに腰掛けると、コンソールパネルを呼び出して操作をし始める……が、僅か1分程度で「ウーン、ウーン……」と、トイレ内のような唸り声を漏らし始めた。


「該当データなしって、フツー有り得ないよねぇ」


 各プレイヤーは、自身やフレンドの参加した戦闘をリプレイ閲覧できる機能を付与されているのだが、昨日のセレスとの戦闘記録は『NO_DATA』の表示。


「……んでも『1戦1勝』の戦績だけはシッカリ残っているんだよなぁ」


 溜息を漏らしつつも、一時間ほど人口密度が最も高い受付カウンター近辺を眺めていたが、一縷の望みであったセレスの姿を見つける事は叶わず。


「管理者、ねぇ……やっぱ運営側の人物なのかな?」


 あの時、セレスの頭上に表示された『Administrator管理者』は、一切褪せる事無くリーゼの『記憶』として残るものの、合切がっさいの疑問はクリアにならぬまま。

 そのままサーバーの閉鎖時刻を迎え「また明日にするか」の独白を最後に、リーゼの初日が終了した。




 * * * 【β-TEST_DAY 2】 * * *



 ≫≫ 10時00分_ファンタズマ中心部 中央管理棟 広場 ≪≪



 βテスト二日目を迎えた朝。

 「今日こそはっ!」と、10時キッカリにログインしたリーゼのアバター。


 昨日の疑念は未だしこりとして残るものの、最早セレスに直接尋ねないと解らないであろう……とはいえ、再会は希望的観測を抱くしかない状況でもある。

 ならば、今日こそはゲーム本来の目的『チームバトルロイヤル』に集中すべきと判断したリーゼ。楽しまねば折角レアなβテスターへ当選した意味が無いのだから。



 ――まずは昼までみっちり2時間対戦。


 六試合をこなし、現在7戦6勝という好スタート。一試合だけはタイムアップでドローとなったが、撃墜はされていないのでランクも現在310位と上々だ。

 初日こそスタートダッシュ勢に先行されたが、成るべく死なずに勝利を収めれば充分上位に食い込めるだろう、と確信したところでリーゼは一時休息を取る。


「お腹減ったなぁ……って十二時か。昼飯にするかー」


 台所を漁るために、VR接続のままリアルの本体が動ける『食事/仮眠レストモード』へ移行すべく、リーゼは椅子に腰かけてコンソールを展開する直前。目の前から見知った軍服の眼鏡女性が声を掛けてきた。



「リーゼさん……でしたわよね? 御機嫌好ごきげんよう」

「お、昨日のキルリアちゃんじゃーん? やほーっ!」

「フフフッ。昨日はセレスさんに早々と倒されてしまいましたが……改めまして、やっほーです」

「良いノリだねぇ! ま、昨日は全部あの子が美味しく持って行ったからねぇ」

「お強かったですね……そういえば、今は御一人ですか?」

「うん。あー、もしかして?」


 少しずれた眼鏡を直し、周囲に目を配るキルリア。

 その様子からリーゼはふと気付く。本作の対戦ゲームという性質上、トッププレイヤーと接触を望むプレイヤーは一定数居るのだ。その内訳は交流・対戦と様々だ。


「多分、ご想像どおりです。セレスさんにお会いして……出来れば是非リベンジしたかったのです。あと別件なのですが、お二人をわたくしの『クラン』へ勧誘したいと思いまして」

「クラン! もう作ったんだ? 早いねぇ」

「是非リーゼさんだけでもご加入、如何いかがでしょうか?」



 ――『クラン』。

 ゲーム内の特定プレイヤー同士で『組織』を結成するシステム。所属メンバーには様々な特典が付与される。

 強いてマイナス面を言うならば、コミュニケーションが苦手なプレイヤーには辛いしがらみとなるケースもある……主にリーゼはこの点でやんわりとお断りを伝えた。



「やー、ありがたいんだけど……追々は自分でクランを作るつもりなんだ。だからゴメンね?」

「いえ。こちらこそ急に申し訳ないです」

「代わりにーってワケじゃないけど、『フレンド』登録だけ良いかな?」

「喜んで、です!」


 リーゼとキルリア、お互いに『フレンド』として登録認証をしたので、相手の戦績データを参照できる様になった。ココでリーゼは抜け目なく、狙いだったキルリアの戦闘記録をコッソリ確認するも、やはり彼女のデータにもセレスとの記録は戦闘回数・・でしか残されていなかった。

 片や、キルリアはフレンド登録を終えると、この場を離れる旨を告げてきた。


「――では、は再度クラン勧誘の旅にいってきますわ。御機嫌好う」

「あ、うん。まったねー!」


 『……?』と疑問を一瞬抱いたが、それは直後に解決する。キルリアの歩く先に、もう一人の対戦相手だったグライロウが居たのだ。

 居丈高な彼がキルリアのクランへ加入するとは……どういう心境の変化なのだろうかと視線を送っていると、グライロウとバッチリ目が合ってしまう。

 途端、マントを翻して逃げる様に雑踏の向こう側へと消えてしまう。キルリアは「グライさん、待って!」と追いかけて行く。


「……随分嫌われたっぽいなぁ」


 リーゼとしても妙な状況になっていたため、『グライロウを倒した』という実感は皆無。

 何とも鬱積うっせきする気持ちとともにと頭を掻き、キルリアの姿が見えなくなるまで呆ける様に見送った。




 ≫≫ 16時33分_同エリア ≪≪



 キルリア達と別れた後に昼食を手早く済ませると、以降は戦闘回数を黙々と重ねたリーゼ。

 この辺りは廃人とも言われる前作プレイ経験も手伝い、黙々とプレイングする事を一切の苦とも思わない強靭な精神が既に出来上がっていた。

 もっとも、前作は強靭ではなく「」と言われたが。


 繰り返すルーティーンの果て、なんやかんやともう夕方に差し掛かる時刻だ。

 再び『食事/仮眠レストモード』に切り替え、リアルで水分を補給しながら、VR視野でロビーを見渡すリーゼ。



 ここで初日、密やかに期待していたを思い出す。


「そーいえばっ! 折角イケメン弟をキャラモデルにしたっつーのに、一向に逆ナンされないなぁ」


 そう。

 リーゼは弟のイケメンフェイスで女性キャラを釣り、ハーレムを囲ってリア充気分に浸りたいという、ドン引きな妄想をしていたのだ。

 ……とはいえ、実際は絵に描いた餅。妄想を逸脱しない理由は、道行く個性的なキャラたちを見て直ぐに察することが出来た。


 結構な割合のプレイヤー達が、いずれも見た事のある有名人・著名人の外見そのまま。しかも恐らくは肖像権を無視し、無許可で利用していると思われる。幾ら短期間のβテスト版とはいえ、流石に侵害行為はマズかろう。下手を打てばアカウント凍結対象だ。

 そのような知名度の高い顔たちにファンタズマを彷徨うろつかれては、流石のイケメンリーゼも所詮は一般人の弟がベース。ネームバリューの差には圧倒的大敗を感じざるを得ない。


「くっそー……違法者どもはBAN(アカウント停止)されてまえっ!」



 ――実はこれより約四時間後、運営が著作権侵害プレイヤー達へ再メイキングの警告を打診し、従わないプレイヤーはアカウント凍結処理がされることとなるが、それはもう少し先の話。

 今は「チヤホヤされたいなぁ……」という妄想が口を吐いて広場で呆けるリーゼ。



 ――その時、リーゼの足元に影を落とす人物が現れる。


「やっ、兄さん。もし暇なら遊ばない?」

「……ん? ナンパ来たかっ!?」


 『遂に来た!』と見上げたリーゼの視界に映ったのは……髪色は情熱的な赤。端正な顔立ちなのに、ニコリとしたその笑顔には人懐っこさを感じる。

 そう、リアルに居そうな爽やかな雰囲気のイケてるが。


「まぁ、ナンパなのかな? オレは『エンドゥー』って言うんだ。よろしく!」

「ウホッ!?」

「ん? ゴリラの真似かい? 兄さんは面白い人だなぁ」

「……ウホ……」

「ハハッ! ウホッとよろしくなっ!」


 リア充オーラをビンビンと感じる爽やかなエンドゥー。

 まさか初めてのナンパがメンズキャラとは……リーゼは思わず語彙ごい力をロストし、ゴリラ化してしまった。

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