【Phase.10-6】VRと現実で、袖触れ合う者たち

 ≫≫ 15時26分_東京都千代田区_JR御茶ノ水駅~新宿駅間の電車内 ≪≪



「悪いな二人とも。新宿までわざわざ付き合わせちゃってさ」

優里那ゆりなちゃんの誕生日プレゼントを買うんでしょ? 当然付いていくわよ」

「僕らも日頃の御礼に何か贈りたいし、寧ろヒロ君が声掛けてくれて助かったよ」


 そんな会話を交わしつつ、JR御茶ノ水駅より乗車してきたのは三名の高校生だった。

 ドアが閉まると彼らは車中で情報端末等を弄るでもなくトークを続け、うち一名へ話題のスポットが集まってゆく。


「二人にはいつも妹が世話になってるなぁ」

「果たして世話されてるのは誰かしらねぇ……あ、それよりヒロ! あんたまだ進路希望を出してないでしょ? 先生があたしに泣き付いてきたわ。今回はいいけど次はもう誤魔化せないからね」

「そりゃスマンな委員長……えと、言い訳じゃないんだが、本当に迷ってるだけなんだ。漫然まんぜんとで良いなら書けるんだが」

「僕やあきらちゃんみたいな就職組はともかく、ヒロくんがそんな事やったらマズいって」


 彼らは揃いの制服に身を包み、勤勉なことに主たる話題は進路について。「進路」という会話内容から今年度に受験を控えた三年生と思われた。面々の内訳は男子二名の女子一名。刺繍された校章デザインから、千代田区と文京区の境目に建つ、進学校として有名な都立高校の生徒だと解る。


「そんな体裁なんて気にしなくていいんじゃないかねぇ」


 一人は話題の中心にして、「ヒロ」なる渾名で呼ばれた優等生風の眼鏡男子。本名は「遠藤 大将えんどう ひろまさ」という。

 何処と無く品のあるその男子は整った顔を崩し、不服として友人らへ訴えた。


あおいの言ってる意味が解ってる癖に。甘えた事を言うんじゃないのっ!」


 そこへバシッと大将ひろまさの背中を強く叩き、脇から鋭く覗き込んできたのは「委員長」と呼ばれていた「皆見 玲みなみ あきら」なる吊り目の女子生徒。

 校則遵守然とした膝上5センチメートルのスカート姿に、ヴァージンヘアをサイド二つに縛った真面目そうな眼鏡女子だ。彼女は同世代の女子平均よりも身体ボディラインがいささか控え目かつフラットであり、良く言えばスレンダーという形容が馴染むだろうか。


「あはは……今の、痛そうだね……」


 最後にその二人を苦笑いで見守るのが「七乃瀬 葵しちのせ あおい」なる、非常に中性的な男子だ。

 身長160センチメートルにして線の細い彼は、あきらよりも女子らしい顔立ちをしていた。加えて今時の制服はデザインが選択式のため、女子でもパンツを穿く場合がある。そのため一見でジェンダー判別をするのは困難を極めるだろう。



 彼らは空いた車両であるにも係わらず、次なる駅では開かない側のドア付近に立っている。いわゆる青少年たちの座席配慮だ。また、アクション混じりの駄弁りにしては声のトーンにも留意しながら語り合っているため、周囲は『公共マナーの良い学生たち』という印象に映っているだろう。そんな三名の会話は密やかに続く。


「いい? ウチの学校は曲がりなりにも進学校。しかもあんたは今、本校の成績トップなの。

 別に期待される事を望んでないのは解ってる。けど、先生たちに注目されてる自覚だけは持ちなさいよね?」

「委員長よ、ウチの母さんより厳しいぜ……」


 大将は玲の撃に逃げ場を求め、線路の高架下に流れる神田川を見下ろしている。

 その現状にたまれず、葵が「あ、でもヒロくんさ!」と助け船を出した。


「お父さんが東京国立大学の教授で、しかも家からも近い……だらか僕はヒロくんがあの大学へ行くものだと思ってたよ」

「そうよそうよ! 確か模試もA判定だったんでしょー?」

「……なぁ。何で委員長がオレの模試結果を知ってるんだよ?」

「あんたたちがVR内で上位プレイヤーと対戦してるとき、ユリちゃんから聞いたのよ」

「マジか! 優里那のヤツ……ゲーム中の兄貴を売りやがって」


 頭を掻きながら溜息を浅くひとつ。

 それから大将は観念したらしく、自らの惑う思いをそのまま彼らへ告げた。


「まぁ正直に言えば、将来やりたい事のビジョンが定まらなくて進学自体に悩んでる。こんな気持ちで大学行かせて貰ったら、逆に父さんへ申し訳ない気分になりそうでな」

「相変わらずクソ真面目ねぇ。大学入ってからそーいうものを探す人って多いのよ?」

「そうなんだろうけどさぁ……」


 煮え切らない返事しか出来ずの大将だが、電車は彼の気持ちを置き去りに、隣駅である水道橋へと到着した。

 大将は開かれたドアより流れる乗降客らを見つめながら、『せめて委員長に迷惑を掛けている現状はクリアにしないと、だな』と、再び走り出したドアを背にして玲と葵へ告げる。


「……いや。心配させて済まなかったってまず言うべきだったな。

 帰ったらリモートで先生には直接伝えて相談するよ」

「よろしい、ならこの話はお仕舞い。

 一応……あたしがさっきヒロに言った言葉も単なる一般論だから、あんまり気にしないでね」

「ん? どういう意味だ?」

「周りの注目なんて気にしないで進路はジックリ考えていいけど、悩むならあたしたちへ先に相談して欲しかったって意味よ。

 要は意地悪で色々言ったの。アンダースタン?」

「玲ちゃん、見事な……っと!」


 葵は言いかけて自身の手で口を塞いだ。何せ続く言葉は「見事なツンデレの見本だね」だったからだ。

 口を吐いた日には、今度は矛先が葵自身に向かいかねないだろうと察して慌てて自制をしたのだ――が、既に手遅れだったらしい。


「……アァーオォーイィーッ!」

「ひゃっ……痛っ! 玲ちゃん、締まってるって……」

「そりゃあ締めてるから当然よね?」


 先の言葉を補完したのか、玲は鬼の形相で葵の首根っこを掴んで頭を締め上げる。その俊敏さは昨年まで長らく剣道を続けていた、文武両道を地でいく大将さえ「速ぇなぁー」と舌を巻いた。


 葵は声のリアクションこそ痛がってはいるものの、何故だか満更ではない表情をしている。

 それを見つけた大将がミスマッチ感から「プッ!」と密かに笑ったタイミングで電車は減速。次なる停車駅、飯田橋のプラットホームへと差し掛かったのだ。


「……っと、次はこっち側のドアが開くんだっけか」


 大将の通学は自宅から徒歩圏内である。交通機関にやや疎いながらも、乗降客らの邪魔にならぬように戯れる友人二名へ注意を促そうとしたその時――開かれたドアの向こうでは、人々の叫ぶ声が車内まで響いてきた。


「――何だ!?」


 悲鳴にも思われたその声に何事かと弾かれ、視線を外へ送る大将たち。

 彼らの乗る車輌はエスカレーター前の場所で停車しており、彼らの視界に飛び込んできたのは三名の男女が眼前でもつれ合う場面だった。


 車内より見えた状況から、男が刃物を携えて女性へと突き立てている事が明白。そして男女らの足元には、刃を伝ってしたたり落ちる赤黒い液体が見えた。


「あれは……血か! 委員長、葵!」


 そう告げて車内から、いの一番で飛び出したのは大将だ。


 刃傷沙汰の場面から彼の声に応じ、溜息を吐きつつも気後れせずに後を追って降車する二人。それは大将がトラブルを看過できない道義心の持ち主である事を、短くない付き合い友人として知っている。

 付随して彼が単なる優男ではなく、荒事に対応する能力を持っている事も既知としていたからだ。


「ハイハイ。絶対行くと思ったわ……あたしは怪我人を確認するから。葵は各所へ通報ね」

「うん、任せて」

「二人とも頼むっ!」


 プラットホーム上に踏み出した大将が血の次に捉えたのは、外国人に見える少女の横顔だった。

 彼女は金色の髪を揺らし、更にその髪色よりも鮮烈な黄金の輝きをに湛えていた。

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