【Phase.10-4】斬り結んだ刃の結末、それは二人の落としどころ

 およそ初心者とは思えぬ所業を成したアルマは空中で再び身を捻ると、不安定だった姿勢をものともせず着地。宛らに猫の様な受け身だ。

 続き、吹き飛ばされた衝撃を逃すように後転を一度挟んでから、止めていた呼吸一息とともに顔を上げた。



「はぁ……っは……! ……いま、やっと理解できましたよ」

「ん?」

「さっきの言葉……確かに色々とずるいですね」

「うっへぇ。やっぱ言われちゃうかー」


 再び二人の距離が僅かに取られ、呼吸代わりの一間から少し口を尖らせて訴えるアルマ。

 聞いてばつの悪い表情をするリーゼの後方では、彼女の投げた≪フラベルム≫が床面に落ち、金音が通路に響く。


「奪われて・投げてで、ナイフは残りもう一本だけですしね」

光子線フォトンライナーと相手の予備武器を重ねると、武器が委譲出来るってのは説明しなかったからねぇ」

「委譲って……強奪と言葉を間違えてません?」

「手渡しと一緒の扱いなんで、ゲームシステムの仕様に沿えば『委譲』なのさ。

 いずれにせよ、メンゴメンゴ!」


 屁理屈のような謝罪 (にもなっていないが)を伝えながら、リーゼは左手を上げる。

 それを合図に烏型の飛行銃エヴィエーション・シューターは彼の手へと収まりハンドガンへ変形。黒銃エクシアとして戻ってきたのだ。


「あら? 烏さんでもっと撃たれると思ってました」

「んなコトしたらアルマちゃんに踏み込まれて、コッチはコレ(ダガー)一本で立ち回らされるじゃーん」


 密接状態で入れ替わり・立ち替わる肉薄状況での射撃は、自爆の誤射に繋がりかねない。

 そのうえ剣同士の戦いが始まれば後々、飛行銃エヴィエーション・シューターを手元に戻す瞬間で武器破壊を食らう可能性も高いだろう。

 タイミングとして、リーゼはこの時点で手持ちにする事こそ妥当だと判断した。


「リスク高いコトは避けて、ここはサッサと回収。磐石にいかせて貰うさ」

「もう……このゲームのプレイヤーさんたちって、皆さん本当に良い性格してますよね」

「ソレってやっぱさ、俺もカウントに入ってるんだよね?」

「当然、リーゼさんに言ってるようなものです。謝罪しながら次の攻撃準備なんて……筆頭候補ですよ」

「そーいうのを続けて上り詰めるみたいなのがランキングだし、言われたら否定しきれないなぁ」

「しかもですよ? こちらの嫌な事を執拗に続けてきますし、武器が追いかけてくる攻撃を『お浚い』と言われては……」

「あぁ、SMCシュメキャンね。記憶に新しいかなーと」

「歓迎は全くしてませんけどね」

「あははっ。そりゃそーか」


 大胆なる行動にして慎重さも見せるリーゼ。

 容赦は一切なく、小技までを丁寧に織り込んでくる黒衣の男は楽しそうに語っている。

 感心と呆れを歪に束ねながら、すくっと立ち上がったアルマは、彼の瞳をじっと見つめた。



『口調は軽快だけど、私はあの目を知っている。

 何らか一つのものに心血を注いだ者たちだけができる、本気の目だ。


 辛さも、厳しさも、費やした時間も……全てを一瞬の輝きのためだけに賭ける光の色。私が焦がれたトップダンサーやライバルたちが放つ色のと同じもの。

 しかもリーゼさんの「個」としての強さは、それに見合う以上のものだった。


 此処は私の知るVR世界とも違う。

 リーゼさんにとっての日常であり、戦場でもある世界なんだ……きっと、ベテランとしてこの世界はとても険しく、そして魅力的って教えてくれているんだよね。


 たぶん。

 ……愉快犯かも知れないけど』



 アルマの残HPは約2割。片腕も失い、手元には三刀あったダガーが今や一刀のみ。

 彼女の前にはHPを8割超を残し、遠隔操作可能なハンドガンと、奪ったダガーの取り合わせで構えるリーゼ。


 「対戦中」だという場面シーンを考えれば、アルマが圧倒的に不利な状況に置かれている点に揺るぎはない。


「それでも……こんな逆境の時ほど、気合いが入るんですよね」

「そりゃーなかなかのスリルジャンキーさんだ」

「自覚はちゃんとしてますよ。だって――」


 不意に向けられた彼女の美しい微笑は、少し上気を帯び、切れ長の瞳が三日月を象る。

 それは仄かに悪戯めいて、興奮の色を覆い隠しているようにも見えた。


「――本当に強い人と競う機会なんて、望んでもなかなか巡り会えないですもの。

 出会えた私にとっては何時だって、自分を磨くためのご褒美なんですから」


 彼女の瑠璃色ラピスラズリが放った信念を乗せた輝き。そこには「虚」など無く「実」のみが宿っていた。

 視線を交えたリーゼは、混じりっ気のないアルマの瞳に強く戦慄を覚えていた。


「優勢なうえ、プレッシャー掛けてるのはコッチなのにねぇ」

「ふふ。感じられているモノが何か、私の想像どおりだと嬉しいです」

「当たってる気がするよ。

 ……さて、まだバトルはイケるかい?」

「勿論です。相手を仕留めるまでがこのゲームのルール、ですよね?」

「仰るとおりで。んじゃ再開といこうか」

「はいっ!」



 互いが笑みを浮かべて駆け出し、再びぶつかり合う彼らの刃。


 戦いの結末は――まるで双方の希望する折衷案のような「ローライズスカート」が新たにアルマへ付けられていた、とだけ記しておこう。



 ▸▸Logout……《MateRe@LIZE Nexus_Test Server》.

 Thank You !!




 ≫≫ 14時58分_東京都新宿区神楽坂_神田川の水上レストラン_テラス席 ≪≪



「ふぃー、お疲れお疲れーっ!」

「色々と疲れましたね。主に精神が……いえ、脳の方でしたね」

「んなリアリティーある言い方せんでも……」



 仮想のリーゼとアルマは、すでに現実のリゼと華音へと意識が切り替わっていた。


 テストプレイ(という名の対戦)を終え、ウェアラブル端末を外す彼女たち。

 最中に華音の長い黒髪が端末へ絡まっていたため、リゼが席を立ち上がって「あー、任して」と丁寧に髪のひとすじを解いてゆく。


「……リゼさん。男性アバターの時っぽいフェミニストさが出てません?」

「いーっ!? そーいう積もりじゃなかったんだけどな……。

 しっかし髪サラサラで羨ましいなぁー。一瞬で解けたよ」

「それ、ポーランドのルームメートにも言われましたよ。『日本人ヤポンキの髪質はシルキーでズルいわね!』って」

「や、ソレは日本人じゃなくて華音ちゃんの髪質じゃ……アタシなんか日本人でも、めっちゃウネウネなクセ毛だもん」

「リゼさんは日本国籍というだけで、ヨーロッパ系の血が強いじゃないですか。

 でもフワフワっとしてて素敵ですよ?」

「デュフフ……そ、そぉー?」

「ええ。絡まりも取っていただき、ありがとうございます」


 解いた髪を華音の背に優しく流しながら、褒められた事に対して珍妙な引き笑いをするリゼ。

 このシーンでの二人は、賛辞を受ける事に対して顕著な慣れの差が出たようだ。



 リゼが再び着席をすると「んじゃ細かいプログラムの修正加えるんで、15分くらい頂戴ねー?」と華音に伝え、すぐに頷きの了承を得られた。

 それから作業中の歓談用にと追加のドリンクをオーダーし、会話を交えながらリゼの指は再び卓上を踊った。



 ≫ ≫ ≫



 追加のドリンクも到着し、グラスの半分まで口を付けた頃。

 リゼは軽快かつ大仰に最後のEnterキー(を投射したテーブル)を「ターン!」と弾いた。


「……んっし! パーペキよ、パーペキ」


 隠しきれぬドヤ顔を浮かべ、幾つか年号を遡らないと意味の通じぬ造語 (パー・・フェクト+カンペキ・・)を漏らしたリゼ。

 当然、華音には意味不明な言葉であり、頭上には不可視の疑問符を浮かべながら、半分ほど飲み終えた辛味の強い無糖ジンジャーエールのグラスを置く。


「修正は終わられたのですか?」

「イエース! これでスカート部のデータも起動時に付いてくるよん。

 あとは華音ちゃんの家にある『QUALIA』に、コイツ・・・をぶっ込めばオッケーだよ」


 そう言ってキャリーの内側からは約20センチ四方のスモークグレー色をした、半透明のケースを取り出し、華音へ手渡す。

 目を凝らせば更に内側で、先程アルマのアバターが身に付けていたコスチュームが格納されていた。


「……中にあの際どい服のミニチュアが入っているのですね」

「スカート着けたんだし、際どい言わないの!」

「そのスカートも際どいのですけど」

「ぶっ! ……んま、あの終わり方には合ってるっしょ?」

「まぁ、そうです……ね」


 対戦の結末には二人して同じ苦笑い。

 思い返しを拭うようにして各自がドリンクを飲み終えると、ラストオーダーの通知がリゼの端末へ届いた。


「他にテスト中で気になったトコは無いかな?」

「リーゼさんは強いのに、詰めが甘い事とか?」

「……アタシのプレイは置いといてクダサイ」

「ふふっ。デザイン以外は想像以上でしたので、とても満足しましたよ」

「ソレ引っ張るなぁ……んじゃ一応納品完了っつーコトで!」

「はい。本当にありがとうございます」

「いやいや、ーってことよん。

 ちなみに不具合あれば遠隔でも調整できるプログラムだから、そん時は教えてねー?」

「ケアまで済みません」


 補足を伝えつつ、リゼはチェックアウトと決済をこの場で済ませ、占有座席の残時間は約30分と表示された。


「あ……そういえば、この品物の代金はお幾らでしょうか?」

「んー? 余ってる材料でパパッと作っただけだし、要らないよー」

「そういう訳にはいきませんよ。お手数も掛かってますし、せめて材料費と食事代だけでも……」

「ココの支払いも今、済ませちゃったんだよねぇ」

「まぁ! 予めご馳走しますと伝えてたのに!?」


 華音はふと、実際のMRスキャンする「物品」を手に取ったことで、それなりのコストが掛かっているだろうと察して代金の支払いを申し出た。

 けれどもリゼは、本当に自宅の有り合わせで大半を済ませたうえ、現在のガリウム相場を考えれば高校生に支払いを求めるのは流石に高額が過ぎるだろうと判断。

 元々だって、ふさいでいた気持ちを支えてくれた彼女(アルマ)への礼でもあるのだ。リゼは金額を伏せたまま代金の授受を断るが、華音もそのまま飲み込んで甘えては、対等関係で無かろうと断じて食い下がる。


「ま、いいっていいって。コッチもやりたくてやったよーなモンだしさ」

「駄目です。パートナーと認めてくださるなら、お互いに公平であるべきなんですから」

「アタシの方がホラ、お姉さんだし! あと内職なんかでもボチボチ稼いでるしさ……」

「関係ありません。私も公演やアルバイト等で収入は得てますので、お支払いしない理由がありません」

「お、バイトもしてたん?」

「話題を逸らさないように」

「ぐぬっ……ええと――」



 ――と、そんな(口論気味の)やり取りがチェックアウト寸前の約20分ほど続き、スタッフの女給が「桐生様、そろそろお時間ですが……大丈夫でしょうか?」と、ヒートアップする二人を心配して声を掛けてきたのだった。

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