【Phase.6-1】Chase、The Heartless Game

 * * * 【β-TEST_DAY 4】 * * *



「――クソおおッッ!!」

「……」


 リーゼは右に黒銃『エクシア』、左は赤銃『アリステラ』の両トリガーを無言のまま一度ずつ、敵愾心を剥き出しにした眼前のへと無慈悲に弾いた。



 ――以降、彼の恨み節は銃声の向こうへと消えてしまう。


 で放たれたレーザー弾は合計六発。双銃とも一度に三連射するハンドガンの特殊機構『トライバースト』の使用をしたのだ。

 普段であれば強い反動でまともに撃てたものでは無い……が、密着している現状ならば、この難点は無視できる。

 そして『トライバースト』最大の恩恵は、重火器にも肉薄する威力を仮初めながら享受できる点だ。



 そんな高火力攻撃を二挺の銃で、しかも《MateRe@LIZE Nexus》では弱点にも設定にされている頭部ヘッドショットへ全弾浴びせたのである。

 ハンドガンを以って唯一、対象が無傷であっても即座に全HPを消し去る大技であり、魅せ(非実用)技……直後、一瞬で爆ぜた男の頭。

 遺された体には炎が灯るとその場にたおれ、直後に粒子化して消えていく。


 ……その場には彼のゼロとなったHPバー、『死亡』のステータス表示が浮かび残るのみ。

 しかしリーゼは表示を見るでなく中空を見つめ、唇は心のままに言葉を紡いでいた。



「何なの、コレ……?」



──────────────────────────────



 ≫≫ 戦闘フィールド_高速道ハイウェイエリア_空中回廊エアリアルコリドー ≪≪



 此処は仮想世界の都市部近郊。

 眠らない街の傍らで、規則正しく立ち並ぶ街灯の列……しかし光が照らす先は人にあらず。


 一身に輝きを受けるは、ポリマー素材で剛性強化が施された新世代アスファルト道。

 スポットに囲まれて中央分離帯を境とし、街面積の大半を縦横に立体交差したこの環状高速道こそが、街を形成する主役だ。



 冷めた夜の道路を我が物で駆け抜ける車輌たちからは、ショートストロークと多気筒のスペクトラムによって、エキゾーストノートが咆哮の如くに鳴り響く。

 仮想の未来世界だというのに、車は未だに空を飛んでいない。設計者は現実主義リアリストなのだろうか?


 ……さておきと、そんな現実味帯びた鉄の馬たちが奏でるノイジーなサウンドは、少し懐古的な気分を与えてくれるも、心に浸潤するようにBPMテンポを次第に上げてゆく。

 やがて心音とともに加速度を増して生まれる疾走感は、音を聞く者たちの心を一迅の風へと変えてくれるだろう。



 そこから吹き上がる疾風を追い求めて星々が瞬く空を見上げれば、天に架かる橋梁が見える。

 高速道を挟み、向かい合い建つ地上四十五メートル高のビル同士を結ぶ空中回廊……橋のなかばには、二挺拳銃を持った黒衣の金髪男性が一人立っていた。


 彼の身体からは流血を示す赤い粒子が幾多にも蛍火のように舞い、瞳には儚く夜空へと消えゆく赤の色を虚ろに捉え続けていた――



──────────────────────────────



 ――さきに至る経緯は、刻を少し前まで遡る。



 βテスト四日目を迎えたリーゼは、ログイン早々にランダムマッチングを申請。

 そこで初対面プレイヤー『エイリアス』なる男性キャラクターとチームを組む。彼のランキングは886位、ゲームに慣れ始めたあたり中堅プレイヤーであった。


 戦闘開始前のブリーフィングルームにて「よろしく!」と挨拶をするリーゼだが、エイリアスは無言のまま。

 とはいえ、コミュニケーションを取らないプレイヤーは今時では珍しくもないため『戦闘で頑張ってくれれば良いか』と、リーゼもそれ以上は言及しなかった。




 ――フィールド内時刻は二十二時ジャスト、星空が覗ける程に雲が少ない夜。

 高速道エリア上に四名のプレイヤー達が転送され、淡々と戦いは始まった。


 リーゼは高速の高架下より、エイリアスは空中回廊に各々ランダム転送されており、実質チーム分断された開幕となった。

 思わず「ツイてないな」と不運を漏らすもマップを確認。すると敵チームも似たような配置であったため、リーゼは各個撃破の対応を選択。



 ……程なくして地上に居る敵一名を捕捉し早々に葬るリーゼ。

 相手のランクは2000位台前半の、少しゲームに慣れてきたであろう辺りの初~中級者プレイヤーだった。時短狙いだったので多少のゴリ押しで被弾はしたものの、残HPは八割程と大勢に影響は無し。


 そして先程からリーゼの頭上に掛かる空中回廊より銃声が聞こえ、割れた硝子オブジェクトの破片が高速道へと小雨のように降り落ちている……地上四十五メートルの銃撃戦が上空で始まっていたのだ。


《こちらは片が付いたよ。そっちの援護に向かうねー》


《……》


 最低限の通信として《チームチャット》を送るが、エイリアスからは相も変わらずの無反応。

 しかし腐る訳にもいかない。これはである以上、自分事と同義に放置する訳にもいかずだ。


 直ぐ様に相手チームの残り一名が居る側のビルディングへと走り、高速エレベーターで十三階……空中回廊が橋渡された当該フロアへと到着した。



「――うぉっ!?」


 エイリアスとの銃撃に専念していたが為にマップ確認を怠り、突如現れたリーゼに吃驚びっくりして声を上げた敵残党の一名。こちらはランク4000位台の初心者だった。


 その隙にエイリアスの放つアサルトライフルが彼に数発刺さると、リーゼも乗じて「乱れ撃つぜっ!」と二挺拳銃で挟撃する。相手は一瞬で火ダルマとなりHP残量は一気にゼロとなった。

 リーゼとエイリアスは、共に射撃を炎弾へと化すオプションスロット『イグニス』を積み、文字通りの十字砲火クロスファイアにて戦闘を勝利で納めたのだった。



 * * *


 Congratulations


 Winner!

 『Li_ZEリーゼ』 and 『エイリアス』


 * * *



「お疲れ様ーっ!」


 労いの言葉を掛けるも、変わらず無言のエイリアス。

 余りにも取り付く島さえない現状に、リーゼは破れた窓よりの夜景を見納めつつ、ロビーへ帰還しようとした時だった……。



 ――戦闘終了した筈の現在、夜空へ響いた幾つもの銃声。



ッ……!」


 エイリアスは視線を夜へと向けたリーゼに対し、背面よりアサルトライフルのトリガーを絞っていたのだ。


 不意にフルオートで放たれた鉛群に反応が遅れたリーゼ。

 だが、前作より培った「銃声が聞こえたら止まるな、止まれば的になる!」という反射に等しい刷り込みが染み付いていたからこそ、辛うじて弱点の頭部だけは身体を捻って最悪の直撃を免れた――が、こめかみ・右肩口・左腰部・左太腿へと被弾し比較的甚大な流血を受ける。HPも一気に残り三割まで減少していた。

 特にこめかみは、あと数センチズレていたら弱点直撃で死亡の可能性があっただろう。オプションスロットにダメージ二割カットする『防御力UP』を積んでいたのも功を奏した。


 同時にリーゼが身に纏う黒のコートにはエイリアスが使用していた『イグニス』の炎が灯される。持続ダメージ軽減のため、燃え始めたコートだけを脱ぎ捨てつつ、遮蔽物の陰へ入ったリーゼ。


「――おいアンタ、どーいうつもりだ!?」

「外したか!」


 問い掛けには答えぬまま、エイリアスは舌打ちを打つ。

 ……今はただ一つだけ、目の前の男は自分を倒しにきているという事だけが確かだった。



「喋れるんじゃん……いきなし何なんだ――よッ!」


 息を吐き出して崩した体勢を立て直したリーゼは、一気呵成にエイリアスの方へと駆け出した。


 彼の武装は右にアサルトライフル、左へ機銃盾ガトリング・シールド (マシンガン+盾)の構成。

 遠距離からライフルで削り、痺れを切らせて近接を仕掛けてきた相手を防御ガードしながら、カウンターでマシンガンの弾雨を押し付けて粉々に砕く……という目論見だろう。


 そこでリーゼは先ずイグニスを纏った『エクシア』で、左半身へレーザー弾を撃ち込み、引火を嫌った防御ガードを誘発。

 エイリアスの意識が防御に向いた刹那、『アリステラ』で彼のアサルトライフルを武器破壊。


「……銃にっ!?」


「まだだってーのっ!」


 続けてガトリング・シールドに向け『エクシア』の弾丸をマニュアル連射で一方的に浴びせ続る。これは二挺拳銃の恩恵……『TAツインアームズ』なる硬直ディレイ軽減仕様の影響であった。

 流石に低火力のハンドガンとはいえ、燃焼付きの弾丸を喰らう覚悟は出来ていない……それはやがて、エイリアスにという隙を与えた。

 このを逃さずリーゼは『アリステラ』で、彼の肩口ほど近くの腕へ赤色ルージュエフェクト伴うレーザー弾を捻じ込んだのだ。


「ぬぐぉっ!!」


 初ダメージにして数発のレーザー直撃を受けたエイリアスの上腕部からは、流血エフェクトが見目みめも派手に吹き出す。もはや腕としての機能はあたわずであろう損傷を受け、最後の砦であった武器を床へと落としてしまったのだ。


 ……床を滑り、双方の中央地点へと転がったガトリング・シールド。

 リーゼはこの隙を逃さず更に踏み込むと、床に落ちた彼の武器を蹴り飛ばした。


「ゼヤァーッ!」

「ぬぐっ! 俺の武器が……!」


 空中回廊に張られた硝子を破って闇へとダイブしてゆくソレは、恐らく数秒後には地上へと落下し、その衝撃で武器破壊へと至るであろう……が、今はそんな心配をしても詮無きこと。

 武器を失ったエイリアスの視線は、盲目的に武器を追って夜空を追うも、その目の前を塞いだのがリーゼの二挺拳銃であった。


「――これでチェックメイトだ。……最後にもう一度だけ、何でこんな事を?」


 やはり答えずのエイリアス。

 代わりに洩らしたのは、リーゼを仕留められなかったという悔しさの絶叫だけ――直後の夜空には銃声が六度、鳴り響いた。




 ≫≫ 10時37分_ファンタズマ中心部 中央管理棟 ≪≪



 今回の結末に青色吐息のまま、ファンタズマの中央管理棟へ帰還を果たしたリーゼ。


「アイツ、何だったんだ……」


 エイリアスの襲撃に暫し混乱するも『名前もエイリアス(偽名)って位だし、犬に噛まれたと思うか……』と切り替え、少しばかり休憩を挟んで落ち着いたリーゼは、再びマッチングを申請をする。



 ――だが次の戦闘でも多少の変化はあれど異様な展開という点は共通していた。

 敵チームが二人とも、を狙う行動に出て来たのだ。


 無視されている味方プレイヤーは戸惑いながらも、リーゼに集中していた敵を背後より撃ち抜いてくれたので、防御専念をする事で辛くも勝利を納めることが出来た。



 ≫ ≫ ≫



 この後にも奇妙かつ執拗な戦闘が三戦連続と続き、次第に疑心暗鬼に囚われ出したリーゼ。遂に四戦目は申請を踏み出せないまま、ロビーで呆けるに至ってしまった。


 一貫しているのは明らかな個人リーゼ攻撃。

 だが、凶行に踏み出してくるプレイヤーらの基準――否、意図が見えない。

 暗中で藻掻く自分が、不可視の悪意に絡め捕られてゆく様なやる瀬なさで、次第に気分が……心が溺れそうになる。


「イヤんなるなぁ……見えない今の状況も、チキンな自分も」



 ――モヤモヤを抱えた脳と身体はそのまま昼食も摂りたがらず。

 平素なら貴重なランク上げの昼下がり時を、現在はただ無為に潰して過ごす羽目になったリーゼ。


 先程、オフラインのエンドゥーよりDMダイレクトメッセージが入り『オレ達は今日、学校から登校日に指定されてて昼に入れないんだ。夜になったらインするから宜しくな!』という連絡が入ったため、当面は彼らのログイン待ちに気分をシフトする。


 納得はいかないが、少なからずパートナーが『敵』にさえなければ、ゲーム自体は成立するのだから。



「はぁ……………………」


 深く深くとため息が漏れ、項垂うなだれた頭が顔を上げる事を、無意識下の心が全力で拒否をする。

 リーゼは顔だけを地面に向け、辛うじて今もコントロール下にあった視線のみを周囲に配ると、遠巻きにコチラの様子を伺う視線が複数あることに気が付いた。


 ……この直後、コンソールパネルを通じて幾つものメッセージが眼前に展開された。

 それ等のメッセージは皆、一律かつ一様。にて返答をリーゼに求めるものであった。


「『』……ね」



 ――《MateRe@LIZE Nexus》では、特定の相手を指定して『対戦希望』の申し込みが可能となっている。

 これは前作の仕様を引き継いでおり、申し出時に『プレイヤーネーム/ランキング』がチーム二名分、そして受諾するか否かの『Yes/No』選択が添えられて表示されるのだ。


 本来であれば、事前の示し合わせた相手同士で対戦を行う事が多く『決闘』のような使い方になる。

 逆を言えば、事前に何も無いイコールただ喧嘩を売る行為に準ずるため、申請者をブラックリスト(通称:BL)に登録して以降の対戦や検索、連絡をも拒否するのが本シリーズ内の通例であった。



「自己申告してくれる奴らは、まぁ有り難い方かなー」


 本当は全くもって有り難くもないのが本心。

 当然、リーゼも何度か(主に海外サーバーで)受けた事があるので、手馴れた様子で次々とBLへ登録。


 リーゼがロビーに暫く留まっていたので、襲撃者たちの一部がリーゼの尻を叩く意図で申請したのだろう。

 根本的な解決には成らずとも、襲撃者たちとマッチングする不安からは幾分軽減される。

 中には[ウィスパーチャット]で直接的な悪口雑言を送ってくる輩も居り、併せてBL入りにしてゆく。



「……32人。表層的なプレイヤーだけで案外居るなぁ」


 BLを整理しつつも、気持ちは次第に苛立ちへと変わってゆく。


 思い当たる恐らくの切っ掛けは先日……目立つロビーにて口上述べをしたカムイとの会話がキーになっているのだろうか。しかし、それだけでは余りにもが良すぎる。


 『まるで誰かの……何かしらの意図がから準備されていて、それが今回の一件で引き金となり動いた様な――』と、そんな風にリーゼが思う瞬間であった。



 ――リーゼの前で足を止めた二つの人影。


 俯いたままでは誰とも知れぬままだが、何せフレンドなどエンドゥー等しかほぼ居らず。きっと『対戦希望』に応じないリーゼへ直接訴えに来たプレイヤーなのだろうと予想していた。


『いい加減、腹に一物抱えたままのモヤモヤをどうにかしたい!』


 そんなフラストレーション解放に駆られたリーゼは、正面の相手等へ苛立ちをぶつけてやろうと遂に面を上げた……のだが、其処に居たのは予想だにしていない人物たち。



御機嫌ごきげん……くは無さそうですね?」

「プッハッハッ! 随分とイラついてんじゃねーか!?」


「……! アンタたちは――」



 そこに立っていたのは見知った顔――キルリアとグライロウの二名。

 いずれもリーゼの初戦で戦った対戦相手であった。

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