第五十九話 「OEM」
ピッツァのレシピを決めた後、お店側に依頼しておいたサラダを作ってもらった。
三種類準備しろと言っておいたのだが、出てきたのは六種類あった。
要求以上のことを準備してきたのは、メニューの幅を広げるという目的をきちんと理解してのことだろう。
やはりここの料理長は切れ者に違いない。
そう考えていると、リカルドが意外なことを口に出した。
「やっぱ、ねえちゃんは料理の天才だな。
こんなにいろんなサラダを考え出しちゃうんだから。」
「こら、リカルド。
お姉さま、とお呼びなさい。」
へぇ、この『女帝』、料理なんかするんだな。
お高くとまっているから、家事なんてしそうにないイメージだった。
食べてみれば、どれも普通に美味しい。
中でもハムとトマトとチーズのサラダは絶品だった。
この特徴的な香りのするドレッシングはなんだろう?
「これらのサラダは、マルゲリータが考えたのですか?」
「ええ、私と料理長で考えたんです。
相談しているうちにアイデアが広がってしまって、いっぱい作ってしまいました。」
「特にこのサラダはすごく美味しいです。
ドレッシングがとてもいいですね、香りも素敵だ。」
「そのドレッシングは、少し変わった酢を使っておりますの。
隣の国からの輸入品なんだそうです。
なんでも、ブドウを原料にしたものだとか。」
ああ、そうか、やっとわかった、これはバルサミコか。
この世界にもあるんだな。
これなら、イタリア料理にはピッタリだ。
「いかがでしょうか。
ピッツァとサラダ、品揃えも豊富になりましたし、味の方も胸をはれるレベルなのではないかと思うのです。
これで客足が見込めるようになるでしょうか?」
マルゲリータが心配そうに俺にたずねてきた。
「そうですね、まず、問題ないでしょう。
しかし、私からさらなる提案をさせてもらいたいのです。」
俺はそう言って、一呼吸をおいた。
「この店のメニューに、パスタを加えませんか?」
一同は目を点にして絶句している。
何を言っているんだこいつは、パスタはお前の店の料理だろうが。
リカルドはそんな風に言いたそうだ。
そんな彼らに対して俺が説明したのは、次のような内容である。
まず、ピッツァ屋のメニューに、パスタを一品追加する。
これは、日替わりメニューとして、毎日種類を変える。
パスタの注文を受けたら、うちの店にその注文を伝える。
うちの店で調理したパスタをピッツァ屋に運び、客に提供する。
パスタの分の代金は、最終的にパスタ屋にまとめて渡され、売上に入る仕組みにしておく。
こうすることで、ピッツァ屋に来た客は、ピッツァもパスタも楽しむことができることになる。
ピッツァ以外の主食メニューがあるということは、多くの客のニーズに応えることになるだろう。
また、パスタ屋に来たことのない客に、パスタの美味しさを知ってもらうことにもなるし、日替わりにすることで様々なパスタを認知してもらうこともできる。
逆に、パスタ屋のメニューに日替わりピザを加えることで、お互いの店の売上への不公平さをなくすことも、一緒に提案した。
これぞまさにWIN-WINの方策だろう。
元の世界ではこのような仕組みを「OEM」と呼んでいたりする。
これは「オリジナル・エクイップメント・マニュファクチャリング」の略で、「相手先ブランド製造」と和訳されたりする。
小型車をラインナップに持っていない自動車メーカーが、小型車が得意なメーカーで製造した小型車を自社ブランドとして販売する、といった事例がわかりやすいだろう。
小型車しかラインナップしていないメーカーは、逆にミニバン等の大型車を自社ブランドとして販売したりしている。
車格の異なるモデルを生産するには製造ラインを新設する必要があるのだが、そのための投資を避けることができ、さらに幅広い客層を獲得することができるのがメリットだ。
俺の説明を聞いて、それぞれにその効果について納得をしたようだ。
「確かに、それが実現すればとても画期的だし、効果も高いと思うけれど、その提案には致命的な欠点があるわ。」
マルゲリータが強い口調で指摘してくる。
「注文を受けてからそちらの店に伝え、料理が出来上がった後にこちらの店に運ぶのよね。
この時間と労力は、バカにできないのではなくて?
大雨の日なんかだと、さらに大変なことになるわ。」
しかし、その問題については、俺の中ではすでに解決済みの案件だ。
「確かに、その指摘はもっともだ。
店を出て、路地を歩き、角を二つ曲がってようやく相手の店にたどり着く。
けっこう時間がかかるし、一日に何度も往復するのは大変な労力だ。」
俺はマルゲリータの言ったことを繰り返した。
そして、ニヤリと笑って言葉を続けた。
「しかし、実はこの二店は敷地を隣接させていることに、気づいていたかな?
店の裏手をちょっとだけ改造すれば、注文や皿の手渡しも楽にできると思うんだ。」
そう、パスタ屋とピッツァ屋は同じブロックで背中合わせにしたように位置していたのだ。
街路を歩いてぐるりと回ればけっこうな距離だが、実はゼロ距離だったのだ。
みんなでゾロゾロと店の奥に歩いて行き、厨房の明かり取りの窓を大きく開けてみる。
すると、パスタ屋の厨房の窓が見えることに気付いた時は、皆の口から感嘆の声が上がっていた。
マルゲリータは俺の提案にとても満足したようで、笑顔を俺に向けた。
「シュン、とても素晴らしい提案を、どうもありがとう。」
そして、リカルドに向き直ると、少し厳しい表情で激励した。
「リカルド、もう失敗は許さないわよ。
しっかりおやりなさい。」
リカルドは恐縮しながら頷いていた。
そんな二人に、俺はこう伝えた。
「うちの店での日替わりピッツァの売上は、そっちの店の儲けになるんだけどさ。
最近、お客さんが来なくてさ、このままだとそちらの店に対して申し訳ないなーって思うんだよね。」
俺が片目を瞑りながら微笑むと、マルゲリータも苦笑で返した。
「わかったわよ、シュン。
きっと、明日には客足も戻るんじゃないかしら。
これは、ただの予感ですけどね。」
マルゲリータがウィンクをした顔があまりにも綺麗だったので、俺は内心ドキリとしたのだが、なんとかバレないようにごまかせたはずだ。
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