第四十七話 「帰還」

 街門から続く大通り周辺の商業区を抜け、住宅地を通って工業地区に入る。

 すると見えてくるのはモンテーラ工房、俺が働く場所であり、今では俺の住む家でもある。

 既に見慣れた工房の建物、その扉を開けて中に入ると、もう夕方だというのに職人たちが忙しく働いていた。

 親方と若旦那を含め数名の職人は、新製品の弓の製作をしている。

 完成した弓は、親方の入念なチェックが行われ、問題ないことが確認されると、完成検査書にサインをし、営業担当のジュリアーノに手渡される。

 ジュノはその弓を綺麗な木箱に収める。

 完成検査書と保証書も一緒に箱に収められる。

 木箱の蓋には工房のエンブレムが焼印されていた。

 弓を商品として出荷する際は、革袋に入れて卸されるのが通例であったが、高級感を出したかったので、俺が提案したのだ。

 ちなみに、革のソフトケースは別売りである。

 

 俺が帰ってきたことに真っ先に気がついたのは最年少のアドリアーノであった。

 アディは俺に気がつくとすぐに駆け寄ってきて、迎えてくれた。

 

「シュン、おかえり。

 予定通りだね。

 怪我とかしなかった?」

 

「いやあ、ちょっとイノシシと格闘しちゃってさあ、実は体中が痛いんだ」


 俺は苦笑いをしながらそう説明した。

 

 アディは目を丸くしている。

 

 そして、親方が俺に気づいて声をかけてくる。

 

「おーい、シュン!

 帰ったのか?」

 

 何か言いたげなアディを手で制して、俺は親方のもとに歩いて行く。

 親方のそばには若旦那とジュノもいた。

 俺は、彼らに無事に帰ったことを伝えた。

 

「ただいま戻りました」


 親方たちは笑顔で迎えてくれる。

 

「狩りはどうじゃった?

 楽しかったかの?」

 

「ええ、初めての経験で、とても楽しかったです」


「それで、猟課の方はどうじゃったんじゃ?」


「はい、鹿を三頭とイノシシを二頭、撃ち取りました」


 その結果に皆は目を丸くして驚いた。

 その内の一頭は木刀で倒したのだが、それは黙っておくことにした。

 

「初めての狩りでそんなに倒すなんて、すごいじゃない!」


 ジュノは拍手をするように手をたたいて褒めてくれる。

 

「ってことは、あのクロスボウは、そこそこ使えるって考えていいのかな?」


 若旦那はクロスボウの実戦でのテスト結果が気になっているようだ。

 

「そこそこ、なんてとんでもないです。

 こんな素人の俺がこんな成果を出せたのも、高い命中精度を誇るクロスボウあってこそですから。

 当初から想定していた通り、デメリットもありますが、それを補って余りある性能になりますよ」

 

「そうか、そうか。

 それは良かった。

 次の楽しみだな」

 

 楽しみ、どころか、アーチャー界に革命が起きるんじゃないだろうか。

 まあ、公開するのはちょっと先にして、じっくりと設計を熟成させよう。

 

 そんな風に狩りの報告をしているうちに、夕食の時間となったので、皆は作業を止めて食堂に集まった。

 夕食を食べながら、職人たちにも狩りの話を語って聞かせると、とても喜んでくれた。

 モンテーラ家の長女、クララも楽しそうに聞いている。

 ここで初めてイノシシに吹っ飛ばされたことを話した。

 皆が驚いて聞いている中、クララは、

 

「もう、あんまり無茶なことはしないでね」


 と俺をたしなめた。

 

 話が一段落したので、俺は新製品の発売に合わせた街頭キャンペーンについて、ジュノに質問をした。

 

「ところでジュノ、街頭キャンペーンの準備の方はどうだい?」


「うん、順調だよ。

 公園の広場の使用についてもお役所に申請して、許可をもらえたからね」

 

「そうか、それは良かった。

 俺も、クーランディアさんにスピーチをお願いしておいたよ。

 ちょっと渋ってたけど、なんとか頼み込んで引き受けてもらったんだ」

 

「シュン、ありがとう。

 じゃあ、後はイベントの告知をしてまわらないとだね」

 

「ああ、そうだな。

 ジュノ、よろしく頼むよ」

 

「うん、まかせといて」


 そんな会話をしながら、新製品を発表する準備が着々と進んでいることを確認できた。

 初期在庫の確保も順調のようだ。

 この新企画が当たれば、この工房は圧倒的なブランド力を手に入れることができる。

 だからこそ、絶対に成功させなければならないと思っているのだ。

 

 

 

 夕食後、俺は食器の片付けを手伝いながら、クララに話しかけた。

 

「なあ、クララ。

 パスタ屋の開店準備の方は順調かい?」

 

「え……う、うん。

 まあ、順調といえば順調よ」

 

 あれ、何か口ごもっているように聞こえる。

 何か問題でも起きたのだろうか?

 

「どうした?

 何か困りごとでもあるのかい?」

 

「ううん……

 大丈夫、何も無いわよ」

 

「そうか……

 だったら良いんだけどね」

 

 俺が黙ってクララを見つめていると、クララは何かを決心したかのように俺の目を見て口を開いた。

 

「明日、お店まで来てくれる?」


 やはり、何かあったに違いない。

 今この場では話しづらいことなのだろうか。

 

「ああ、わかった。

 明日の朝、お店に行ってみるよ」

 

 そうクララに伝えると、今夜はこれ以上この話題には触れないことにした。

 クララは、黙って後片付けを済ませると、部屋に戻っていった。

 

 

 

 その夜、俺は部屋で一人、物思いにふけっていた。

 考えていたのは、弓の新製品のことではない。

 パスタ屋で持ち上がっているであろう、困りごとのことでもない。

 俺の思考の全てを埋めていたのは、魔法ギルドのことであった。

 

 エレナは俺に魔法使いとしての素養があると言っていた。

 俺が魔法を習得するのが早かったことから、そう思ったのだろう。

 確かに、俺の記憶力の良さは人より少し優れていると思う。

 だが、それよりも、魔力の波動をパターン化して映像化して憶える、といった着眼点が、習得の早さにつながったのだろうと考えている。

 普通は魔法を憶えるのにもっと時間を要する、ということは、他の人達は俺のようなやり方では憶えていないということなのだろう。

 この『パターン化』と『映像化』のノウハウをうまく体系化ができれば、魔法習熟の短期間化、みたいなことも可能かもしれない。

 

 そんなことを考えながら、俺は憶えた魔法の練習を繰り返していた。

 右手で『火の魔法』を操作して手のひらに炎を灯す。

 左手で『水の魔法』を操作して、右手の炎に水をかけて消火する。

 それを単純に何度も繰り返していた。

 そのうち、体中に疲労が溜まってくる感覚があり、気だるさが増してきた。

 魔力が枯渇してきたのだろう。

 俺の経験では、これ以上魔力を行使すれば気絶に至る。

 

 魔法の練習も、考えることもお終いにして、今夜は眠ることにした。

 

 

 

 翌朝、朝食の後、狩りに持って行った荷物の片付けをした後、俺はパスタ屋の店舗に向かった。

 

「おはようー。

 おーい、カティ、いるかー?」

 

 店の奥に向かって声をかけながら、扉を開けて店内に入る。

 開けられた窓から光が差し込んでいるが、ろうそくを灯していない店内は、やや薄暗い。

 だが、店の奥の厨房には人の気配があり、奥から光がもれている。

 俺は店のホールを突っ切って、厨房に入って行った。

 すると、厨房には一人の女性が立って調理をしているのが見える。

 俺から見えるのは、その女性の後姿だ。

 

 カティかな?

 

 そう思って、声をかける。

 

「カティ、いるんなら返事をしてくれても……」


 俺のかけた声にビクッと肩を震わせて、振り向く彼女。

 その姿を見た瞬間、俺は言葉を続けることができなかった。

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