第四十六話 「魔法ギルド」
「あなた、魔法ギルドに門弟として入門してみない?」
あまりにも予想外の言葉だったので、しばらく唖然としてしまった。
「さっきも話したことなんだけど、魔法というのは、特定の団体や組織で研究され、伝承されるのよ。
そういった団体は、常に優れた人材を探しているわ。
シュンには魔法使いの素養があるみたいだし、もしその道を極めたいと思うのなら、そういった団体に所属する必要があるのよ」
「それが、魔法ギルドってこと?」
「そうよ。
魔法ギルドにはいくつもの流派があって、それぞれが競い合い、協力し合って魔法の研究をしているの。
国の魔法研究院にはツテがないけれども、エルフの魔法ギルドには紹介することができると思うわ」
「エルフのギルドに、人間である俺が入れるものなのかい?」
「種族の違いは全く問題にならないわよ。
ギルドの家元がエルフ、っていうだけだからね」
「エルフの魔法ギルドかあ……
それって、エルフの国にあるんだよね?
ここから遠く離れた……って、エルフの国がどこにあるのか知らないけどさ」
この世界に飛ばされて、やっと見つけた自分の居場所。
あの工房を離れることなど、考えもしなかったことだ。
しかも、国すら越えて遠い場所など……
「本家はもちろんエルフの国にあるわ。
ここからだと……そうね、馬車で二ヶ月ぐらいかかるかしら。
あ、でもね、グルックスタットの街には、ギルドの支部があるのよ。
ラーション公国とエルフは交流が盛んだもの」
「ふむ……」
思いがけずもたらされた魅力的な提案に、二つ返事で飛びついてしまいたい衝動をぐっと抑えて、熟考する。
魔法の知識は、のどから手が出るほど欲しい。
魔法ギルドとやらに入れるのなら、それは願ってもないことだ。
じゃあ、工房の方はどうなる?
矢の製造ラインは、現在の技術レベルでは、ほぼ完成形と言って良いだろう。
弓の方は、今やろうとしているクーランディア・モデルがヒットすれば、強いブランドとして定着し、揺るぎのないレベルに達するはずだ。
戦略は親方達に全て伝えてある。
残る気がかりは、クララとカティのパスタ屋だが……
まずは開店してみないことには、なんとも言えない。
まだちょっと手がかかりそうな気がする。
ここで全てを投げ出してしまうのは、なんとも気が引けるのだ。
そうやって考え込んでしまった俺を見て、クララはこう切り出した。
「いきなりこんな話をして、申し訳なかったわね。
すぐに答えを出せなんて言うつもりはないの。
一度、魔法ギルドの支部を訪ねてみてはどうかしら?
私が連れて行ってあげるわ。
それから決めたっていいわよ」
「ああ、そうしてくれると嬉しいな」
本当に、ちゃんと考える時間を与えてもらえて良かった。
この異世界で、ギャンブルのような選択はしたくないからな。
エレナは、街に戻ったら連絡するわね、と言ってその話題を終わらせた。
その夜は、やや遅い時間まで和やかな晩餐が続いたのだが、俺の頭の片隅には、魔法ギルドへの期待と興奮が消えることはなかった。
その翌日、夜明けとともに起き出して、帰りの準備をする。
今日は一日かけて街へと戻る馬車の旅である。
簡単な朝食を済ませると、来た時と同じように、クーランディアとリングウェウは馬にまたがり、俺とエレナは馬車に乗って街道を走る。
荷台には獲物の鹿、そのかたわらにブラボーとチャーリーがおとなしく寝そべっている。
朝日が山の影に隠れているが、空は雲ひとつ無い晴天だ。
馬車の中、俺とエレナは交代で馬車を操る。
御者席で隣に座るエレナに、魔法についての知識をいろいろと教えてもらった。
遠い昔、魔法はエルフが最初に発見したこと。
その後、長い年月をかけて世界各国に伝わっていったこと。
今ではすべての国で、国家事業として魔法の研究開発が行われていること。
また、民間における魔法研究の団体も存在し、これが魔法ギルドと呼ばれていること。
魔法ギルドは民間と言えど国家機関の魔法研究院と密接な繋がりがあり、予算や人材のやりとりも行われているようだ。
第三セクターみたいなものだろうか。
エレナが紹介してくれると言っていたギルドは、エルフの国とラーション公国の共同出資による団体で、その研究成果はエルフと公国、その双方のものとして扱われるらしい。
魔法の研究成果は、その団体及び国家にとって機密として扱われ、厳重に管理されるということだ。
また、魔法を使う者、いわゆる魔法使いの養成も同時に行っている。
魔法使いの役割は、主にモンスターの討伐である。
ハンター協会から派遣されるハンター達と連携して討伐の任に当たるのだ。
この辺は、俺の元の世界でのロールプレイングゲームと同じような感覚なのかもしれない。
以上のように、魔法ギルドに入門した場合、まずは魔法使いとしての訓練を受け、その後の適性を見て、新たな魔法を生み出す研究につくことになるようだ。
そんな話を聞くと、ますます魔法ギルドへの気持ちが高まってくる。
そして、昇った太陽が西に傾き、空が赤く染まってきた頃、長い帰路を走破してきた俺達は、街の門の前に到着した。
俺は馬車を降り、三人に別れの挨拶をする。
クーランディアとリングウェウも馬を降りてくれた。
「初めての狩りでしたが、とても楽しかったですし、とても良い経験ができました。
本当にお世話になりました」
俺が礼を述べると、クーランディアとリングウェウも言葉をかけてくれた。
「いやあ、こちらも楽しませてもらったよ。
まさか狩りの勝負で負けるとは思っていなかったけれどもねえ。
またいつか、一緒に行こうじゃないか」
「はい、喜んで。
ぜひ、また誘って下さい」
二人と固い握手を交わすと、エレナの方にに目をやった。
エレナは軽く手をふると、近いうちに連絡するわね、と言って軽やかに微笑んだ。
そして、三人と別れた俺は、街の門をくぐり、工房に向かって歩き出す。
ずいぶんと長い間留守にしていたような気がするが、たった四日しか経っていなかった。
クロスボウの実用実験の目的で参加した狩りであり、その成果は充分に得られたのだが、今はもう、頭の中は魔法のことでいっぱいだった。
疲れているはずであったが、俺のその足どりは、とても軽いものに思えた。
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