第三十五話 「パスタのレシピと魔法の炎」

 後日、俺とクララとカティは、それぞれ食材を持ち寄って、改装がほとんど終わったばかりの店舗に集まった。

 その店は、明るい色の木材の木目が活かされた造りで、明るく清潔感が漂う店内になっていた。

 一般庶民向けの店であることを示すように、装飾品を控えめに、シンプルな印象を与えている。

 大小の丸テーブルが店内にいくつか並べられており、店の外にもテラス席のテーブルが置かれていた。

 店の奥には、客席からは見えないような場所に厨房がしつらえてあった。

 

「じゃあ、俺は仕入れてきた小麦粉をこねて麺を作るから、カティはソースを準備してくれるかい?

 小麦粉はいくつか種類があるから、どの小麦粉が合うのか、全種類作って試してみよう」

 

「わかったわ。

 じゃあ、まずは茄子のトマトソースから作りますわ。

 クララ、食材の下ごしらえを頼めるかしら?」

 

「うん、まかせて。

 じゃあ、海老の皮むきやっておくわね」

 

 三人は大きな調理台の上でそれぞれの作業にとりかかった。

 カティはかまどに炭をくべ、小さく何かを呟くと、指先から小さな火の玉が現れ、炭に火が入った。

 俺は水の入った大きな鍋をかまどにかけると、小麦粉をこねはじめた。

 小麦粉の種類は三種類あった。

 ジュノによれば、それらの小麦粉の原材料である小麦は、どれも同じ品種らしかった。

 挽いて粉にする時の挽き方に違いがあるらしく、実際に触ってみると、粒の大きさや色が微妙に違うのがわかった。

 

 さらに、麺の生地を作る段階で、卵を入れるものと水だけで作るもの、二つの種類を作った。

 卵を入れない方がコシがあってモチモチ感が出るのだが、風味が少しさみしくなる。

 どちらにするかは、麺に絡めるソースとの愛称を試す必要があるだろう。

 

 麺棒で生地を延ばす段階で、最終的な生地の厚みが均一になるように工夫をこらした。

 生地の左右に、太さの一定な棒を平行に並べ、麺棒を左右の棒上を転がすようにする。

 こうすることで、誰が生地を伸ばしても毎回同じ厚みにすることができる。

 商売で料理を客に出すなら、麺が毎回違うようでは話にならないからだ。

 

 そのうち製麺機を作ってあげないとだめかな、と思った。

 乾麺で作るパスタと違って、この料理は麺を小麦粉から作らなければならず、毎回かなりの手間がかかるのだ。

 客が満席になった日には、厨房は戦場と化すだろう。

 その手間を少しでも軽減するための工夫が、必要になるだろうと感じていた。

 

 そして生地を細く切って麺にするわけだが、切る幅についても二種類の麺を作った。

 厚みとほぼ同じ幅の、断面が正方形の麺。

 そしてやや幅広にして、平たい麺を作る。

 

 こうして、小麦の挽き方三種類、卵の有無で二種類、麺の太さで二種類。

 十二種類の麺が出来上がった。

 

 俺がそれぞれの麺をお湯で茹でると、カティが作ったソースと合わせて皿に盛り付ける。

 試食なので少量ずつだ。

 

 そして三人で試食しながら、どのソースにはどの麺が合うのか、相談して決めていった。

 正直なところ、小麦の挽き方による違いは、その差が微妙すぎて俺にはわからなかったのだが、カティは味覚が繊細なのか、よく吟味して選んでいた。

 良い料理人は良い舌を持っているということなのだろう。

 ともあれ、こうしてこの店のメインであるパスタ料理のレシピは固まっていった。

 

 

 

 一度に何種類もの料理をしたことで感じる疲労感と、いくつも試食したおかげで満腹感に、しばらく動けないといった感じの三人は、厨房の中で椅子に座り、お茶を飲みながらぐったりしていた。

 

 

 

 俺はふと思いついたように、口を開いた。

 

「ねえ、カティ。

 さっき指先から火を出して炭に火をつけていたよね?

 あれって、どうやったの?」

 

 俺はずっと気になっていたことを訊いてみることにした。

 この世界の、魔法について。

 

「ああ、これですわね?」


 カティは人差し指を上に向けるように手を前に出すと、口の中でモゴモゴ呟く。

 すると、指先から少し離れた場所、何もない空間に炎がメラメラと燃えはじめた。

 カティは造作も無いことだと言わんばかりに平然としている。

 

「それって、魔法なのかい?」


「ええ、これぐらいの火の魔法なら、誰にでもできますでしょう?

 あれ、シュンはできないのですか?」

 

「そうなのか、誰でもできるんだ?

 あ、俺は……魔法なんて全くだよ。

 これまで見たことも聞いたこともなかったんだ」

 

「そう。

 それって、逆に珍しいことですわ。

 この魔法は、誰でも子供の頃にできるようになるものなんですの。

 クララだって、できますでしょう?」

 

 クララはうんとうなずいて、人差し指の先に炎を灯して見せた。

 

 魔法とは、魔法使いとかいう特殊な職業じゃないと行使できないものではなく、一般人によるごく一般的なスキルであるということだ。

 ということなら、俺にも使えるのではないだろうか?

 

「だったらさ、俺にも使えるようになるってことかな?」


「練習すれば、使えると思いますわ」

 

「練習か。。。

 どんな練習すればいいのかな?」

 

 俺がその質問をした途端、カティは眉根を寄せて困ったような表情をした。

 クララに向き直り、二人でなにやら相談をしている。

 クララも、カティ同様に困った表情だ。


 そして、改めて俺の方に向き直って、言った。

 

「誰でもできるものですので、人に教えたことなんてないんです。

 だから、練習法もよく知らないんですの。

 でも、私がいつもやっている通りに、真似をして繰り返しやっていれば、そのうちできるようになるかも知れませんわ」

 

 そして、彼女がどのように火の魔法を行使するのかを説明してくれた。

 

「まず、指の先にいる火の精霊に語りかけるように、呪文を唱えるんです」


 カティは人差し指を上に向けると、呪文を唱える。

 

『火の精霊よ、我に炎を与え給え』


「そして、エイッ、と」


 すると指先の空間に、小さな炎が現れた。

 

「こうやるんですわ」


「えーっと。。。

 火の精霊が、そこにいるの?」

 

「ええ、そうなんです。

 だから炎が出てくるんですの。

 炎が出たということは、火の精霊がいるということなんですの」

 

「火の精霊って、見えるの?」


「いいえ、私には見えませんし、感じることもできませんが、火が出たでしょう?

 ということは、精霊がいらっしゃるということではありませんか?」

 

 説得力があるような無いような、どこか詐欺にでもあっている気分だ。

 まあ、精霊がいるって言い張るんだから、しょうがない。

 いる前提で話をしよう。

 

「それと、最後の『エイッ』てのは何?」


「エイッ、はエイッ、ですよ。。。」


 俺は、全くわからない、という風に首をかしげる。


「こう。。。何ていうか。。。

 精霊に気持ちを伝えるように強く願うんですの」

 

 彼女は再びエイッとやって火を出した。

 

 何をどうすれば良いのか、俺にはさっぱり理解できていなかったが、騙されたと思って見よう見まねでやってみることにした。

 

『火の精霊よ、我に炎を与え給え』

「エイッ!」


 果たせるかな、俺の人差し指には何の変化も起こらなかった。

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