第三十六話 「狩りへの誘い」

 俺がパスタ屋の開店準備にかまけている頃、工房では新製品の生産が急ピッチで進んでいた。

 新製品発表後の需要に備えて初期在庫を確保するためである。

 まだ正式発表はしていなかったが、巷では噂が流れていた。

 ハンターの間ではスーパーヒーロー的な存在であるクーランディア、その名が冠された弓が量産モデルとして販売される、と。

 これには中流階級のハンター達が色めき立った。

 彼らは、オーダーメイドの弓には経済的な理由で手が出しづらい。

 しかし、ただの量産品の弓を使っていたのでは下流階級のハンターと同じなので差別化が難しい。

 少しお金に裕福な人は、貧乏人と一緒に見られるのがいやなのだ。

 ベンツは買えないけど、カローラに乗ってる人とは一緒に見られたくないのでクラウンを買う。

 そんな意識なのだろう。

 

 工房には新しく職人を雇い入れ、生産能力を増強していた。

 経営の怪しくなったライバル工房から逃げ出してきた職人が親方に泣きついてきたのだ。

 ろくでもない親方が経営する工房であったが、職人は一流の技能をもつ熟練者であったので、うちの工房でもすぐに戦力になった。

 

 一方、パスタ屋の方も順調に開店準備を進めていた。

 カティとクララをバルデッリ商会に連れていき、正式に契約を結んだ。

 小麦粉だけでなく、他の食材についてもバルデッリから仕入れることにした。

 そうした包括的な契約にすることで料金の割引を得ることができたからだ。

 最初のうちは仕入の量が読めなかったので最低限の割引率であったが、今後の仕入量の増加によって割引率が向上するオプションも契約に入れた。

 全ては俺のアイデアであったのだが、最初のうちはそんな契約聞いたこと無い、と戸惑っていたステファーノも、しまいには面白いしくみだ、と納得してくれた。

 

 そんなわけで、工房もパスタ屋もすこぶる順調であったので、俺は暇を持て余すことになっていた。

 

 

 

 朝起きて、日課である体の鍛錬を行う。

 ストレッチの後、筋トレ、素振り千回、ランニング、そして再びストレッチだ。

 さらに、新たに日課に加えた魔法の練習も行う。


『火の精霊よ、我に炎を与え給え』

「エイッ!」

 

 何度繰り返しても一向に火が出ない。

 心が折れそうになるが、辛抱強く続けている。

 

 そして、その鬱憤を晴らすように、弓の訓練に励んだ。

 最近は筋力もついてきたせいか、弓を引き絞る動作にも余裕が持てるようになっていた。

 そのため、命中率もアップしてきて、ほぼ的の中心に命中させることができた。

 ただ、弓を引く時の右手の親指と人差し指が痛くて、その痛みに我慢ができなくなり、あまり何本も射ることができなかった。

 

 

 

 ここのところクララはパスタ屋の開店準備で忙しいので、工房の食事はほとんど奥さんが料理していた。

 クララの料理センスは母親譲りのようで、奥様の作る料理も、俺の舌を満足させてくれるものではなかった。

 そんな理由もあって、俺は料理の手伝いもするようになっていた。

 これには劇的な反応があった。

 職人たちや奴隷たちから、また作ってくれ、毎日でも作ってくれとせがまれたのだ。

 もちろん、奥さんのいない場所で、こっそりと言われたのである。

 俺は苦笑しながら、できるだけ期待に応えると伝えた。

 

 

 

 そんな日々を過ごしていると、ある日一通の手紙が俺のもとに届いた。

 クーランディアからである。

 いったい何事か、と手紙を読んでみると、それは俺を狩りに誘うものであった。

 クーランディアの狩り仲間と数名で狩りに出かける計画があり、そのパーティに参加しないかと誘ってきたのだった。

 以前、契約交渉でクーランディア邸を訪れた時の約束を憶えていてくれたのだ。

 

 俺はすぐに手紙を書き、感謝の意と狩りに参加することを伝えた。

 

 

 

 俺は、狩りに向けてクロスボウの試作品を完成させることにした。

 この狩りが、実戦でのフィールドテストにはちょうど良い機会だと思ったからだ。

 

 試作品クロスボウの設計は、ほとんど完了していた。

 材料も仕入れてあって、あとは部品を加工して組み上げるのを待っている状態であった。

 ところが職人たちは新製品の造り溜めに超多忙であったので、試作品の方は後回しにしていたのだ。

 

 仕方がないので、自分で作ることにした。

 弓の部分は既製のものをそのまま流用するので、残りの部分を自分で製作する。

 ライフルのような形状をしたものを、木を削って組み合わせて作るのだ。

 

 基本設計は、以前矢の命中率の実験で作ったものと大きく変わっていない。

 今回は持ち運んで使用することを前提に、構えた時に狙いがつけやすく、背中に背負った時に行動に制限が出ないように、といった点を設計に織り込んだ。

 弓は全長が短く、反発力の強いものを選んだ。

 弓を横にして使うため、長い弓は隣の人の邪魔になってしまう。

 銃の部分は、スナイパーライフルのように長い銃床を肩に当てるようなタイプも検討したのだが、持ち運びのことを考え、アサルトライフルのような短い銃床にした。

 弓の部分が横に長いのに、さらに全長を長くしてしまうと、かなりかさばると思ったからだ。

 トリガーをスムーズに引けるように独立したグリップを設け、銃身を支える手の部分にも握りやすい形状にした。


 そうして、俺が慣れない手付きで作業をしていると、若旦那が見るに見かねたのだろうか、手伝ってやると言ってきた。

 俺は削りかけの木材を若旦那に手渡すと、彼は懐から自分専用の小刀を取り出し、削り始めた。

 やはり、年季の入った職人の技は素晴らしい。

 俺は自分では手先は器用な方だと自負しているが、そんなものとは比べ物にならない。

 速さ、正確さ、丁寧さ、どれをとっても段違いだ。

 俺がその作業にみとれていると、あっという間に外形が削り上がった。

 

「どれ、次はどこをやるんだ?」


 気持ちが乗ってきたらしい。

 心なしか目がキラキラしているように感じる。

 若旦那も、このクロスボウの試作品の出来上がりが待ち遠しいのだろう。

 そんな彼に後の作業を全て任せた。

 俺は設計者として、製作上の注意点や図面には表せないポイントを伝え、見守るだけだ。


 ほどなくして、俺と若旦那の合作によるクロスボウは完成した。

 

 


 次の朝、俺はクロスボウの試射を行った。

 この試射には、工房の全ての者が集まってきていた。

 昨夜、出来上がったばかりのクロスボウを皆に見せた時、初めて見るその武器にとても興味を示していた。

 実際に使われるのをその目で見てみたいと思ったのだろう。

 

 俺は射場に立つと、まず弦を引いた。

 銃に例えると銃口にあたる部分に出っ張りがあり、そこを足で押さえてレバーを引く。

 レバーは弦を手前に引き上げ、充分に引き絞ったところでリリースナットに引っかける。

 テコの原理を利用して軽い力で引けるようになっているのだが、それでも思っていた以上に力が要った。

 そして、銃身を水平にした後に矢をセットする。

 俺は的に対して半身を開いた姿勢になると、銃床を右肩に当て、グリップを握った。

 左手を銃身に添えて支える。

 左目を閉じて、右目だけで的に狙いを定める。

 そして、ゆっくりと、トリガーを引き絞った。

 

 俺の右肩に鋭い反動を残して、放たれた矢は真っ直ぐに的に向かって飛んでいく。

 そして、見事的の中心に命中した。

 

 俺は続けて何本かの矢を射った。

 弦を引いて、矢をセットして、狙いをつけて、射つ。

 弓のように連射はきかないが、弓ほど力を必要としないし、何よりも指が痛くない。

 俺の射った全ての矢は的をとらえることが出来たし、片膝をついた姿勢で射った時はほとんど的の中心を射抜くことができた。

 

 その正確無比な射撃に、ギャラリーから拍手が上がった。

 親方と若旦那も満足そうに微笑んでいた。

 

 そうして、試作品の試射は満足な結果に終わった。

 若旦那は職人たちの尻を叩きつつ、さあ仕事に戻るぞと言って工房の中に入っていった。

 

 残された俺は、こいつのデビューでもあり自分自身のデビューであるクーランディアとの狩りが待ち遠しい気持ちでいっぱいになっていた。

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