第三十七話 「エンジニアと三人のエルフ」

 そして、狩りに出かける朝がやってきた。

 一日をかけて狩り場まで移動し、現地で二日間過ごし、また一日をかけて帰ってくる、そんな旅程であった。

 待ち合わせ場所である東門の外に出ると、クーランディアは既に到着しており、俺のことを待っていた。

 そこに待っていたのは三人のエルフであった。

 クーランディアは馬を引いており、もう一人のエルフの男性も同じように馬を引いていた。

 すぐそばに幌付きの馬車が一台停まっている。

 その御者台には、エルフの女性が座っていた。

 

 近づいてくる俺に気がついたクーランディアは、俺に歩み寄ってきて、おはようと挨拶をした。

 俺も、お早うございますと挨拶を返すと、握手を交わした。

 そして、他の二人に俺を紹介する。

 

「この青年はシュンといって、俺が懇意にしている弓工房の人だよ。

 職人というよりも、技術者というのが正しいだろう。

 シュン、それで合っているかい?」

 

「ああ、そうですね、技術者です」


 俺の答えを満足そうに頷くと、次に二人のエルフを俺に紹介した。

 

「こちらの彼は、リングウェウ。

 僕の狩り仲間だ。

 弓の腕もすごいけど、剣の腕では右に出るものはいないだろう。

 まあ、今回の狩りは弓しか使わないけれどもね」

 

 クーランディアは愉快そうにそう言った。

 紹介されたリングウェウは俺に目を向けると、片手を挙げて微笑んだ。

 腰には剣が吊るされている。

 グリップの部分には精巧な装飾が施されており、剣の鞘も立派な造りであった。

 俺もつられて右手を挙げて挨拶をした。

 

「こちらの彼女は、エレナリエル。

 彼女と狩りに行くのは初めてだが、弓の腕前は僕にも引けを取らないと聞いているよ。

 今回は勝負するのをとても楽しみにしているんだ」

 

 そう言って、やはり愉快そうに笑った。


 エレナリエルは俺に対して微笑みながら手をふると、クーランディアに向き直って言った。


「あら、勝負するとは聞いてなかったわ。

 それなら、何か賭けないと、つまらないわね」

 

 エレナリエルは少し考えて、こう切り出した。

 

「じゃあ、一番の成績を残した人は、ビリになった人に何でも一つだけ命令できる、っていうの。

 どうかしら?」


「いいね、乗ったよ」


 クーランディアは即答する。

 

「私も異論はないよ」


 リングウェウもそれに続く。

 そして三人の視線が俺を向いた。

 

「え、俺も。。。ですか?」


「当たり前じゃない?

 もちろん全員参加よ」

 

 エレナリエルがいたずらな表情で俺を見つめている。

 

「いや。。。俺は今回狩りに行くのは生まれて初めてで。。。」


 そんな俺の言葉を遮るように、

 

「はい、決まり!

 参加ね!

 なんだかとっても楽しみになってきちゃった。

 早く行きましょうよ」

 

 とエレナリエルが言うと、俺を御者台の隣の席に乗るように促した。

 俺の反論は聞き入れてもらえないようだ。

 俺はため息をつきながら、肩を落としてそれに従う。

 馬車に乗ると、荷台に二匹の犬が乗っているのに気がついた。

 どちらも中型犬で、黒い毛のやつと茶色い毛のやつがいた。

 俺に気づいて身構えるようなしぐさを見せるが、すぐに興味をなくしたように床に寝そべった。

 

「ああ、言い忘れていたわね。

 この子達も一緒に行くのよ。

 黒いのがブラボー、茶色いのがチャーリーよ。

 クーさんとリンさんの猟犬なんだって」

 

 彼女は二匹の犬をそう俺に紹介すると、馬車を走らせた。

 馬車の前を二頭の馬が先導している。

 スピードは少し早く歩く程度だ。

 路面の凹凸を拾ってゴトゴトと振動が尻に伝わってくるが、座席に敷かれた綿を詰めたクッションがそれを和らげてくれていた。

 

 そして、前触れもなくエレナリエルが話しかけてきた。

 

「改めて、よろしくね、シュン。

 私のことはエレナって呼んでね」

 

 そう言うと、さらに言葉を続けた。

 

「シュンは馬車を操ったことあるの?」


 ありませんよ、と答えると、

 

「じゃあ、後で教えてあげるわ。

 二人で交代して、休みながら行きましょう。

 荷台に干し藁を積んであるから、寝転がっていてもいいわよ」

 

 そう言って微笑んだ。


 

 

 

 俺の隣で馬を御するのはエルフの女性、背中まである銀色の長い髪が風になびいてサラサラと音がする。

 エルフの例に漏れず均整の取れた顔立ちは完成度の高い彫刻を見ているかのようであり、透き通るような白い肌に、少し赤みがかかった頬は、彼女の明るい性格を反映しているように思えた。

 目尻の上がった大きな碧い瞳でこちらを見つめてくると、目が合ってドキドキしてしまう。

 革のジャケットに革のパンツという一般的なハンタールックでは体型までは判別できないが、露出した前腕の様子から、細身であるが充分に鍛えられた筋肉をまとっているように思えた。

 

 じっとしていればいつまででも眺めていたいと思えるような美人なのだが、何かを話すごとに表情がコロコロと変わるのが、とても心地よかった。

 

 

 

 それから昼食のための休憩を挟んで、一日中走り続けた。

 その馬車の中で、シュンは馬車の操り方を教わり、エレナと交互に御者を務めた。

 ただ、干し藁に寝転がることは一度もなかった。

 

 エレナは話し好きで、ずっと俺に話しかけてきたからだった。 

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