第三十八話 「エレナリエル」

 エルフ族の女性、エレナリエルは馬車を走らせるやいなや俺に話しかけてきた。


「ねえ、シュン。

 クーさんに聞いたんだけどさ、あなた、奴隷だったんだって?」

 

「ああ、そうだよ。

 ついこないだまで奴隷やってたよ。

 主人である工房の親方のご厚意で、平民に取り上げていただいたんだ」

 

「ついこの間って……

 あなた歳はいくつよ?」

 

 エレナは驚いた表情で俺を眺めると、そう訊いてきた。

 

「三十六だよ」


「三十六?

 それにしては若く見えるわね。

 エルフでもないのに

 二十代って言っても不思議に思わないわ」

 

「ああ、そういえば、エルフ族って寿命が長いって、本当ですか?」


「そうよ、人間の寿命に比べたら長生きってことになるわね。

 個人差もあるんだけど、事故や病気で死なないかぎり、二百年から四百年は生きるわ」

 

「俺も噂では聞いていたのだけど、やはり本当なんだね。」


 外見からエレナの年齢を推定すると、二十代半ばといったところだが、長寿の種族エルフなので実年齢は見当もつかない。

 人間族の倍以上の寿命で、二十代半ばの見かけってことは、五十代とかそれ以上の年齢でもおかしくない。

 二十代の外見の五十歳って、なんだか不思議な感覚である。

 

「それよりも、あなたの話よ」


 忘れていたものを思い出したように、エレナは話を戻した。

 

「奴隷から平民に上がるのは、その殆どが幼いうちにそうなるのよ。

 十代の頃に才能を見出されて、将来性を見込まれた奴隷が、主人の養子となって平民に上がるのよ。

 三十代になって平民に上がるのって、あんまり聞かないのよね。

 あなた、いつから奴隷として工房で働いてるの?」

 

「奴隷になってすぐに工房に買われたから、約一年ってとこだな」


「え?

 一年?

 じゃあ、一年前は、奴隷になる前は何してたの?」

 

「実は。。。俺には、それ以前の記憶がないんだよ」


 俺は、これまでこの世界に召喚されて、エルフのハンターに保護される以前のことについては、記憶がないと説明してきた。

 『記憶喪失症』という都合の良い設定にして、気がついたら見たこともない森の中を彷徨っていた、ということにしている。

 今回も、エレナにはそうやって説明をした。

 

「ふうん……

 約一年前って、正確には何ヶ月前?」

 

「正確には、そうだな。。。十三ヶ月前、だね」


「そう……」


 エレナがなぜ正確な時期を訊ねたのか気になったが、その件についてはそれ以上は訊いてこなかった。

 彼女は前を向いたまま何かを考え込んでいるように思えた。

 しばらく間が空いた後、エレナは気を取り直して、といった感じで話しかけてきた。

 

「シュンは、今回が初めての狩りだって言ってたわよね?

 どうして狩りに来ようって思ったの?」

 

「うちの工房で作っている弓って、主に狩りで使われるわけじゃない?

 実際に使われる環境を体験しておくことが、商品開発に役立つんじゃないかと思ってね」

 

「そうなんだ。

 シュンは仕事熱心なのね」

 

「エレナは、狩りにはよく行くの?」


「お国にいたときは、よく行っていたわ。

 こっちに来てからは、これが初めてね」

 

 俺は、『お国』という言葉に引っかかった。

 

「お国って、エレナはこの街の人じゃないの?」


「あらそうね、言ってなかったわ。

 私はエルフの国で生まれ育ったのよ。

 この街へは一年前に来たの。

 仕事でね」

 

 エルフの国。

 ラーション公国の東に位置するその国は、文字通りエルフによって治められ、エルフが住まう国だ。

 しかし考えてみれば、エルフについて、俺は詳しいことは何も知らなかった。

 エルフに関する知識を得る良い機会だと思った俺は、エレナにいろいろと教えてもらうことにした。

 

 

 

 エルフは、基本的に他の種族との交友を好まない。

 それは、極端に他人に興味を示さないエルフという種族特有の性格によるものだ。

 従って、ラーション公国との外交を除けばほとんど鎖国状態である。

 数百年前にあったと言われる世界大戦の時にお互いに助け合ったことがあり、それ以来王家の間で交友関係が続いている。

 その友好が示すように、ラーション国内にはエルフの村があり、王都には領事館もある。

 クーランディアのように街に住み、市民権を得ている者もいるぐらいだ。

 ただし、クーランディアやリングウェウのような者たちは一般のエルフ族からは変わり者と見られている。

 

 エレナはエルフ国では、俺の世界で言うところの外務省に勤めており、この国の領事館に派遣されてきたのだ。

 今はラーション国内のエルフの居住地を巡回している途中であり、たまたまクーランディアの元を訪れた時に狩りに誘われたようだ。

 

 

 

 そんな話をしているうちに、一行は目的地に到着した。

 日が沈むまでにはまだ多少の時間があるが、この場所で一夜を過ごすため、テントの設営や夕食の準備などを明るいうちに済ませる必要があった。

 四人は作業を分担し、取り掛かる。

 俺とエレナで食事の用意をすることになった。

 

 俺は大きめの石を拾ってきて即席のカマドを作る。

 エレナが乾いた木の枝を拾ってきて薪にする。

 食材は馬車にたっぷり積んであった。

 芋や玉ねぎ、ナスやピーマン、さらに干し肉などと豊富に用意してある。

 

「さてエレナ、何を作るんだい?」

 

 俺はエルフの料理が食べられると思い、密かに期待をしながら聞いてみた。

 

「え?」


 以外な声が返ってきた。

 

「え、って……

 エレナが作るんじゃないの?」

 

 少しバツが悪そうな表情をしながら、エレナは答えた。

 

「あの……

 私……

 実は料理ができないのよ。。。」

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