第三十九話 「エルフと魔法」

「私、実は料理ができないのよ……」


「え……?」


 俺は一瞬固まった。

 エルフ料理を勝手に期待していただけなのだが、失望の色が顔にも出ていたのだろう。

 

「そんな顔することないじゃない?

 誰にも苦手なことはあるのよ!」

 

 エレナが強く主張した。

 

「ま、まあ、そうだよね、うん。

 ごめん、俺が勝手に思い込んでただけだから」

 

「そう?

 ならいいのよ。

 私、手伝いぐらいならできるから、調理はシュンにまかせるわよ?」

 

「おう、わかった。

 じゃあ、カマドに火を入れて、お湯を沸かしてくれるかな?

 その後、芋の皮を剥いてくれ」

 

「わかった」


 エレナは魔法で炎を出し、薪に火をつけた。

 そして鍋に水を入れてカマドにかける。


 俺は馬車の荷台から食材を取ってきた。

 芋と玉ねぎと干し肉だ。

 

 俺が芋の皮を剥いていると、エレナも一緒に皮剥きを始めた。

 俺は、自分の手元をエレナに見せるようにし、エレナはそれを見て真似をするようにした。

 

「コツは、ナイフを動かして皮を剥くんじゃなくて、親指を刃に当てるように動かすんだ。

 そうそう、上手だね。

 その調子だよ」

 

 少々危なっかしい手付きではあるが、経験はあるのだろう。

 なんとかサマになっている。

 俺は剥いた芋を適当な大きさに切り、鍋に入れる。

 エレナにも同じようにやってもらった。

 

「エレナ、料理が苦手だなんて、信じられないよ。

 なかなか良い手付きしてるし、飲み込みが早いよね」

 

「そ、そうかしら?」


 エレナはまんざらでもないといった感じで照れ笑いをしていた。

 

 他人に作業を教える時は、まず自分がやってみせる。

 次にやらせてみる。

 その時に必要なアドバイスをする。

 そして、うまく出来たら褒めてやる。

 こうすることで、人はさらに上手くなろうと努力をするものなのだ。

 

 芋を煮ている間に玉ねぎをスライスし、干し肉を千切りにした。

 さっきと同様にエレナに教えながらであるが、彼女もそれを楽しんでいるように見えた。

 

 茹でている芋は、少々固いうちに鍋から上げる。

 フライパンに油を少しひき、干し肉と玉ねぎを炒める。

 頃合いを見て芋を加え、調味料で味を調える。

 シンプルで大雑把な料理ではあるが、失敗する確率は低い。

 ジャーマンポテト異世界風の完成だ。

 そしてさらに、芋を茹でたお湯で人参とピーマンの簡単なスープを作った。

 こちらも俺とエレナの共同作品だ。

 

 料理が完成した頃、すでにテントの設営を終えていたクーランディア達は、焚き火まで準備していた。

 焚き火を囲んで四人が座り、食事をとった。

 料理の味は、エルフ達にとっても好評だったらしく、皆口々に美味い美味いと言って食べていた。

 

「エルフ料理の味付けとは違うみたいだけど、これはエレナが作ったのかい?」

 

 クーランディアが訊いてきた。

 

「いやいや、これは全部シュンが作ったのよ。

 私は手伝いをしただけ」

 

「いや、エレナもよく手伝ってくれました。

 これは二人で作ったと言っても過言じゃないですよ」

 

 クーランディアは目を細めて微笑んだ。

 

「シュンは、料理の腕もたつのだな。

 そういえば、シュンの持ってきた弓だが、布に包まれていてよくわからないんだが、普通の弓とは違うものなのかい?」

 

 やはり気づいたか、とも思ったが、シルエットが弓とは全く違うので、当たり前といえば当たり前か。

 俺は、ちょっと待ってて、と言うと馬車の荷台からクロスボウを持ってきた。

 包んでいる麻袋の紐を解いて、本体を取り出して見せた。

 隣に座っているクーランディアに手渡す。

 

「まだ試作品の段階なんですが、実際の狩りの現場で使ってみたいと思いまして」


 クーランディアは珍しいものを見るようにマジマジとクロスボウを眺めている。

 他の二人も寄ってきて顔を寄せ合って眺めていた。

 

「なるほど……

 これは、なかなか興味深い代物だね。

 実によくできている」

 

「ありがとうございます」


 そう礼を言うと、このクロスボウについて簡単に解説をした。

 非力な者でも扱えること、高い命中精度が期待できること、高い練度が不要なこと。

 逆にデメリットとして、大型で取り回しに制限が出ること、連射がきかないこと、を説明した。

 

「なるほどねえ。

 それでは、明日はこいつの性能を見せてくれるってことだね」

 

「それは、俺も知りたいって思ってるんですよ」

 

「明日が楽しみになってきたわ。

 勝負の行方も気になるし、ね?」

 

 その後、皆それぞれの弓を見せてもらった。

 クーランディアとリングウェウはスタンダードな大弓だ。

 飛距離と威力を重視したもので、鹿狩りなどの用途には最もシェアが高い。

 エレナはその体型に合わせたのか、やや小ぶりの弓。

 連射しやすいのが特徴だ。

 クーランディアのはもちろんうちの工房のフラッグシップ、クーランディアモデルのプレミアムバージョンだが、他の二人の弓も綺麗な装飾が施されている。

 使うのがもったいなくて飾っておきたいぐらいである。

 

 そんなふうに、焚き火を囲んでの団らんによって、やがて四人の心が打ち解けることとなった。

 そして、食器をみんなで片付けていたその時、リングウェウは皿に手のひらをかざすと、水がシャワーのように吹かれ、皿の汚れを洗い流した。

 手のひらの先の何もない空間から、である。

 

 魔法だ!

 

「リングウェウさん。

 今のって、魔法で水を出したんですか?」

 

「いかにも、魔法だが。

 シュンは魔法が珍しいのかな?」

 

「ええ、そうなんです。

 ロウソクに火を灯すような魔法は見たことあるんですが、それ以外は始めて見ました」

 

「あら、シュン。

 あなた火の魔法ぐらいは使えるんでしょう?」

 

 エレナが話に加わってきた。

 

「それが、使えないんだよ。

 先日、友人にやり方を教わって、言われたとおりに練習しているんだけど、全然できなくてさ」

 

「ふうん、そうなんだ。

 じゃあ、お姉さんが、教えて・あ・げ・る」

 

 なんかセクシーな感じで言ったみたいだが、他人からは俺のほうが年上に見えるはずだ。

 あ、でも、実年齢はエルフのエレナのほうが上か、などと考えながら焚き火の前に戻っていった。

 

 先ほどと同じように、焚き火を囲む四人。

 エレナが俺のすぐ隣に座る。

 

「じゃあ、まず、シュンが教わった通りに、火の魔法をやってみて?」


「ああ、じゃあ、やってみるよ」

 

 俺は目を瞑って心を落ち着かせ、深く息を吸い込むと、人差し指を顔の前で上に向け、例の呪文を唱えた。

 

『火の精霊よ、我に炎を与え給え』

「エイッ!」


 やっぱり何も出なかった。

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