第四十二話 「ルーキー」
二頭の鹿を倒した後、さらに獲物が出てくるかも知れないと、俺は二本目の矢をセットしてそのままの姿勢で待っていたが、しばらく待っても獲物は出てこない様子であった。
すると、先程と同じ甲高い指笛の音が響いた。
終了の合図だ。
俺は倒した鹿に駆け寄った。
俺の放った矢が鹿の眉間を貫き、後頭部から先端が飛び出していた。
きっと即死だったに違いない。
「シュン、すごいじゃないか。
一発で仕留めるなんて、本当に初めてなのか?」
リングウェウが目を丸くして言う。
「ほんと、初めて狩りに来て一発でヘッドショットをとれるなんて、信じられないわよ。
あなたって、本当に不思議な人ね」
と、エレナも続く。
「いやあ、ビギナーズラックってやつですよ。
それよりも、俺が一本放つ間に、二本目の矢を放ってましたよね、二人とも。
そっちの方に驚きましたよ、俺は」
「もしシュンの矢が外れていたら、どちらかの矢がコイツを仕留めていただろうね」
リングウェウは、さも当然といった風に語った。
そして、最初に倒れた方の鹿に歩み寄っていく。
その鹿には二本の矢が刺さっていた。
一本は頭部に、もう一本は首に突き立っている。
頭部に刺さったのは……
「ヘッドショットをとったのは私の方だったわね。
これは、私のスコアってことで、いいかしら?」
エレナがリングウェウを伺う。
リングウェウは肩をすくめて答えた。
「ああ、そうだね。
エレナリエルもなかなかの腕前だ。
勝負が楽しみになってきたよ」
程なくして、クーランディアがブラボーとチャーリーを引き連れて合流した。
俺が一頭を一発で仕留めたことを聞き、目を丸くして驚いた。
「そのクロスボウとやら、なかなかの性能のようだね。
それとも、シュンの腕前が際立っているということだろうか?」
クーランディアのその言葉に俺は素直に喜んで、こう答えた。
「どちらにしても、とても嬉しいことです。
こいつの性能を試すのが今回の目的ですから、これからが楽しみになりましたよ」
「そうだねえ。
確かに楽しみだ。
さあ、勝負の続きといこうか」
クーランディアがそう言うと、俺たちは次のポイントに向けて歩き出した。
次のポイントでは、リングウェウが追い出し役を担った。
追い出された鹿は三頭。
そのうちの二頭をクーランディアが二連射で仕留め、残る一頭は俺の矢とエレナの矢の両方が命中したが仕留めきれず、続く二射目を当てたエレナが仕留めた。
やはりクロスボウでは短時間での連射は難しいことが実戦ではっきりした。
さらに移動して同じように狩りを繰り返す。
結局その日は五回のチャンスが有り、俺はそのうち二頭を仕留めることができた。
その日のスコアはクーランディアが三頭、リングウェウが二頭、エレナが三頭となった。
クーランディアは五回のうち三回を追い出し役であったため、実質の機会は二回しかなかったのだが、それで三頭を仕留めるのだから、流石であると言えよう。
その日は、陽が暮れる前に早めにキャンプに戻り、夕食の準備を始めた。
仕留めた鹿を俺たちは担いで帰り、キャンプに到着すると、そのうち一頭をリングウェウが解体を始めた。
慣れた手付きで内蔵を取り出し、皮を剥き、部位ごとの肉を切り取る。
その解体ショーは圧巻であった。
皮の剥がし方や、骨と肉との剥がし方、流れるような動作でナイフを動かすその姿は、ベテランの肉屋も脱帽するレベルに思えた。
その間にクーランデイアが燻製の準備をしている。
鹿一頭は四人で食べるには多すぎるので、余りを燻製にして保存しようということだ。
メインディッシュは肉なので、俺は付け合せの調理を担当した。
人参といんげん豆のソテー、マッシュポテト、それにエレナの採ってきた野草と玉ねぎのサラダを作った。
そして、鹿肉は小さく切り分けて串に刺して直火で炙る。
脂身が少なく、赤身の肉は硬そうに見えたが、焼いているうちに脂が染み出してきて、とても美味しそうに見えてきた。
かくして、キャンプでの料理であるにも関わらず、その夕食はとても豪華なものになった。
鹿の肉は、牛肉や豚肉に比べればやや獣の臭みがあるが、気になって食べられない程ではなかった。
塩と一緒に香草を刻んだもので味付けをしたのが秘訣なのかも知れない。
ブラボーとチャーリーが物欲しそうな表情で俺にすり寄って来た。
お前達さっき生肉食ってただろ、と思いつつ、肉片を手のひらに乗せて食べさせてやった。
二匹とも俺の手から肉を飲み込むように食べると、ペロペロときれいに舐め上げてくれた。
くすぐったくて気持ち良い。
そのような豪勢でワイルドなディナーに舌鼓を打ちながら、俺たちは本日の狩りを振り返っていた。
「今日はエレナリエルと僕がトップスコアだったねえ。
弓の腕が立つとは聞いていたけれども、ここまでやるとは思っていなかったよ。
素晴らしいアーチャーと言わざるを得ないねえ」
クーランディアがエレナを褒め称えた。
「なにをおっしゃいますか。
クーさんもリンさんも、追い出しやってて私の半分しか射ってないのに、スコアはあまり変わらないじゃない。
変わらないどころか、クーさんなんて二回で三頭仕留めてたでしょ?
私なんかとは次元が違うって思っちゃったわよ」
「まあ、それはそうなんだけどねえ。
僕たちは一応これでもプロのハンターなのさ。
プロのプライドを保つためにも、このぐらいのハンデはつけさせて欲しいものだよ?」
そこで、二人の会話を黙って聞いていたリングウェウが話に割り込んだ。
「我々のプライドの話をするよりも、今日はシュンの活躍を抜きには始まらないのではないか?」
三人の目が一斉に俺の方を向いた。
「いかにも。
全くその通りだねえ。
とんでもない新人が現れたものだよ」
「そうよ。
今日が初めての狩りだなんて、信じられないわよ、まったく」
三人の言葉を聞いて、俺は口角が上がってしまうのを抑えられなかった。
三人の弓の名手から弓の腕前を褒められているのだ。
有頂天にもなろうってものだ。
「いやあ、俺自身、出来すぎだって思ってるんですよ。
でも、まあ、結果はともかく、今日はとっても楽しかったです。
待ち構えてる時はすごく緊張しますし、射つ瞬間はもっと緊張してました。
今思えば、その緊張感が狩りの楽しさなんだなって、そう思いました」
クーランディアはそんな俺に目を細めて言った。
「そうかい、楽しかったかい。
そう感じてくれたのなら、君を誘った僕としては喜ばしい限りだよ」
「本当に、誘っていただいてありがとうございます」
「さ、ルーキーの誕生に乾杯しましょ」
そのエレナの音頭で、俺はワインの盃を掲げ、グイと喉に流し込んだ。
俺は顔が火照ったように赤くなるのを感じていたが、それがワインのせいなのか、褒められて照れたからなのか、どちらか分からなかった。
その両方なのだろうと思うことにして、翌日の狩りを思い、胸を躍らせていた。
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