第四十一話 「ハンター デビュー」
「シュン、そろそろ起きなさいよ。
もう朝よ」
エレナが俺を呼ぶ声で目を覚ましたのは、翌朝のことだった。
昨夜は、エレナに魔法を教わって使えるようになったのに気を良くして、無邪気に魔法を何度も使っていたら魔力切れとなり、気を失ってしまったのだ。
気を失った俺をテントの中に運んでくれたようだ。
魔力切れ、これを初めて経験してみて体で理解できた。
体内に備蓄されている魔力の量。
理屈ではなく、感覚でわかったのだ。
確かに、昨夜失神した時は魔力がほとんどゼロに近かったのだと、その感覚を思い出した。
「シュン、具合はどう?
魔力切れの翌日は、体がだるかったりしてるんじゃない?」
エレナが言った通り、俺はひどい倦怠感に襲われていた。
体がだるい。
ヘトヘトに疲れ切ったような、重力が倍以上になったような、そんな感覚で、起き上がるのも億劫だ。
「ああ、エレナ。
とってもだるくて、体が思うように動かないんだ」
「わかるわよ、その感じ。
私も経験あるもの。
魔法を使う者なら誰でも経験することだから。
そんな時はね、この薬を飲むといいわよ」
エレナはそう言うと、手に持っていた袋から小さな丸い粒を取り出して俺に差し出した。
直径五ミリ程度の丸薬だ。
ツーンと鼻孔を刺すような臭いがする。
「エルフの秘薬よ。
それを飲めば少しは良くなるはずよ」
とてもひどい臭いがしているが、俺は躊躇せずに丸薬を口に放り入れ、ゴクリと飲み込んだ。
親切に魔法の手ほどきをしてくれたエレナに、俺は既にかなりの信頼を感じていたので、彼女がくれた薬にも疑いはしない。
その薬の効果は劇的で、あっという間に気怠さが抜け、起き上がることができた。
「ありがとう、エレナ。
そして、昨夜は迷惑をかけたね。
ほんと、申し訳ない」
「いいのよ、気にしないで。
それより、魔力切れを起こした翌日は、魔法使っちゃダメだからね。
我慢するのよ」
「わかった。
今日は使わないようにするよ」
テントから出ると、遠くの山の陰から太陽が顔を覗かそうとしていた。
ひんやりとした朝の清々しい空気が心地よい。
小鳥のさえずりが一日の始まりを祝福しているように聞こえる。
クーランディアとリングウェウは朝食の準備をしていた。
昨夜はすみません、と二人に詫びると、気にしなくて良い、と笑って答えた。
さらにクーランディアが俺に言った。
「それよりも、いよいよシュンのハンターデビューだねえ。
気分はどうだい?」
「はい。
とってもワクワクしてますよ。
本当だったら、昨夜は眠れなかったかもしれないのですが、運良く魔力切れになってよく眠れたようです」
「気絶した人をテントに運ぶの大変だから、もうやめてよね」
エレナがヤレヤレといった感じでたしなめた。
皆が声を出して笑った。
そんな会話をしながら、簡単な朝食を済ますと、それぞれが狩りの準備を始める。
基本的な狩りのやり方は、クーランディアが教えてくれた。
まず、獲物がいそうな場所に風下から近づき、狙撃に適した場所に身を潜めて待つ。
次に風上側から犬を使って獲物を射手が待っている場所に追い込む。
そして、射手が獲物を狙い撃つ、といった具合だ。
場所を変えてこれを繰り返し、夕方になったらテントに戻る。
追い込む役はクーランディアとリングウェウが交互に担うことにした。
それぞれの愛犬、ブラボーとチャーリーがやる気を見せるかのように舌を出して息を弾ませている。
さあ、出発しようか、となった時、クーランディアが俺の姿に何か引っかかるものがあったように、訊いてきた。
「シュン、その背中に背負っているものは、いったい何なんだい?」
俺は、愛用の木刀を背中に背負っていた。
近接戦用の武器としてはナイフを持って来ていたのだが、ナイフでの戦闘には全く慣れていなかった。
使い慣れた木刀の方がマシだろう、と思って家から持ってきたのだ。
「ああ、これは……
木の……剣です」
それを聞いた三人は、プッと吹き出して笑った。
「いやあ、つくづく愉快な男だねえ、シュンは。
まあ、いいさ。
このメンバーなら、その木の剣を使う機会もまずないだろう。
さあ、行こうじゃないか」
そうクーランディアが言うと、四人は森の中に入っていった。
森と言っても、平地の森とは違い、山の中腹の起伏に富んだ場所にある森だ。
ところどころに岩肌を露出した崖があったり、小さなせせらぎが流れていたりと、バラエティ豊かな地形になっている。
その中を狩猟道具を担いで歩くのは、ハイキングと言うよりも登山に近い。
そんな山歩きを、三人のエルフは苦もないと言った風に軽快に歩いていく。
俺も、毎日のトレーニングのおかげで体力が付いているのだろう、遅れることなく付いていけた。
キャンプを発ってから一時間ほど歩いたところで、前方に木々が少なく視界の開けた場所があった。
その先は岩肌の崖が切り立っている。
ここに獲物を追い込めば、進路を限定することができ、狙撃するのに有利な場所と言える。
まずはここをポイントにすることにした。
俺たち射手は、数メートルの間隔で木の幹に身を寄せて待機する。
クーランディアがブラボーとチャーリーを引き連れて森の中に消えていった。
しばらくそのまま待っていると、ピィッと甲高い音が聞こえた。
クーランディアの指笛だろうか。
そして犬の吠える声が続いて聞こえてくる。
追い込みが始まったようだ。
俺はクロスボウに矢をつがえる。
弦は既に引いてセットしてある。
獲物が飛び出してくるであろう方向に向けて、しゃがんだ状態で構えて待つ。
犬が吠えるのが遠くから聞こえてくる。
動物が地面を蹴る音が、徐々に大きくなってくる。
不意に、前方の茂みから鹿が二頭飛び出して来た。
ピョンピョンとステップを踏みながら、かなりの速さでこちらに向かって疾走してくる。
間髪入れずに、ヒュンッという風切り音が聞こえる。
二人のエルフから放たれた矢が先頭の鹿に向かって一直線に飛んでいく。
二本とも獲物に命中したようだが、俺にそれを気にしている余裕はない。
二頭目の鹿に狙いを定め、矢の飛ぶ速度と鹿の走る速度を考慮して頭の中でイメージし、そしてトリガーを引いた。
俺のクロスボウから発射された矢は一直線に飛び、そして鹿の頭部を貫いた。
鹿は矢の勢いのためのけぞるようにして倒れた。
それに一瞬遅れて、二本の矢が倒れる鹿をかすめて飛んでいった。
俺が一射する間にエルフ達は二回の射撃をやってのけたのだった。
その速射の技術は俺にとって驚くべきものであったのだが、それよりも自分の手で、自分の作ったクロスボウで、獲物を仕留めることができたことに、俺は言いようのない興奮を感じていた。
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