第五十話 「もう一つのお披露目」
「ここで軽食などはいかがでしょうか?」
司会のジュノの言葉に、親方たちは『打ち合わせにないぞ』と驚いている。
事前に説明をしていなかったのだから、そりゃ驚くだろう。
クララの持つトレーには、パスタが盛り付けられていた。
程よくソースを絡めた麺と、その上に炒めたひき肉と野菜が乗り、たっぷりの粉チーズが豪華さを演出している。
俺の元いた世界ではボロネーゼと呼ばれているパスタ料理だ。
この街では誰も食べたことがない料理を、ここでお披露目するのだ。
弓の発表イベントを、ちょっとだけ利用させてもらおう。
親方たちにパスタを食べさせ、そのリアクションで観客にパスタをアピールするのが狙いだ。
先入観を持たれるのを防ぐため、内緒にしておいてサプライズを演出したのである。
そして、クララがトレーを片手に壇上に上がり、皿をテーブルに並べていった。
皿の横にはフォークを添えて並べる。
親方が、「おや?クララ?何をしとるんじゃ?」と問いを口にするが、あえて受け流す。
ジュノは親方たち四人に、それぞれ皿の前に立つように促した。
そして、ジュノが説明を始める。
「今回、新しい弓の発表をお祝いするのに合わせて、新しい料理を召し上がっていただこうと思います。
『パスタ』というのが、この料理の名前です」
そう言うと、ジュノにもパスタの皿が手渡される。
ジュノは右手に持ったフォークで麺とソースを荒く馴染ませ、クルクルと麺を巻取り、観客に掲げてみせる。
そして、それを口に運び、食べる。
実に美味しそうに食べてくれる。
役者だなあ。
いや、本当に美味しいんだけどね。
「この料理は、このようにフォークで巻き取るようにして食べるんです。
最初は少し戸惑いますが、すぐに慣れると思いますよ」
そんなふうに説明すると、ジュノは壇上の四人にも食べるように促す。
当然、フォークで巻き取るのに苦労するが、ジュノがうまくサポートしている。
最初のひと口を食べたのはクーランディアだった。
観客は固唾を呑んで見守っている。
口に含み、咀嚼して、飲み込む。
そして、端正な顔立ちのエルフが驚きの表情をし、発した最初の言葉は、静まり返った観客の耳に大きく響いた。
「美味い!」
それに続く言葉を期待する観客をよそに、クーランディアは二口目を食べ始める。
次に言葉を発したのはリングウェウだった。
「たしかに、これは美味しいな。
この麺のもちもちとした食感がたまらなく心地よい。
小麦の風味が鼻孔をくすぐるよ。
上に乗っているのはトマトのソースと野菜、肉を炒めたものだね。
絶妙に調和した濃厚な味と香りが、とても後を引く美味しさだよ」
そんな言葉に、観客の喉がゴクリと鳴る音が聞こえた。
「上にかかっているのは、チーズを粉にしたもんじゃな。
わしゃ、チーズが大好きでな。
このチーズの風味がソースにとてもよく合っていて、ほんに美味じゃわい」
親方も気に入ってくれたようだ。
若旦那はどうだろう?
若旦那は皿を顔の前で傾け、フォークで掻き込むように麺を口に運んでいる。
大きな口を開け、口の中いっぱいにほおばり、ムシャムシャと食べていた。
フォークに巻きつけて食べるのが面倒だったんだろうな。
あっという間に完食した若旦那は、ひとつ小さな吐息を漏らした後、口を開いた。
「この『パスタ』という料理、皆が言うようにすごく美味しい。
さらに、食べごたえ、とでも言うのかな、食べた後の満足感がすごくあるんだ。
毎日でも食べたい気がするよ」
親方やクーランディアたちも食べ終えた後、口々にパスタの美味しさを話し合っている。
みんな笑顔だ。
美味しい料理は人を笑顔にする、っていうのは本当なんだな。
よし。
まずは第1段階、成功だ。
壇上で談笑しているの彼らの声をさえぎるように、ジュノが観客に向けて話を始める。
「さて、お客さんにも『パスタ』を食べてもらおうと思い、特別にお二人の方を募りたいと思うのですが、どなたかご協力いただける方はいませんか?」
ジュノが右手を高く上げて観客に問いかける。
ほぼ全ての観客が手を上げた。
「俺も食べてみたい!」
「ぜひ、俺に味あわせてくれ!」
「私も食べたいわあ」
みな口々に、俺も私も、と希望の眼差しをジュノに向ける。
ジュノは、さも大満足という表情で口を開いた。
「みなさん、ご協力ありがとうございます。
皆さん全員に食べていただきたいのですが、残念ながら二人分しかご用意できていないんですよね。
ですので、皆さんを代表して食べていただくのは……」
ジュノは会場を見回し、少し焦らした後に、最前列で隣り合って立っている男女を指差した。
「そこのお兄さんとお姉さん。
壇上にお上がり下さい」
ジュノが選んだのは、歳が二十代半ばといった感じの、夫婦か、または恋人同士といった雰囲気のカップルであった。
パスタを訴求するターゲット層となる年代だ。
さすがジュノ、俺の説明をしっかり理解してくれていた。
壇上に上がった二人にもパスタを食べてもらい、そのリアクションも俺の狙った通りのものになった。
大絶賛である。
これで、この観衆にはパスタという料理の印象を強く刷り込むことができたはずだ。
第2段階も大成功である。
「さて、そろそろお披露目会も終了のお時間となって参りました。
皆様、お集まりいただきまして、まことにありがとうございました。
会の終了後は、弓の即売会へと移らせていただきます。
ご購入を希望される方は、この場でお待ち下さい」
ジュノはそう言って、会の終了を宣言した。
さらに、付け加えるように、言葉を続ける。
「あ、そうそう。
先程の『パスタ』ですが、この会場の後方にある屋台で、本日は特別販売をしているそうです。
弓の販売準備をお待ちいただく間、お召し上がりになられるのもよろしいかと思います」
カティには、弓のお披露目会に合わせて、この広場の屋台での料理提供をするように、あらかじめ準備をしていたのだ。
会が始まる前から営業は始めていたのだが、さっぱり売れていなかった。
「パスタ」なんて知らない名前の、得体のしれない料理を食べるよりも、普段食べ慣れたものを売る屋台に人が流れていた。
しかし、この瞬間に、その流れがガラリと変わった。
ジュノが指をさす屋台に目がけて、大勢の人々が動き出す。
程なく、カティの屋台には長蛇の列ができあがった。
カティとクララが忙しくパスタを料理し、客に出している。
俺も手伝いに行ってあげないと、大変そうだな。
屋台の前には、カティのパスタ屋の開店日と場所を記した看板が置いてある。
さらに、料理を出すタイミングでも、お客さんに口頭で伝えていた。
目と耳と舌で、お店の存在を憶えてもらうのだ。
そして、ステージ付近では落ち着いて弓の販売の準備ができていた。
屋台に向かわずに残った観客たちは、ゆったりと商談ができた。
パスタを食べ終えて満足そうな顔をした客が、会場に戻って来て弓を購入していく。
大きな混乱も無く、弓のお披露目会兼即売会は、夕方まで続いたのだった。
そして、パスタ屋台の方はと言えば、準備していた食材が底をつき、二時間ほどで完売閉店となった。
パスタを食べたお披露目会の観客から口伝てに噂が広まり、周囲から客を集め、次第にその評判が広まって行ったのだ。
大繁盛である。
もう一つのお披露目会も、大成功だな。
俺はその日、屋台で料理の手伝いをしながら、開店後の客足に手応えを感じていたのだった。
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