第五十一話 「開店」
カトリーヌの店、「カティズ パスタ」
そのオープンの日がやって来た。
開店時間をあらかじめ知らせていたにも関わらず、かなりの数の客が開店前からやって来て、店の前に行列を作っていた。
そして、開店と共に店は満席となったのだ。
客足はその後も途絶えることが無く、満席状態が昼過ぎまでずっと続いていた。
店内は大忙しである。
カティは厨房にこもりっきりで調理をし続けている。
食事をとる暇すらない。
クララはホールで客を相手にしている。
注文を取り、調理が終わった皿を客に出し、空いた皿を下げる。
彼女もまた、休憩する暇すら与えられていなかった。
そして、俺はそんな店の厨房の中にいた。
開店後しばらくは、このような客足になるだろうと予測した俺は、カティに手伝いを申し出たのだった。
そして俺の予測は当たった。
開店から今まで、休む間もなくずっとパスタの麺を打ち続けている。
麺をこねる作業と平たく延ばす作業がけっこう地味にキツイ。
毎日の筋トレがなかったら、とっくに音を上げていたことだろう。
ああ、こんなことになるなら乾燥パスタも開発しておくんだった。
あれなら茹でるだけで良いんだもんな。
そんなことを考えていると、お昼時が過ぎ、ようやく客足が一段落してきたようで、やっとオーダーが全部はけそうだ。
調理の仕上げをカティに任せ、手の空いた俺はホールを覗いてみた。
空いたテーブルがちらほら、しかし大半のテーブルはまだ客で埋まっている。
そんな中に、見慣れた顔ぶれの並ぶテーブルがあった。
親方とおかみさん、若旦那とジュノが四人で座っている。
テーブルの横に立つクララと楽しげに会話をしていた。
俺は厨房を出ると、親方たちのテーブルに歩み寄っていった。
「親方、皆さん、いらっしゃいませ」
「おお、シュンではないか。
店の手伝い、ご苦労さんじゃのぉ。
なかなか忙しそうじゃわい」
親方がねぎらいの言葉をかけてくれた。
「いえいえ、こうなることは予想してましたから。
でも、正直ちょっとキツイです」
俺が苦笑いをしながらそう言った時、厨房の方でチリンと鈴が鳴った。
調理が終わり、皿の準備ができた合図だ。
取りに行こうとするクララを手で制し、俺が厨房に向かう。
厨房の調理台の上には四つの皿が出来上がっている。
俺はカティにクララの一家が来ていることを伝え、俺は皿を受け取る。
左手で二枚の皿を持ち、その二の腕の部分にもう一枚乗せる。
そして右手で最後の一枚の皿を持ち、ホールに戻る。
クララは三枚以上の皿を運ぶ時はトレーに乗せて運ぶのだが、俺は学生時代にレストランでバイトをしていた時にマスターした皿運びのテクニックが役に立っている。
それぞれの注文を確認しながら、テーブルの上に皿を置いていると、若旦那が感心したように俺を見上げて口を開いた。
「ほぉ、シュンはなかなか器用なんだな。
そんな風にいくつも皿を持って運ぶやつなんぞ見たことないぞ。
給仕にに転職するのも良いかも知れんのお」
「エプロン姿も似合ってるよね、シュン。
料理屋の主人だって言っても、知らない人は黙って信じちゃうかもよ」
ジュノも楽しそうに話に入ってくる。
六人で会話をしているところに、カティも厨房から出てきた。
「皆様、いらっしゃいませ。
お忙しいところ、お越しいただきありがとうございます」
すると、おかみさんが嬉しそうな笑顔をして、声をかける。
「あら、カティちゃん。
開店おめでとう。
見たところ、とっても順調なようね」
「ええ。
クララとシュンのおかげですわ。
昨日までは、お客様が来てくださるかどうか心配で……
でも、こうして大勢のお客様に来ていただけて、正直、ほっとしていますの」
カティは少し疲れたような顔をしていたが、それでも笑顔で答えた。
クララもつられて笑顔になる。
「私も、開店初日から閑古鳥が鳴いていたらどうしよう、って思ってたの。
こんなに忙しくなるなんて、思ってもみなかったわ。
実はもうヘトヘトなのよ」
そんなクララをたしなめるように、若旦那が言葉を返す。
「おいおい、クララ。
まだこの後、夜の営業もあるんだろう?
弱音を吐いている場合じゃないぞ?」
「はあい、お兄ちゃん」
クララは舌をペロリと出して愛らしく答えた。
そんな和やかな雰囲気に誘われたかのように、入り口のドアが開き、ドアにぶら下がっている鐘がなった。
新たなお客さんのご来店だ。
「いらっしゃいませ」
鐘の音に条件反射をするかのように、クララが明るく大きな声を出す。
すると、ドアから入ってきた客は、二人のエルフの男性であった。
「まあ、クーランディア様!
それにリングウェウ様も!」」
入ってきたのはクーランディアとリングウェウであった。
モンテーラ一家とカティは、先日の大広場のイベントを通して二人と仲が良くなっており、今日も開店のお祝いに来てくれることは事前に知らされていた。
しかも客足が一段落する時間帯を選んで来店してくれるとは、とても心配りのできる方々だ。
「カティさん、クララさん、開店おめでとう」
クーランディアはそう言うと、手に持っていた花束をカティに手渡した。
リングウェウもクララに花束を渡す。
お礼と挨拶を交わし、二人のエルフはクララに案内されてテーブルについた。
「あの時食べたパスタの味が忘れられなくてね、またご馳走になってもよろしいかな?」
クーランディアの問いに、カティは満面の笑顔で答える。
「もちろんですわ。
ぜひ、お召し上がりになっていってくださいまし」
「そう言えば、シュンとカティさんの二人で料理をしているのかい?」
リングウェウが俺に問いかける。
「ええ。
俺が下ごしらえをして、カティが仕上げをしています。
味は保証しますよ。
さあ、メニューをご覧になって、ご注文をどうぞ」
俺がメニューを二人に勧めると、クーランディアはそれを手で制し、こう言った。
「シュン、君が僕たちにお薦めの料理を選んでもらえないかな?
その方が楽しみも増えるってものだろう」
「承知しました。
それでは、二種類のパスタをお出ししますので、お二人でシェアしてお召し上がり下さい」
そう言うと、俺とカティは厨房に戻って行く。
そして、出す料理についてカティと相談することにした。
「この間はボロネーゼを食べてもらったから、それとは違ったものが良いと思うんだ」
カティは俺の考えに賛同し、出す料理は『海老のトマトクリームソース』と『ほうれん草のクリームソース』に決まった。
そして、調理が終わると、クララがその皿を取りに来る。
クーランディア達のテーブルの中央にパスタの皿を置き、取り皿を二人の前に二枚ずつ並べた。
クララがスプーンとフォークで二人に取り分ける。
この店では、このように複数の人でシェアする食べ方もお薦めしている。
一人で一つの皿を食べる客もいるが、こちらの方がいろんな味を楽しめて良いだろうと考えたからだ。
クーランディアとリングウェウはその味に満足したのか、笑顔で食事を楽しんでいるように見えた。
モンテーラ一家と二人のエルフが帰った後、夕方から夜にかけての時間帯は、またしても満席の忙しさが続いた。
あらかじめ食材は多目に準備していたし、途中で足りなくなった食材を追加で買いに行ったりしたのだが、最後には食材が底をついた。
かなり早めの店じまいとなってしまった。
せっかく来ていただいたお客さんには丁寧にお詫びを言い、またのご来店をお願いしておいた。
そして、お客さんが全て帰った後、後片付けを済ませ、やっと落ち着くことができた。
一つのテーブルにクララとカティが座っており、テーブルに突っ伏している。
俺もそのテーブルについた。
「二人とも、今日はお疲れさまでした」
「シュンもお疲れさま~
本当に疲れたわよ。
もう、歩きたくないよ、私」
クララがテーブルに顔をつけたまま言う。
「ほんと、もうクタクタですわ。
このまま朝まで眠れる自信がありますの」
カティもクララと同じ姿勢で続いた。
二人とも疲労困憊の様子だ。
普段体を鍛えている俺も、今日はかなり疲れていた。
明日は筋肉痛になるかもな、とか考えつつ、二人にねぎらいの言葉をかけていると、店のドアをノックする音が聞こえてきた。
ドアの外には閉店の看板がかけてあるので、お客さんが来ることはないはずだ。
二人はそのノックが聞こえたはずだが、全く動こうとしないので、仕方なく俺がドアの方に歩いて行く。
そして、俺はドアを開けた。
そこに立っていたのは、一人のエルフの女性。
エレナリエルであった。
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