第五十二話 「魔法ギルド訪問」

 俺の住む街、グルックスタット。

 広大な市街の周囲は壁で囲まれており、その壁に隣接するような場所に、エルフの魔法ギルドの支部はあった。

 街門からは離れた場所であり、繁華街や官庁地区からも遠いその場所は、ラーション公国の二番目に栄えている都市の中で最も閑散とした場所と言えた。

 さらに、ギルドの敷地の周囲は木々で囲われている。

 小さな森の中にギルドがある、と言い換えても良いだろう。

 

 ギルドの建物は石造りの二階建てで、その石の色のあせ方が長い歴史を感じさせる。

 最も大きな建物の他に木造の建物も隣接して建っている。

 木造の方は居住用だろうか。

 建物のすぐ近くに洗濯物が干されており、屋根の煙突からは煙が立ち上っていた。

 生活感を感じるのはその建物だけで、それ以外の風景は、周囲を木で囲まれているため、街から隔離された特別な空間のように感じる。

 

 石造りの方の建物の中の一室に、俺とエレナはいた。

 ソファの隣り合った席に座っている。

 向かいには白髪交じりの長髪で、長い髭をたくわえた男が座っていた。

 年齢は四十から五十に見えるが、特徴のある耳を持つエルフ族なので、実際はそれ以上なのは間違いないだろう。

 エルフ魔法ギルドのグルックスタット分所の所長、ファラサールである。

 その男が、俺たちに話しかけてきた。

 

「それで、エレナリエルよ。

 わしに紹介したいというのは、その者のことか?」

 

 

 

 ◇ ◇

 

 

 

 パスタ屋のオープン初日、その閉店後に店のドアをノックしたのはエレナリエルであった。

 

「おや、エレナじゃないか。

 こんばんは。

 でも、今日はもう店を閉めちゃったんだよ」

 

「ううん、いいの。

 閉店後を狙ってきたんだもの」

 

「え?

 パスタを食べに来てくれたんじゃないの?」

 

「だってさ、ものすごい行列なんだもの。

 何時間も待たされるのはごめんだわ」

 

 エレナの性格の一面が見えた気がした。

 

「まあ、そうだよね……

 さ、中に入ってくれよ」

 

 そう言って、エレナを店内に招き入れることにした。

 俺の後を追うように、エレナはカティ達の座っているテーブルに近づいた。

 

 カティとクララは『誰よ?、こいつ』といった、いぶかしむような視線をエレナに注いでいる。

 慌てて俺はエレナを紹介する。

 

「こちらはエレナリエルさんだ。

 先日、クーランディア様との狩りで、一緒になって知り合ったんだよ」

 

 途端にカティとクララの表情が変わった。

 瞳がギラリとし光った気がした。

 クララが口を開く。

 

「え?

 女性が一緒だったの?

 しかも、こんな綺麗な女性が一緒だったなんて、聞いてないわよ?」

 

「ふうん……

 二晩を共に過ごしたってことですわね?」

 

「いやいやいやいや!

 クーランディアさんとリングウェウさんも一緒だったからね?

 変な誤解しないでよね?」

 

 何故か俺が責められているのだが、悪いことをしたわけではないはず。

 おかしいな。

 

 気を取り直して、エレナに向き直る。

 

「エレナ、こちらがカトリーヌ。

 このパスタ屋の店主だよ。

 そしてこちらがクララ。

 俺の働いている弓工房のお嬢さんで、この店の共同経営者でもある」

 

 カティとクララの射るような視線にさらされながら、エレナは平然とした表情で対応する。

 

「開店、おめでとうございます。

 とっても繁盛なさってるご様子ですね。

 今度は開いている時間に来て、食べさせていただきますわ」

 

「ええ、ぜひぜひ。

 お口に合うかどうかわかりませんが、召し上がっていただきたいですわ」

 

 そんな社交辞令の応酬が一通り終わると、エレナは俺に向き直る。

 そして、懐から一通の手紙を取り出した。

 

「シュン。

 約束していた、例の件。

 許可がおりたわ」

 

 俺は手紙を受け取ると、その場で封を開け、その中身を取り出した。

 差出人は、エルフ魔法研究院のグルックスタット分所長、ファラサールと書かれている。

 内容を要約すると、俺と会ってみたいので、ギルドに来て欲しい、と。

 そして俺の都合の良い日時を連絡してくれ、ということだった。

 

 俺は喜んでギルドを訪問すると伝えた。

 日時は、パスタ屋の次の定休日にすることにした。


「わかった。

 じゃあ、その日の朝に迎えに来るわね」

 

「ああ、ありがとう、エレナ」


 そう言って店を出ていくエレナ。

 カティとクララにも別れの挨拶を残したのだが、何故か剣呑な空気が漂っていた。

 

 

 

 ◇ ◇

 

 

 

 しかして、俺は魔法ギルドの建物の中で、ファラサールを前にしていた。

 隣に座るエレナが、俺に目配せをしてくる。

 俺は、ドキドキしながら、口を開いた。

 

「私は、シュンスケと申します。

 こちらのエレナリエルさんから魔法の手ほどきを受けた際、魔法ギルドのことをお聞きしまして、とても興味を持ちました。

 もし私などで務まるのでしたら、魔法に携わる仕事がしたいと思った次第です」

 

「ふむ……

 シュンスケとやら。

 魔法ギルドについては、どこまで分かっておるんかの?」

 

「ギルドについては、エレナリエルさんに伺ったのですが……

 魔法を研究する機関であること。

 その研究成果は国家機密に類するものであること。

 魔法使いの養成も行っていること。

 そんなところでしょうか」

 

「まあ、間違ってはおらんのお。

 このギルドには二つの部署があっての、一つは研究科じゃ。

 ここは、新たな魔法の開発、既存の魔法の強化や効率化を研究しとる。

 もう一つは研修科といって、魔法使いを目指す研修生を育成する部署じゃ」

 

 研修生は、その魔法の素質を見いだされた者のみが入門を許され、数年をかけて魔法使いへと育成される。

 研修が終わった後は、ギルドの研究科に配属されて研究を行う者もいれば、外部の組織に魔法使いとして派遣される者もいる。

 原則として、卒業後もこのギルドに所属することが前提となる。

 

「なるほど。

 ご説明ありがとうございます。

 よく理解いたしました」

 

 俺が礼を述べると、ファラ・サールは一呼吸をおいて、俺に問いかけた。


「エレナリエルによれば、そなたは魔法を習得する能力に長けているとのこと。

 試させてもらってもよいか?」

 

 キターー!

 入門試験だ。

 どんな方法で能力を試されるのだろうか。

 

「聞けば、水の魔法を一日で体得したと聞いたが、それはまことか?」


「え?

 一日で、って……

 まあ、本当です……」

 

 実際は数分で覚えたのだが、まあ、一日で覚えたと言っても嘘ではない。

 俺は横目でエレナを見る。

 エレナはそ知らぬ顔で、舌をペロリと出していた。

 

「そなたは、風の魔法は使えるかの?」


「いいえ、私が使えるのは、火と水の魔法、二つのみです」


「そうか。

 ならばこれから風の魔法をそなたに教えよう。

 水の魔法よりも難しい部類に入る魔法じゃ。

 水の魔法よりも、習得するには時間がかかることじゃろう」

 

 『難しい』ということは、魔力の波がより複雑になるということだろうか。

 だとすると、暗記して体が憶えるようになるまでは、時間がかかるだろう。

 

「ひと月、じゃ。

 ひと月の間、ギルドへの出入りを許可する。

 その間に風の魔法を習得できれば、入門を許可する。

 もしできなんだら、諦めるがよい」

 

 水魔法を一日で覚えたってのに、一ヶ月も猶予をもらえるということは、三十倍も難しいということだろうか。

 まあ、そんな単純計算ではないのだろうが。

 これは、心しておかないといけないな。

 

「承知しました。

 風の魔法を習得できるよう、全力で励みます!」

 

 俺は心を決めて答えた。

 

「では、そなたを担当する教官を紹介しよう。

 少し待っておれ」

 

 そう言うと、ファラサールは立ち上がり、部屋を出ていった。

 てっきり俺は、あの爺さんから教わるのだとばかり思っていた。

 しかし、ギルドの所長から直々に魔法を教わるというのも、確かに畏れ多いことだ。

 

 ほどなくして、ファラサールが部屋に戻ってくる。

 そして、その背後には俺の担当教官を従えていたのだった。

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