第五十三話 「入門試験」
「はじめまして、私はこのギルドの研修科で主任を務めております、ガラドミアと申します」
ガラドミアと名乗ったのはエルフの女性であった。
見た目の年齢は、エレナよりもやや年上のようだ。
整いすぎている端正な顔立ちと、透けるような白い肌を見れば、髪で隠れている耳を見なくてもエルフだとわかる。
彼女は、その切れ長の瞳で俺に視線を向けながら、無感情な声で俺に問いかける。
「そなたがこのギルドへの入門を願い出ている者か?」
「はい、シュンスケと申します」
「ふむ。
ここに入門する者には、魔法に対する高い適正能力が必要だ。
しかし、そなたにその適性があるかどうか、我々には分かっておらぬ。
故に、適性試験を行い、それに合格すれば入門を認めることとする。
よろしいか?」
ガラドミアの高圧的なしゃべり方に、俺は少々気圧されるが、魔法を学びたいという熱意を表すため、強い口調で答える。
「それで結構です。
その試験とやら、受けさせて下さい」
「よし、わかった。
ついて参れ」
ガラドミアはくるりと踵を返すと、ドアの外に歩いて行く。
俺はエレナをチラリと見ると、彼女はコクリと黙ってうなずいた。
そして俺がガラドミアの後に続いて部屋を出ると、エレナとファラサールも俺に続いた。
ガラドミアは長い廊下を歩き続ける。
廊下の左右にはいくつもの部屋があるのだろう。
だが、どの部屋にも入ること無くあるき続けると、突き当りの大きめのドアを開けた。
そのドアの外は屋外であり、裏庭とでも呼ぶべきか、ベンチやテーブルが置かれていた。
短い下草で覆われた空き地があり、その向こうには林がある。
ガラドミアは、小さな丸いテーブルに近づくと、椅子を俺に勧め、彼女も椅子に座った。
続いて俺も椅子に座る。
エレナとファラサールは少し離れた場所にあるベンチに並んで座っていた。
「さて、そなたが今使える魔法は、どのようなものか?」
「私が使えるのは、火の魔法と水の魔法にございます」
「では、まずはそれを見せてみよ」
俺は『はい』と応え、両手の人差し指を延ばす。
左手の指先に炎をともし、右の指先から水をぴゅっと出してその炎を消す。
次に右手の指先に炎をともし、右の指先から水を出して消した。
俺がいつもやっている魔法の練習の通りだ。
俺は集中のために指先を凝視していたが、チラリとガラドミアに視線を向ける。
意外なことに、彼女は眼を大きく見開いて俺を凝視していた。
口元から小さく言葉が漏れる。
「な……、
無詠唱だと……」
そういえば、カティは魔法で火を出す時、ゴニョゴニョ言っていた気がする。
俺を熊から助けてくれたエルフも、何かつぶやいていた。
一般的には魔法を出す時は詠唱をするのだろうか。
そして、少し慌てたようにガラドミアは俺に訪ねてくる。
「そなた、その魔法を覚えたのはつい最近と、ファラサール殿からお聞きしたが、それはまことか?」
「はい。
どちらも一ヶ月ほど前に教わり、出来るようになりました」
「そ、そうか……」
彼女は何かを考え込むような仕草を見せ、そして俺に向き直る。
「そなたの言うことがまことならば、確かにそなたには魔法の素養があると言えよう。
試験を受けさせても良いであろうな」
そして彼女は立ち上がると、外の林の方を向いた。
「これから、風の魔法をそなたに見せる。
それを覚えることができたら合格だ。
期限はファラサール殿が一ヶ月と決めている」
「はい、そのように伺っております」
ガラドミアはチラリとファラサールに視線を投げる。
ファラサールは微笑みながら大きくうなずいた。
「では、まず私が風の魔法を出す。
見ておれ」
そう言った直後、彼女は右の手のひらを正面に向けて腕をのばす。
唇が小さく動く。
詠唱をしているのだろうか。
手のひらの周囲に彼女の魔力が流れ出しているのが、なんとなく感じ取れた。
その魔力がどんどん大きく、濃くなっていくのがわかる。
そして、彼女の眼に力をこめるような表情をした直後、彼女からその前方へ、林の方に向けて突風が吹いた。
下草が強くなびく。
木々の枝が揺れ、ざわめく。
落ち葉が一斉に吹き飛び、土煙が舞い上がる。
風の強さは台風のように思えた。
そして、すぐに周囲は平静を取り戻した。
俺は、初めて見る風の魔法に度肝を抜かれていた。
驚いた表情のままガラドミアを見る。
彼女は、両膝に手を付き、ゼイゼイと肩で息をしていた。
よほど集中していたのだろうか。
魔法を使うのも大変なんだな。
そして、息を整えながら、俺の方を向いた。
「見たであろう。
これが風の魔法だ。
これから、これをそなたに教える。
しかと覚えるのだぞ」
「はい。
よろしくお願いします」
彼女に指示されるまま、俺は林の方を向いて立つ。
右の手のひらを林に向けて、腕をのばす。
ガラドミアは俺の背後に立と、その右手を俺の肩に置いた。
「さあ、いくぞ」
「はい」
ガラドミアは詠唱を開始する。
先程よりも大きな声で詠唱している。
きっと俺に聞かせるためなのだろう。
そして次の瞬間、ガラドミアの魔力が俺の体内を通って、俺の手のひらから流れ出す。
俺はその魔力の波動を感じた。
火の魔法とも水の魔法とも違う、全く別物だ。
意外とシンプルな波動だと感じたが、驚いたのはその魔力の量だった。
突き出した手のひらを中心に、俺の前に壁を作るようなイメージで魔力を展開する。
その面積の分だけ魔力を放出するようだ。
そして、俺の方においたガラドミアの手に力が入ると、先程と同じように、突風が吹いた。
風に影響されたのは、俺の前方のみで、俺の背後には全く影響がなかった。
俺の背後の、ちょっと離れた場所に座っているエレナの髪は、そよ風にふかれてゆらゆらと揺れている。
俺の前方にある林では、突風の影響で木の葉がいくつかヒラヒラと舞い落ちていた。
ガラドミアは肩で息をしながら、俺に視線を向ける。
「どうだ?
できそうか?」
そう問いかけながら、大きく息を吐き、息を整えるガラドミア。
ふと、急に、顔を俺に近づけてきた。
俺の耳元で小さな声で話しかけてくる。
少し離れた場所のファラサール達には聞こえないぐらいの小声で。
「ねえ、本当にこれを一ヶ月で覚えられるの?
私には無理だと思うんだけど?」
口調がガラリと変わったので、俺は驚いて彼女の顔を見る。
「あ、驚かせてごめんね。
所長の前では毅然としていないといけないから、ね。
ああいう話し方をしてるのよ」
「そ、そうなんですか」
気のせいか、彼女の表情もやわらかくなっている気がした。
高圧的な姿勢の彼女は冷たい印象を受けたが、今は彼女から温かみを感じる。
そして、彼女は俺の瞳を覗き込むように見つめた。
「ねえ、だいじょうぶ?」
俺は少し考え込むようなふりをした。
今しがた体験した魔力の波動は、だいたい覚えた。
再現することは難しくないだろう。
ただ、決定的な問題が、そこにはあった。
なので、俺は首を横に振って、彼女に答える。
「今の私には、この魔法は使えません。
なぜなら、私の今の魔力量では、確実に魔力切れになってしまうからです」
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