第五十四話 「魔力の鍛錬」

 ガラドミアの放った魔法が俺の体内を通り過ぎる時に感じた魔力の量は、俺の持つ魔力の貯蔵量を超えたものだった。


 火と水の魔法で何度も練習を繰り返して、俺は自分の魔力量を感覚的に把握できていた。

 また、一度の魔法の行使で消費される魔力量も感じ取ることができた。

 いずれも感覚に頼るしか無いので正確には測れないが、おおむね間違いはない。

 

 俺は魔力量の向上のため、毎日の魔法の練習を欠かしていない。

 魔力が枯渇する直前まで魔力を使うハードな練習、翌日は魔力回復のため軽めの練習、これの繰り返しだ。

 筋トレをイメージした、超回復を期待したトレーニングだ。

 このトレーニングは、一応の効果があった。

 俺の魔力量は日々上昇してきている。

 それは練習で行使できる魔法の回数で測ることができた。

 

 しかし、それでも、たった今体験したガラドミアの魔法、その行使に必要な魔力量にはまだ達していなかったのだ。

 これまでのトレーニングで向上した魔力量から逆算しても、あと一ヶ月でそこまで魔力量が増えるとは考えにくいのである。

 

「魔力量を増やすように修練を続けてはいるのですが、まだまだ未熟なのだと実感しました。

 大変恐縮なのですが、もし可能でしたら、もう少し規模を抑えた魔法にしてもらえませんか?

 例えば、風速を穏やかにしてもらうとか、影響範囲を小さくしてもらうとか……」

 

 これを聞いてガラドミアは困惑の表情をしていた。

 

「ううむ。

 そうであったか。

 確かに、魔法を覚え始めて一ヶ月では、さもあろうな」

 

 ガラドミアはファラサールの方を気にしながら、堅い口調で語った。

 

「しかし、これも試練のうちと考えるがよかろう。

 魔力量の増加にも並行して取り組みつつ、最終的にこの風魔法を発現できるようにするのだ。

 それでいかがか?」

 

 俺の要望はあっさりと跳ね除けられた。

 そして魔力量不足の難題が重くのしかかってくる。

 このままでは希望が断ち切られてしまう。

 俺はくもの糸にでもすがる気持ちで、粘り強く食い下がる。

 

「魔力量の増加にはこれまでも取り組んでいるのですが、なかなか増えませんで……

 よろしければ、よい鍛錬方法をご教授願えませんでしょうか?」

 

「そなたはどのような方法で鍛錬をしておるのか?」


 俺は日頃のトレーニングについて彼女に説明をした。

 これまでの魔力量の増加と、今後の予測量、そして風の魔法に必要な魔力量との関係を話した。

 

「なるほどな。

 その方法では、やや効率に欠けるであろう。

 そなたにはより効率的な鍛錬法を授けるとしよう。

 これも試験のうちであるからの」

 

 ガラドミアは小さく微笑むと、言葉を続けた。

 

「そなたは、体内で魔力を巡らせることはできるか?」

 

「巡らせる、ですか?」


「そうだ。

 例えば、胸から脇腹、下腹、そして逆の脇腹を通って胸に戻る。

 体の中で魔力を動かすのだ。

 『魔力をこねる』と表現する者もおるのだが、感覚的には納得できよう」

 

 俺は、言われたとおりに、胸の奥に魔力を集め、それを時計回りに体内で動かすようにイメージした。

 けっこう集中力が必要だ。

 気を緩めると魔力が分散してしまう。

 分散しても、その魔力は体の中に留まるので、魔力が消費されることはない。

 また、魔力を動かすときには負荷というか抵抗があるように感じる。

 この負荷に抗って魔力を動かすわけだが、これが魔力における筋トレのようなものだろうか。

 より細やかな魔力のコントロールの訓練にもなりそうだ。

 

「なるほど、まだ私には難しいですが、イメージはつかめました。

 これを繰り返せば、魔力量を増やすことができますか?」

 

「うむ。

 慣れてきたら、胴体だけでなく腕や脚にも巡らせてみるとよいだろう。

 これまでの鍛錬法よりも格段に魔力量が伸びるはずだ。

 なんせ、魔力を放出せずにできるし、いつどこででもできるのだからな」

 

「ありがとうございます。

 とても貴重なことを教わりました。

 日々、鍛錬に努めたいと思います」

 

 するとガラドミアは俺の耳に口を近づけてこう言った。

 

「無理しないでね。

 これもけっこう疲れるから。

 無茶しすぎると、ぶっ倒れるわよ」

 

 その優しい口調に、俺はもういちど『ありがとうございます』と答えると、ガラドミアはファラサールに見えないように、微笑を浮かべた。

 

 

 

 

 そして、新しく教わった鍛錬法のコツなどを教わった後、俺とエレナはギルドを後にした。

 帰り道、エレナと並んで歩く。

 魔法がより深く関われるかもしれない、そんな思いに俺の足どりはとても軽やかになっている気がする。

 これから魔法を極めていき、転移魔法や召喚魔法にたどり着くことができれば、俺が元の世界に帰ることも可能かもしれない。

 果てしなく遠い道のりかもしれないが、一歩ずつ進んで行くしか無いのだ。

 そんなことを考えていた時、ふとエレナが声をかけてきた。

 

「ねえ、シュン。

 入門試験の風魔法、どうだったの?

 習得できそう?」

 

「ああ、風の魔法については問題ないと思うよ。

 そんなに難しい波動じゃなかったしね」

 

 エレナが隣で目を丸くしている。

 俺は構わずに後を続けた。

 

「問題は俺の魔力量なんだよね。

 あの風魔法は魔力が多量に必要なんだ。

 今の俺には魔力が足りない」

 

 少し間をおいてさらに続ける。

 

「でも、魔力量アップの鍛錬の仕方を教わったから、なんとか克服してみせるよ」


 俺は明るく言い切った。

 実はさっきから、俺は歩きながらその鍛錬法を続けている。

 集中を途切れさせないように歩いたり会話をしたりするのは、なかなか難しいものだ。

 無意識に魔力をこねられるようにならないと、いけないな。

 

 エレナはその端正な顔に明るい笑みを浮かべると、こう言った。

 

「そっか。

 きっとシュンならできるよ。

 がんばってね」

 

「ありがとう。

 俺、がんばるよ」

 

「あ、その鍛錬法ってやつ、私にも教えてよ?」


「ええ~~、エレナは鍛錬しなくても大丈夫じゃない?」


「いいじゃない。

 私も魔法の鍛錬はしておきたいのよ」

 

「じゃあ、俺が試験に受かったら、教えてあげるから」


「それ、もし試験に落ちたら教われないってことだよね。

 だめよ、今教えなさいよ」

 

「それって、俺が落ちるかもって思ってるよね?

 ひどいなあ」

 

「ううん。

 そんなこと、ぜーんぜん思ってないよ。

 だから、今教えて……」

 

 そんな会話を楽しみがら、昼食は何にしようかと考えつつ、二人は歩き続けた。

 

 

 

 

 次の朝、いつもどおりにパスタ屋の開店準備を整えていた。

 先週の来客状況を踏まえて、バルデッリ商店には仕入れを増やしてもらうように依頼しておいた。

 開店前の仕込みも、早めに来てやっておいたので余裕はたっぷりある。

 

「さあ、今日も気合い入れて、がんばりましょう!」


 俺は二人に声をかけた。


「はい!」


 二人も元気に答える。

 

 そして、開店時間となり……

 

 お昼の繁忙時間が過ぎ……

 

 夕方にさしかかっても、その日は客が全く来なかったのだった。

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