第四十九話 「お披露目」

 雲ひとつ無い快晴に恵まれた初夏のある日、とうとうその日はやってきた。

 モンテーラ弓工房が満を持して送り出す新作弓の発表イベントの日だ。

 

 この街の繁華街の近くにある広場は、週末となれば家族連れが集い、子どもたちが駆け回り賑わいを見せる場所だ。

 所々に出店があり、パンや肉を調理したものを販売している。

 今日は天気もよく、人通りも多いせいか、出店の数も普段より多く出ていた。

 

 その広場の中央付近にある屋外ステージ周辺には、屈強な体躯のハンター達が大勢集まっていた。

 よく目を凝らすと、プロのハンターに混じって、身なりのよい上流階級の人もちらほらと見受けられた。

 趣味でハンティングをたしなむアマチュアのハンター達だろう。

 

 ステージ上には親方と若旦那、そして工房の営業担当であるジュリアーノが立っている。

 中央に置かれたテーブルには、ベールがかかっており、その下に隠されている新製品はまだ人の目に触れてはいない。

 そして、ジュリアーノが一歩前に歩み出て、観客に向かって話しだした。


「それでは、これより、我がモンテーラ弓工房の新作発表を行います」


 開会宣言だ。

 

 まだ少年っぽさが残るその声は、ガヤガヤとざわめくハンターたちの声に負けず、よく通った。

 

「まずは、工房を代表して、親方のアーノルドから一言いただきたいと思います」

 

 その声に反応して、親方が一歩前に進み、代わりにジュリアーノが一歩下がる。

 そして、親方があいさつを始めた。

 

「えー、この度は、このように大勢の方々にお集まりいただきまして、ありがとうございます。

 今回私達が世に送り出そうとしている弓に、どれほど大きな期待がかかっているのかを知り、今とっても興奮しているところですじゃ。

 その新製品についてじゃが……」

 

 親方がよそ行きの声で話をしているステージの裏手には仮設の天幕が設置されており、俺はその天幕の中にいた。

 そして、ジュノが開会を知らせたタイミングで、二人の男が天幕に入ってきた。

 整いすぎる程に整った容姿の男で、特徴的な耳の形状をした種族、エルフだ。

 今日のスペシャルゲスト、クーランディアである。

 そして、リングウェウもその後に続いて入ってくる。

 二人の服装は、白いシャツに少し長めの上着を羽織っており、銀色の精緻な刺繍がとても高級感を醸し出している。

 以前街で見かけた貴族ほどではないが、上流階級に暮らす者だということがひと目でわかった。

 

 俺は彼らを迎えるように近寄り、言葉をかけた。

 

「クーランディア様、リングウェウ様、お待ちしておりました。

 本日は、どうぞよろしくお願いします」

 

 そう言って手を出すと、二人は俺の手を取り、握手を交わした。

 

「いやあ、シュン、久しぶりだねえ。

 先日の狩りでは、楽しませてもらったよ、ルーキー君」

 

 クーランディアの端正な顔が微笑を形づくり、そう言葉を漏らした。

 

「こんど、ぜひリベンジマッチの機会を設けたいと考えているよ、シュン」


 リングウェウも俺に言葉をかけてくれる。

 

 そうして、短い間ではあったが寝食を共にした仲間同士の雰囲気で、出番を待つ間の時間を過ごした。

 

 親方が、いかにこの弓が素晴らしいか、を長々と語っていたのだが、そろそろ客も飽きてきた頃だと判断したのか、ジュノがタイミングよく割り込んだ。

 

「さて、その素晴らしい弓の開発に全面的に携わっていただいた方を、本日はスペシャルゲストとしてお招きしております」


 話を途中で遮られた親方は、少しむくれたような表情をしていたが、すぐに気持ちを入れ替えたようだ。


「ここでご紹介をさせて下さい。

 この街で最高の弓使い、キング・オブ・アーチャー、クーランディア様です!」

 

 その声に合わせて、俺はクーランディアを促してステージ上に送り出した。

 クーランディアがステージに上がると、観客からどっと歓声がわいた。

 盛大な拍手で迎えられている。

 スポットライトなど当たってもいないのに、彼の周囲だけ輝いて見えた。

 

 観客の興奮が一段落するのを待って、クーランディアが言葉を発した。

 

「えー、みなさん。

 本日は、こちらにいらっしゃるアーノルドを始め、モンテーラ弓工房の皆さんにとって特別な日となりました。

 そして、私にとっての特別な日でもあります。

 そんな特別な日を、皆さんと共に祝うことができ、本当に幸せに思っています。

 さあ、それではご覧ください。

 私の名を冠するにふさわしい、美しく強い弓を!」

 

 クーランディアがそう言うと、ジュノがテーブルのベールを取り払った。

 その下に置かれている弓、モンテーラ弓工房のフラッグシップである、クーランディアモデルがあらわになった。

 クーランディアがその弓を高々と掲げ、観客に披露する。

 観客からは大きな歓声と拍手が送られていた。

 

 実際のところ、その弓の特徴である精緻な装飾は、観客の位置からはよく見えないはずなのだが、カリスマであるクーランディアが称賛の言葉を述べただけで、観客たちはその弓が素晴らしいものだと思ってしまっているようだ。

 

 ステージ上には観客からよく見える位置に四箇所、弓が飾られる。

 銀色の装飾が日光を反射してキラキラと輝いている。

 

 そしてその後、リングウェウも登壇し、対談形式でその弓の特徴を説明した。

 ジュノが司会を引き受け、質問を投げかける。

 その質問に答える形で、クーランディアの弓に対する思いや、開発秘話などを披露していた。

 

 観客の中から希望者を募り、ステージに上ってもらい、質問をしてもらったりもする。

 新製品とは全く関係のない質問もいくつか飛び出したが、咎めることなく、楽しい雰囲気で発表会は進行していった。

 

 そろそろ話のネタも尽きてきたかな、と俺が感じ始めた頃、ステージ上のジュノもそう感じたのか、俺に目配せをしてくる。

 俺は黙ってジュノにうなずくと、俺の背後、天幕の中にいるクララに合図を送った。

 

 クララはブラウスにスカートを着ており、その上にエプロンをつけている。

 一般的な給仕の服装だ。

 左手に持つトレーには、四つの皿が置かれている。

 

 司会のジュノが、そろそろ対談も終了だということを切り出し、そしてこう続けた。

 

「さあて、ひとしきり話をされて、壇上の皆さんはお疲れのことと思います。

 ここで軽食などはいかがでしょうか?」

 

 突然の展開に、観客と壇上の四人を含めた会場の全員が、一瞬、虚を疲れたように静まり返った。

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