第十五話 「泡立て器」
昼休みと夕食後の時間を使って、俺はある道具を作っていた。
竹ひご、竹を切って細い棒状にしたもの、をロウソクの火で炙って曲げていた。
竹は熱を加えて曲げると、冷めた後は元に戻らない性質があるのだ。
時々竹ひごを水につけてから火で炙るのがコツだ。
竹ひごの中央部分を曲げ、アルファベットのUの字の形にする。
これを八本程作っておく。
次に、長さの違う木の棒、これは矢の柄の廃材を利用した。
棒の先端部分に、曲げた竹ひごを四本ずつ、それぞれが交差するように、その根本を矢柄の外周に固定する。
そして、ニカワと紐で縛って固定する。
まだ途中であるが、この段階では『泡立て器』のできあがりだ。
メレンゲをかき混ぜたり、ホイップクリームを作ったりするのに使う道具だ。
元の世界ではステンレス製が主流であったが、それを木製で作ってみたのである。
俺はこの木製泡立て器を二本作った。
次に、二つの穴の開いた木片を用意する。
その穴に泡立て器の柄を差し込む。
泡立て器がスムーズに回転できるような穴の大きさになっている。
それぞれの柄に、木片を削って作った滑車を取り付け、滑車には紐で編んだベルトを8の字に巻きつける。
これで、二本の泡立て器は同じスピードで反対方向に回るようになる。
最後に、長い方の棒に、回転させるためのハンドルを付けた。
ハンドルを回してみると、2本並んだ泡立て器がそれぞれ反対方向に回る。
手製の『回転式泡立て器』の完成だ。
アレを作るには、泡立て器が要るんだが、その作業はなかなかの重労働だ。
前腕がつりそうになるのを、俺は何度か経験したことがある。
耐えきれずに電動式の泡立て器を買ったのだが、これがとても重宝した。
その構造を思い出して再現してみたわけだが、なかなか上手くできた気がする。
やっぱり料理は楽しくないと、ね。
次の日、俺はクララに話しかけた。
「お嬢さん、この間頼まれたサラダのことなんですけど。
ほら、美味しいサラダ作りたいけど何かいいアイデアがないか、って言ってましたよね?
いいアイデアが浮かびましたよ」
クララは小走りで俺の目の前に近づいて来ると、上目遣いで俺を見上げるようにして言った。
「まあ、シュン。
考えていてくれたの?
とっても嬉しいわ」
近い、近いよ……
二人で厨房に入ると、俺は卵と酢と塩、そしてオリーブオイルを用意した。
まず、ボウルに卵黄を入れる。
卵を割った殻を器用に使って卵白を取り除き、卵黄だけを取り出すのだ。
俺は慣れた手付きでスムーズにそれを行っていると、クララはもの珍しそうにそれを眺めていた。
黄身だけを入れたボウルに塩と酢を適量加え、混ぜ合わせる。
ここで、アレの登場だ。
俺は、手動泡立て器を持ってきた。
「これを作るのに、ちょっと時間がかかってしまったんですよ。
この道具を使えば、楽に作れるようになるんですよ」
クララは初めて見るその道具に興味津々、といった風に目を輝かせている。
「お嬢さん、ボウルを手で持って支えていてもらえますか?」
クララは言われる通りにボウルを両手で押さえた。
俺はオイルを少し加えると、泡立て器を回転させてかき混ぜる。
この泡立て器は木製なので、木屑が入らないように注意した。
さらにオイルを少し加えてはかき混ぜる。
オイルは少しずつ加えていくのだ。
入れすぎてしまうと取り返しがきかないのである。
この動作を何度か繰り返していくうちに、全体が白っぽくなり、とろみがついてくる。
マヨネーズの完成だ。
泡立て器に付いたマヨネーズをボウルの中に落とし、クララに味見を勧めた。
クララは人差し指で少しすくうと、口にの中に持っていく。
その大きな瞳が、さらに大きくなったように目を丸くして驚いている。
「なにこれ!
酸味があって、でもまろやかで、コクがあって、卵の黄身の風味がふわりと香って……ああ、もう、口の中に唾液が溢れそうよ!」
「これはね、マヨネーズって言うんです。
なかなか、癖になる風味でしょう?」
俺は手近にあったキュウリを手に取り、ナイフで手早くスティック状に切ると、クララに勧めた。
「そのマヨネーズをちょっと付けて、かじってみて下さい」
クララは言われたように、マヨネーズにキュウリスティックの先端をくぐらせ、ひと口かじった。
さらに目が大きくなっている。
「いや~ん!
キュウリをこんなに美味しいと感じたの、初めてよ!
今までは青臭くって苦手だったんだけど、これなら何本でもいけちゃうわ!」
「このマヨネーズはね、野菜でも肉でも魚でも、どんな料理にもたいがい合うんですよ。
好みに応じて、レモン汁を混ぜたり、香草を混ぜたり、バリエーションは無限大なんです。
玉ねぎのみじん切りを混ぜてもいいですし、ゆで卵の白身を細かく切って入れてもいいですね。
いろいろと試してみることをお薦めしますよ」
クララは俺の話をうわの空で聞きながら、キュウリにマヨを付けて、すごい勢いで食べ続けている。
味わいを堪能するように、目を閉じて、頬に手を当てて、幸せそうな笑顔を浮かべながら食べていた。
そしてキュウリを1本完食すると、やっと俺に目を向けてくれた。
「シュン、こんなに素敵なソースを教えてくれて、本当にありがとう!
これなら、私のお友達も絶対に感動すると思うの」
そう言うと、クララは俺の頬にキスをしてくれた。
奴隷である俺なんかにキスしてくれるなんて、なんて心が広い、優しさを持った女性なんだろうと、俺は彼女に深く好感を抱いたのだった。
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