第十六話 「矢のクオリティ」
壁の正の字は27個になっていた。
季節はそろそろ冬になろうとしていた。
遠くに見える山脈はとうに雪化粧をしており、俺の住むこの街にも、チラチラと粉雪が舞うことがあった。
これから冬が深まっていくと、かなり雪が積もることもあるらしい。
屋外は吐いた息が白くなるほど寒かったが、工房の中は窯を焚いているせいで常に暖かかった。
寒がりの俺にはとってもありがたい労働環境であった。
俺が以前サミーに言ったとおり、生産能力に見合うように、最近は矢の受注の量も増えてきていた。
コストを下げることができたため、より低価格で卸すことができるので、受注を取りやすくなった、とジュノが言っていた。
実際に利益も増えてきているらしく、奴隷たちの食事が以前より少し豪華になってきたことからもそれが分かった。
営業成績として結果が出ているからジュノは親方から褒めてもらえているし、奴隷たちも労いの言葉をかけてもらっていた。
しかし、このままでいいのだろうか?
俺は疑問に感じていた。
低価格による競争力は、絶対とは言えないのではないだろうか。
特にこの世界では、コネや賄賂といった手段で商機を得るとうことがまかり通ることだろう。
この商売で生き残り、ずっと勝ち組で居続けるためには、価格ではない、他の何かによるアドバンテージを得なければ。
俺はそんなことを近頃考えていた。
価格ではないファクター、となると、クオリティーということになる。
では、矢にとってクオリティーとは、どんな要素なのだろうか。
矢の役割とは、弓によって射られ、目標に命中し、刺さることだ。
その命中率は、弓や射手のパフォーマンスにって左右されるのだろうと、容易に考えつく。
そこに矢そのものが影響を与えるファクターはあるのだろうか。
矢のクオリティーや出来栄えと、命中率の関係。
実に興味深い命題である。
俺は完成品の矢を何本か手に取り、じっくり観察してみることにした。
矢は重しで押さえて窯に入れることで、曲がりを除去してある。
しかし、ようく見てみると、僅かに曲がっている矢もあった。
もしかすると、大きく曲がっている矢は命中率を下げる影響があるのではないか、という予想を立てた。
最近は、矢の生産にも余裕ができたので、定期的に休みがもらえるようになっていた。
6日働いて1日の休日がある。
その休日を利用して、俺は実験をしてみることにした。
まずは矢の曲がりを調査してみる。
矢じりのすぐ近くを、水平になるように溝を掘った木の板に置き、固定する。
その溝に置いた矢の中心を通るように、裏に固定した板に、水平にな線を描くように溝を入れておく。
矢じりと反対側の端が、その水平な線とどれだけ離れているかを測ることで、曲がりの量を測ることができる。
俺は無作為に100本選んで、1本ずつ曲がりを測定し記録していった。
ちなみに測定した矢は全て番号を書き入れておき、記録したデータと紐付けしておく。
もちろん、目立たない部分に小さく書くから、と親方の許可も取ってある。
そんなわけで、俺の実験は親方と若旦那の見守る中行われていた。
測定に用いる器具として、手製の定規を作った。
平たい竹の棒に小刀で溝を掘って目盛線を引いていく。
目見当だが1目盛りが1ミリだ。
測定結果を集計し、グラフを描いてみた。
横軸に曲がりの量を1ミリ単位で、縦軸に本数をとる。
曲がりが0~1ミリのものが何本、1~2ミリのものが何本、というように縦棒グラフを描いていく。
ヒストグラム、というやつだ。
グラフは2~3ミリのところが山の一番高い頂点となり、曲がりが増えるに従って本数も少なくなり、山の裾はなだらかになっていくが、10ミリのところでストンと途切れていた。
矢の製作工程の最後に曲がりのチェックが有り、10ミリ以上のものははじかれるからだ。
俺は、親方と若旦那にそのグラフを見せ、説明をした。
「この山が、この工房で作っている矢の曲がりのばらつきを表しているんです」
ばらつき、という言葉の説明が難しかったが、言葉を尽くして説明し、ようやく理解してもらえた。
「山が高く、山頂が0に近くなっているほど、曲がりの少ない矢を作れている、ということになります。
逆に、山が低くて曲がりが大きい方に寄っていれば、曲がりが多くばらついているということになります」
「うーむ、ひすとぐらむ、ねぇ。
不思議な絵じゃのお」
親方は顎髭を手でなでつけながらグラフを眺めている。
本当に理解してくれているのだろうか。
さあて、次は命中率の実験だ。
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