第十七話 「命中精度の計測」

 さあて、次は命中率の実験だ。


 実験データを取るためには、常に一定の角度、力で矢を射ることが必要だ。

 そんなことは人間には絶対無理なので、実験装置を作る必要があった。

 

 俺は、親方に手頃な弓を貸してもらい、弓を横に置いて固定する器具を作った。

 なるべく硬い材料を廃材置き場から探してきて組み立てる。

 弓を引き絞る強い力に負けないように、高い剛性を持つように工夫した。

 装置は位置がずれないように地面に杭を打ち、固定した。

 上下方向、左右方向に角度を微調整できるように、薄い板を入れたり抜いたりして調整する機構を設けた。

 そして、弓の手で握る部分を装置に固定する。

 矢をつがえる部分に細いレール上の板を置き、固定する。

 弦を引き絞るのは重労働なので、鉄の棒をテコのように使って弱い力でも弦が引けるように工夫する。

 弦が引かれたところに可動式の引っ掛かりを設け、弦をかける。

 トリガーを引くことによって引っ掛かりが下がり、矢を放つようにした。

 

 即席の固定式『弩』の完成だ。

 

 これには親方も目を丸くして驚いていた。

 この世界にはまだ、ボウガン、クロスボウといった武器が無かったのかもしれない。

 

 やべえ、これは、もしかして、派手なことやっちまったか?

 

 案の定、若旦那は目を輝かせて、この『弩』を凝視していた。

 

 気を取り直して、俺は的を用意した。

 的は、円形の標的ではなく、縦横1メートルの四角い板に等間隔の格子状に線を引いたものを複数用意した。

 それを的場の壁に固定する。

 

 さあ、準備は整った。

 

 風は微風だ、結果には大きく影響しないだろう。

 

 数回試射し、おおよそ的に当たるように上下角、左右角の調整をした後、曲がりの少ない矢を10本、的を変えて、曲がりの多い矢を10本、それぞれ同じ条件で射る。

 矢が的に突き刺さるごとに、命中した位置を記録し、その矢を取り除いた後次の矢を射るようにする。

 そうやって、実験のデータ取りは終わった。

 

 真っ直ぐな矢と曲がった矢、それぞれの的の板を並べて比べて見る。

 矢の刺さった跡が板に残っている。

 そうすると、明らかに傾向が違っているのが判った。

 

 真っ直ぐな矢は、ほぼ全ての矢跡が約10センチの範囲に集中している。

 逆に曲がった矢は、約50センチの範囲に分布していた。

 

 曲がった矢は命中率を悪化させる、俺の予想が正しかったことを、データが物語っていた。

 

 俺は、親方たちに実験の結果を報告しようと、二人のいる射場に板を持って行った。

 

「親方、実験の結果が出ました。

 このように、矢の曲がりによって命中率が……」

 

 ってあれ、聞いてない?

 なんか、俺の作った実験装置、『弩』を眺めながら、所々指さしながら、二人で話し込んでいる。

 

 あちゃー、そっちに興味が行っちゃったかー。

 そっちかー。

 

 若旦那が俺に向き合って、問いかけてきた。

 

「なあ、シュンよ。

 この、矢を射ち出すからくりなんだけどよ、持ち運べるようにして、手に持って射てるようにして作ったら、けっこう便利じゃねえか?」

 

 そうなんですよ、若旦那。

 俺の元の世界じゃ、現代でも使われているほどメジャーな武器なんですよ。

 

「若旦那、おっしゃることは全くその通りだと思います。

 こいつの特徴的な部分は、主に二つの点です」

 

 俺は、弦を引っ掛ける部分を指差して、言を継いだ。

 

「一つは、弓を引き絞った状態で弦を保持しておけることです。

 これは、目標を狙い放つまでの間、弓を引き絞るための力が要らないことを意味します。

 これによって、命中率が向上したり、使う人の練度が低くても高い効果が望めるようになるでしょう」

 

 次に俺は、弦を引き絞るための、テコの原理を利用したレバーを指さした。

 

「もう一つは、弦を引くための力が軽減できることです。

 これによって、より強い弓を使うことができ、矢の初速をより速くできるでしょう。

 また、筋力の劣る人でも、より強い弓を使うことができる、という面もあります」

 

 親方たちは、ふむふむと、感心したように俺の説明を聞き入っている。

 

「以上のような利点がある反面、不利な点もあるんです。

 弓に比べて構造が増えているため、大きさ、重さが増えています。

 これによって、持ち運ぶ際の行動に制限を与えるのではないでしょうか。

 また、通常の弓が、矢をつがえるのと弓を引き絞るのが一連の動作で行われるのに対し、こちらは、弦を引いて、矢をつがえて、というふうに、動作が増えています。

 これは、早撃ちをする場面では大きなネックになるでしょう」

 

 俺は一気に説明したが、親方達はなるほど、と頷いていた。

 

 そして親方が俺に問いかけてくる。

 

「ところで、シュンよ。

 なんでお前は、こんなものを、そんなことを知っているんだ?」

 

 俺はドキッとして、一瞬固まってしまった。

 さあ、なんて答えるべきか。

 別の世界からやってきました、なんて言えるわけもない。

 大騒動になること請け合いだ。

 ここは、なんとか無難にやり過ごしたい。

 

「いや、ほら俺って、胸とか腕の筋力が弱いじゃないですか。

 これまで、弓なんて射ったこともありませんし。

 そんな俺でも、正確に矢を射るためにはどうするかって、しばらく前からずーっと考えていたんですよ

 そしたら、このアイデアがひらめいた、っていう次第なんです」

 

 どうだろう、大丈夫か?

 信じてもらえただろうか?

 

 親方がさらに問いを口にしようとした、その時。

 

「親方! 大変です!」


 ジュノがその場に駆け込んできた。

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