第十八話 「謀略」
「親方! 大変です!」
ジュノがその場に駆け込んできた。
冬だと言うのに汗だくになっていて、その体からは湯気が立っている。
よほど急いで走ってきたのだろう。
ジュノは俺達の前で息を切らせて咳き込んでいた。
「そんなに慌てて、どうしたんだ? ジュノ」
若旦那が問うと、ジュノは息を落ち着かせようと努力しながら、目を白黒させていた。
そして、ツバをゴクリと飲み込むと、説明を始めた。
「ハンター協会に卸している矢の受注を、全て失ってしまうかも知れないんです!」
ハンター協会は、野生動物やモンスターの狩りに関する全般を取り仕切る、行政機関である。
ハンターへの依頼の斡旋や、武具・道具の販売などを行っており、消耗品である矢の販売も取り扱っている。
ハンター達は矢を協会から購入することが多いようだ。
この街には、大量に矢を供給している工房が、うちの他にもう一つある。
これまでは、二つの工房でシェアを二分していたのだが、最近は価格の安いうちの製品を多く納めるようになっていた。
ところがそのライバル工房は、そのシェア争いをひっくり返し、さらに協会との独占契約を結ぼうとしている、というのがジュノが持ち帰った情報だ。
ハンター協会との矢の売買契約は、うちにとっても大きな収入源であり、これが無くなるとあれば、経営への大打撃となってしまう。
ジュノは、さらにその情報の裏側まで知っていた。
「僕の幼馴染みの友人が、ハンター協会の事務所で働いていて、その彼がこっそり教えてくれたんです。
協会のお偉いさんと、ライバル工房の親方との会話を偶然聞いてしまったって」
つい最近、そのお偉いさんの息子と、ライバル工房の娘さんが結婚した。
そのコネを利用して、矢の供給を独占する契約を結ぼうということらしい。
親方は、ふうと深くため息をついた。
「まいったな、こりゃ。
お偉いさんがそう決めてしまっちゃ、俺達下のもんにゃあ、手も足も出せん」
若旦那も、腕組みをして頭を垂れる。
「多少値段が高くても、ハンター達は協会から矢を買うだろうな。
街の武具店よりも割安で買えるんだから」
俺は、心の中で思ったことを口に出して聞いてみた。
「そのような、婚姻を利用した仕入先の選定なんて、不正なことではないのですか?
純粋に価格や品質で選ばれるべきだと、一般的には思うのではないでしょうか。
ことを公にすれば、あるいは公にするぞと言い迫れば、そんな契約を防げないものでしょうか」
「そりゃあ、難しいな、シュンよ」
親方が頭を振りながら教えてくれる。
「この世の中、そんなふうに取り引きが決まるなんてなぁ、ごく普通のことなんじゃよ。
息子が結婚した相手のところから物を買う。
だあれも不思議に思ったりせんよ。
それが協会であっても、な」
「そうなんですね」
独占禁止法とか、公務員の汚職を取り締まる法律とか、そんなものは皆無の世界なのだ、と思い知った。
ならばこちらも、クララを送り込んで色仕掛けで。。。などと不遜なことを考えていたら、若旦那がさらに言を継いだ。
「それに、そんな脅しのようなことを少しでもしたら、協会のこの工房に対する心証を悪くしてしまう。
ハンターからの評判も悪くなってしまうかも知れない。
ひいては弓の取り引きにも悪影響を及ぼすだろう。
他の商店や武具店との取り引きにも、差し障りが出るかもしれんな」
今の所、打つ手はない、というのが結論となった。
三人は皆肩を落として、家の中へ戻って行った。
これは、かなりマズイ状況だ。
このまま工房の経営が悪化すれば、俺達奴隷への待遇も悪化してしまう。
これからクララに美味しい料理をいっぱい教えて、食べさせてもらおうとしていた俺の儚い希望が、脆くも崩れ去ってしまうのだ。
味気ない麦粥や、不味い食塩水のスープがこれからも続くと思うと、とても我慢がならなかった。
俺は、その頭脳をフル回転させ、対策プランを考え、まとめていった。
卑劣な手段を使う相手に、正々堂々と正面から打ち破り、大逆転を引き起こす、会心のプランを。
やるべきことは、大きく分けて、二つ。
一つは、飛躍的な品質の向上。
もう一つは、ブランド力の強化だ。
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