第十九話 「飛躍的な品質の向上」

 俺は、親方と若旦那、それとジュノに声をかけ、俺の考えたプランを聞いてもらうことにした。

 

 矢の曲がりと命中率との相関関係は、実験データより明らかになった。

 ならば、より曲がりの少ない矢を、ばらつきが小さく作れるようになれば、高い品質の矢ということを売りにして、ハンター達に訴求できるようになる。

 ただ射れば飛んでいくというだけの矢に対して、高い命中率という付加価値を付けることができるのだ。

 

 矢の命中率は、ハンターにとっても兵士にとっても死活問題のはずである。

 

 俺の狙いは、協会のお偉いさんではなく、実際にその矢を使う、ハンターや兵士だ。

 彼らに訴求して、うちの製品を買ってもらうのだ。

 

 そのために、曲がりの少ない矢を作る、ばらつきの小さい生産工程を確立する必要がある。

 

 俺がまず目をつけたのは、曲がりを矯正する工程、『窯入れ』だ。

 

 ここでは、中央に長い溝の入った二つの重い石で矢を挟んで、窯に入れている。

 石に刻まれた溝は、アルファベットの『V』の形をしている。

 上下の石の『V』で押さえつけられて、矢の曲がりが矯正される仕組みだ。

 

 ここで俺は、溝の深さをより浅い『V』にすることを提案した。

 『V』で挟まれたてできる空間を狭くすることで、より矯正力を上げるのが狙いだ。

 

 さらに、窯から出した後すぐに矢を取り出すのではなく、しばらく石で挟んだまま時間を置くことを提案した。

 すぐに取り出してしまうと、取り出された矢はまだ熱い状態なので、曲がりが戻ってしまうことが懸念された。

 もっと温度が下がるまで石で挟んでおいた方が良いだろう、という俺の発想だ。

 

 そして、石で挟む前の矢を、水に浸して水分を含ませておく、という案を提案した。

 これは、先日作った泡立て器の、竹ひご細工から得た発想だ。

 

 これらの案のどれが効果があって、どれが効果がないのか、効果が大きいのか小さいのか、それを確かめるために、俺は実験の計画を作った。

 日頃の生産の中で、1つずつ条件を変えて、そのデータを取る。

 

 曲がりを測定する装置は、すでに作ってあるしね。

 

 その実験計画は、親方の承認を得ると、ただちに着手されたのだった。

 

 

 

 その実験には、膨大な時間と手間がかかる。

 三種類の検討すべき因子(狭いV溝、石で押さえる時間、水分の有無)と、石で押さえる時間を二水準(長い、短い)、それぞれの全ての組み合わせを試す必要があるため、総当たりで3x3x2=18種類の条件を試す必要があった。

 それぞれ30本の矢のデータを取るため、全部で540本の矢のデータを取ることになる。

 だが、そんな場合は『実験計画法』というやり方で、『直交表』という魔法のような表を使って実験回数を減らす方法があった。

 18種類も試さなければならないところが、12種類で済んでしまうのだ。

 540本のところが360本で済む。

 大きな違いである。


 しかしこれには若旦那が、困惑気味に訊いてきた。

 

「なあ、シュンよ。

 全ての組み合わせを試さなくて、大丈夫なのか?

 もしかしたら、試してない組み合わせの時が一番良い条件だったりしても、わからないのではないか?」

 

「いえ、この方法は、全ての組み合わせを試さなくても、因子や水準の関連性を確率で求めることができるんです。

 従って、手間を減らすことができるんです」

 

 若旦那は理解できていなかったようだが、それ以上の質問はあきらめたようだ。

 

 ありがたかった。

 実は、俺にもこれ以上わかりやすく説明する自信がなかった。

 だって、俺も詳しい理屈を理解していなかったからだ。

 やり方だけ知っていれば良い。

 それで楽ができて良い仕事ができるんだから。

 現場の仕事なんて、そんなものなのだ。

 

 

 

 さて、その実験と並行して、俺はジュノに頼んだことがあった。


「ライバル工房の作った矢を30本、無作為に選んで買ってきてもえないか?」


「いいけど、そんなの買ってきてどうするの?」


「ライバル工房の作っている矢の実力を調べたいんだ。

 曲がりの量を測って、データを取る。

 そうして、業界内での自分達の実力がどの程度なのか、他と比べて現状を把握したいんだよ」

 

 彼我の差を明らかにして把握することは重要なことだ。

 品質を売りにして攻勢を仕掛けようとしている我々にとって、目標をどこに置くのか、といったことを決める上でも、不可欠なことだと思えた。

 

 俺は、ライバル工房の矢を30本、それらを全て曲がり測定器にかけて測定する。

 取ったデータは『ヒストグラム』でグラフ化した。

 

 結果は、ライバル工房の品質と、今のうちの工房の品質に、大きな差はないということだった。

 

 俺は、ひと安心、と胸をなでおろすような気分だった。

 

 もしライバル工房がより高い品質を示していたなら、それを遥かに上まわるためには、かなりの努力が必要だ。

 もしくは、戦略の見直しも必要となるかも知れないところだった。

 

 

 

 数日の後、実験のデータを全て取ることができ、結果が出た。

 

 俺の予想通り、3つのどの案も、曲がりに対しては有効だった。

 特に窯出し後の保持時間の延長については、長ければ長いほど曲がりの矯正に効果があることが判った。

 

 俺達は親方たちと相談し、3つの案を採用することにした。

 ただし、窯出し後の保持時間の延長については、生産性を大きく阻害しない程度の時間にとどめた。

 短い時間にとどめても、矢の曲がり矯正は充分にできるレベルにあったからだ。

 

 これらの工程改善後の測定データからヒストグラムを作ってみると、山の頂点は見事0~1ミリの部分にあり、グラフの山裾は3ミリのところにあった。

 つまり、矢のほとんどは曲がりが1ミリ以内であり、どんなに曲がりの大きなものでも3ミリ以内である、ということだ。

 これは以前の品質よりも、ライバル工房の品質よりも、飛躍的に高い品質の生産工程が獲得できたことを示している。

 

 その高い品質を保証するために、俺は一日に二度の曲がり検査を設定した。

 午前と午後のそれぞれ生産した製品の中から、無作為に10本を抜き取り、曲がり測定をする。

 もし曲がりが3ミリを越えていたら、その半日分の矢を全て測定し、3ミリ以上の曲がりがないか、選別する。

 もし曲がりが3ミリ以内であっても、その分布が大きい側に寄っていたときも、全数検査するようにした。

 

 

 

 このようにして、俺のプランの一つ目は達成することができたのだった。

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