第十四話 「在庫管理」
「いや、まだだ。
これで終わりじゃないよ」
ジュノとアディの二人は驚いた顔をして俺の方を向いた。
「人は誰しも間違いを犯すものだ。
でも、それをそのまま何もせずに放っておいたら、また同じ過ちが繰り返されるんだよ」
そう、失敗に学び、再発を防止する対策が必要なのだ。
俺は言葉を続ける。
「もしかしたら、アディはまた同じ間違いをするかもしれない。
矢じりじゃなくて、矢羽の箱を間違えるかもしれない。
アディじゃなくて、サミーが間違えるかもしれないじゃない?」
「シュンは、間違いが起きないようにできるっていうこと?」
ジュノは俺の目を見ながら、質問をした。
「絶対に間違わないようにするってことは難しいけど、間違えにくいようにしたり、もし間違ってしまっても、それがすぐに分かるようにすることは可能じゃないかな」
俺は、俺が考えた案を説明すると、三人でその対策を実施することにした。
まず、矢じりは納入された木箱から取り出し、より小さな木の箱に入れ替える。
この箱には矢じりを10個ずつ入れていく。
50個入りの大きな箱から、10個入りの小さな箱を5箱に並べ替えるわけだ。
それらを棚に、一列に並べるように置いていった。
そして、その矢じりの種類の名前を木の札に書き、棚板の前面に、目に見える位置に貼り付けた。
これで、どこに何が置いてあるのか、誰にでも分かるようになった。
幸い、この工房の奴隷達は皆字が読めるので、工房の誰もが倉庫の管理ができるようになったということだ。
持ち出す時は、その小さな木箱ごと作業場に持っていけばよい。
従来、大きな木箱から持ち出すときも、小さな箱に入れ替えて持ち出していたのだから、先にやるか後でやるかの違いで、手間は変わらないと言ってよいだろう。
部品を並べていくと小さい木箱がすぐに足りなくなったが、アディが他の作業者達に声をかけてくれて、廃材を利用して作ってもらった。
一度に全ての部品を並べ直すことはできなかったので、それから毎日、その日の作業が終わった後、皆で倉庫の整理を行った。
矢じりだけでなく、矢羽や、弓の弦、ニカワの壺、木材に至るまで、全ての部品、材料を見えるように並べ直した。
以前は埃をかぶっていた棚や床も、隅々まで掃除をしてきれいにした。
それまでは雑然とした薄暗い印象の倉庫だったが、見違えるように整然とした印象を与えるようになった。
その目に見える変化に、奴隷たちは皆お互いの努力を称え合っている。
それを見たジュノは、これでどうだと言うように、俺の顔をのぞいてきた。
しかし、俺はまだ満足していなかった。
「いや、まだだ。
まだ終わりじゃないんだよ」
俺はそう言うと、手に持った木札を皆に見えるように掲げた。
その札には、部品の名前と『発注点』と書かれてある。
さらにその札の裏面には、『発注済み』と書いてある。
「この札を使って、発注ミスや発注遅れをしないようにするんだ」
俺は、倉庫から部品を取り出す時のルールの説明を始めた。
まず、部品を取り出す時は、棚の一番手前の箱から出すようにする。
すると箱一個分のスペースが空くので、後ろの箱を次々に前にずらし、手前に並べ直す。
部品によって、それぞれ、発注してから納入されるまでの期間がだいたい決まっている。
また、その部品が一日にどれだけ使われるかも、だいたい決まっている。
それらから割り出されるのは、残りがあと何個になったら発注しなければならないか、という個数である。
その個数に、ある程度の余裕代を見込んだものが、『発注点』だ。
俺は手に持った札を、部品箱の列の最後から数えて発注点分の位置に割り込ませて置いた。
「部品を使っていくうちに、この札が一番手前に来るようになる。
そしたら、その部品の発注の手続きをするんだ。
そして、手続きが済んだら、札を裏返して、棚の前面にかけておく」
木札には小さい穴が空いており、棚板の前面に打っておいた釘にかけて見せた。
『発注済み』と書かれた面が表になる。
「部品が納入され、また小さい箱に入れ替えて棚に並べる時は、列の一番後ろから並べていくんだけど、その時にこの木札を裏返して一緒に列に並べるんだ」
古いものを先に使うようにし、新しいものは後に回す。
『先入れ先出し』という考え方だ。
俺は、できる限りわかりやすく説明したつもりだったが、どうかな?
理解してもらえただろうか?
「なるほど!
こうすれば、毎日在庫の数を数えなくても済むね!」
アディはちゃんと理解してくれたみたいだ。
他の奴隷たちも頷いていた。
俺は奴隷たちに、全ての部品について発注用の札を作ってもらうように頼み、ジュノには全ての部品の発注点を決めてもらうように頼んだ。
アンドレは倉庫の掃除を当番制で定期的に行うように順番を決めていた。
倉庫の管理を誰か一人に押し付けるのではなく、全員で管理し、きれいに保っていこうと考えたわけだ。
倉庫を、ただ物を置いておくだけの場所から、生産に合わせて部品を取り出し、品切れを起こさないしくみを伴った、管理という機能を備えた場所にすることが出来たのだ。
そうやって完成した俺達の倉庫は、その後一度も在庫切れを起こすことがなかった。
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