第三十一話 「マヨネーズ」

 クーランディアと契約を結び工房に戻ると、親方達は一斉に忙しくなった。

 弓の仕様を細かい部分まで決め、図面を描き起こす。

 そこから必要な素材や部品とその量を割り出し、書き連ねる。

 そしてその素材や部品の金額から、一挺あたりの原価をはじき、利益・管理費を乗せて販売価格を決める。

 販売開始時に確保しておく在庫の数と製作に要する期間から、発売日を逆算する。

 発売時期は今から三ヶ月後に決まった。

 そこに向けて、武具屋との調整を行い、街頭でのキャンペーンを企画する。

 

 親方と若旦那は弓の製作に、ジュノは営業としての様々な仕事に、とても忙しくしていた。

 俺はというと、プロジェクトが軌道に乗ってしまった今、とても暇になってしまった。

 何か手伝うことはないか、と若旦那やジュノの仕事に顔をつっこもうとするのだが、「素人は邪魔だ」とばかりに、相手をしてくれない。

 

 仕方なく、俺は弓の練習に明け暮れる日々を過ごしていた。

 この工房に来てから、俺は筋トレを続けているのだが、まだまだ力は弱い。

 弓で矢を射っても、的に届かせるためには上方を狙い、矢は山なりの軌道を描いて飛ぶ。

 これだと命中率を上げるのは難しい。

 矢を一直線に飛ばすためには、筋力をつけ、強い弓を引けるようにならないといけないのだ。

 

 筋力向上のために、俺はできるだけ効率が良いように、トレーニングを工夫してきた。

 人間は激しいトレーニングを行うと、一時的に筋繊維が損傷を起こす。

 その後適切な休息をとることによって、損傷した筋繊維が回復する。

 この時、損傷する以前の状態よりも太く強くなる。

 この現象を『超回復』と呼ぶ。

 一般的に、超回復に必要な休息は2~3日と言われており、俺はその休息期間を取り入れたトレーニングスケジュールを作った。

 鍛える部位を日ごとに変えることで、毎日トレーニングができるようにした。

 例えば、

  一日目:胸

  二日目:背中

  三日目:肩・腕

  四日目:足・腰

 四日目の次の日はまた一日目のメニューを、これの繰り返しである。

 このローテーションでトレーニングをすることによって、各部位の筋肉は充分な休養をとることができ、超回復の効果を効率的に得ることができるのだ。

 ただし、腹筋やランニングは毎日行うことにした。

 さらに、平民になってからは、食事に肉系の料理を出してもらうようにお願いもしていた。

 筋トレ終了後にあまり時間をおかずにタンパク質を摂取することで、損傷した筋繊維が超回復をしやすくしてやるためだ。

 

 元の世界にいた頃に比べれば、だいぶ引き締まった身体になってきたし、腹筋も割れた。

 しかし、扱える弓は初心者用の弱い弓がやっと、というのが現状だ。

 弓を実戦で使えるようになるのは、まだまだ先だな、と感じていた。

 

 

 

 そんなある日、俺がいつものように弓の練習をしていると、クララがやってきて声をかけてきた。

 その隣に並んでいる女性は、ミディアムボブの茶色い髪がふわりとしたやさしい印象を与える。

 以前、街で会ったことがある、クララの幼馴染みのカトリーヌであった。

 

 ちょっと相談があるの、と言うクララに応えると、俺達はリビングに向かった。

 

「じゃあ、お茶入れるわね」


 とクララは台所に向かうと、カティと俺は椅子に座った。

 すると、待ちきれないといった風に、カティが話しだした。

 

「このあいだ、クララにサラダをご馳走になったんですのよ。

 『マヨネーズ』というソースがかかっていて、とっても美味しゅうございました。

 マヨネーズを味わうのは初めてでしたし、あのクララが、そのような料理を作ったのが、とっても驚きでしたわ。」

 

 『あのクララが』と言ったのが、なんとなく俺も共感する部分があった。

 さらにカティは言葉を続けた。

 

 カティは、マヨネーズの作り方はクララから聞いて知っているようだ。

 サラダ以外にもいろいろな使い途があるとクララは言うのだが、彼女はよくわからないようなので、俺に聞きに来たのであった。

 彼女はバッグからメモ紙と羽ペンを取り出して、書き取る準備をしていた。

 

 俺は、クララの入れてくれたお茶をすすりながら、いくつか例を挙げた。

 

「じゃあ、まずはポテトサラダからね」


 俺は、こちらの世界で見たことがない料理の中から、自分自身が食べたいと思っている料理について、その材料から調理方法に至るまで、俺の知る限りを丁寧に説明した。

 

 ポテトサラダはその筆頭であった。

 毎日食べても飽きないポテサラ好きの俺にとって、それが食べられない日々がなんと空虚であったことだろうか。

 カティには、作ったら絶対食べさせてくれ、と念を押しておいた。

 

 次に、肉や魚介の焼きもの、炒めものだ。

 マヨを絡めて炒めたり、焼いたあとに味付けとしてかけたり。

 ガーリックを混ぜたり、香辛料を混ぜたり、様々なバリエーションを伝授した。

 

 また、ハンバーグにマヨを混ぜて焼くとふんわりジューシーになる、なんて裏技も教えた。

 肉は火を通すとタンパク質が固く結合するため、食感も固くなってしまう。

 マヨネーズを少量混ぜ込むことで、乳化された植物油の細かな粒子がタンパク質の結合を緩やかにするので、ふんわりジューシーに仕上がるだ。

 

 カティは俺の説明を真剣に聞いており、一言一句もらさぬといった勢いで、メモに書き取っていた。

 

「そんなに真剣になって料理のことを訊いてくるってことは、誰かに手料理を振る舞おうと考えているのかい?」

 

 おおかた、彼氏に美味しい料理を食べさせてポイントを稼ごうとか、そんなことを考えているのだろうと思っていたので、返ってきた言葉を聞いて、俺は驚いた。

 

 

 

「ううん。

 私ね、料理屋を開こうと思っていますの」

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