第三十話 「タイアップ」

「……以上の内容を簡単にまとめて申し上げますと、この契約によってクーランディア様が獲得されるメリットは、次の三つとなります。

 一つ、弊社の最上級モデル、『クーランディア Premium』の提供を年に一挺。

 こちらは使用レポートを提出していただくことを条件に含みます。

 二つ、弊社が卸した製品の卸価格に対して三分(3%)のマージンの獲得。

 三つ、クーランディア様のお名前が広く世界に知られることによる副次的な様々な効果。

 いかがでしょうか。

 この条件で、ぜひご検討いただけますでしょうか」

 

 俺は、準備してきた一通りの説明を終えて、交渉相手に一礼をした。

 その相手とは、弓の名手、クーランディアだ。

 

 親方と若旦那、そしてジュノに連れられて、今日はクーランディア邸を訪れていた。

 工房のフラッグシップモデルとしてクーランディアとのタイアップ商品を作る、その契約交渉のためである。

 

 クーランディア邸は街の中でも上流階級が住む区画にあった。

 彼は身分階級としては、エルフ族なので貴族ではないが、それに類する階級とみなされている。

 塀に囲まれた庭付きの住宅に、クーランデイアは家族と一緒に使用人を住まわせている。

 豪邸とも呼ぶべき広さの邸宅の中は、想像に反してシンプルなものであった。

 ハンターという職業から、鹿の剥製やトラの毛皮といった装飾品の数々を思い浮かべていたので、少々肩透かしをくらった。

 実直で、堅実で、必要以上に自分を飾らない、クーランデイアのそんな人柄を表しているようであった。

 

 その家の一番大きな部屋で、クーランデイアを前に、俺はプレゼンテーションをしていたのだった。

 テーブルの上には親方と若旦那が作った試作品が二挺、置かれている。

 どちらも量産品としては最高級の素材を使い、細部に至るまで意匠を凝らしてある、見る人が見ればひと目で分かる、逸品だった。

 その逸品を手にとり隅々までじっくりと眺めるクーランディア。

 

「素晴らしい出来だねえ。

 強度と耐久性は申し分がないように思える。

 それに、銀の装飾が所々に施されているのが、なんとも僕の好みだよ。

 本当にこれだけレベルの高いものを量販モデルとして出すのかい?」

 

「はい、その通りです、クーランディア様。

 今御覧頂いているものを最上位に位置づけまして、クーランディア様のお名前を戴こうと考えております。

 クーランディア様はこの街のアーチャーの間では憧れの的でございますから、そのような方々に訴求しようと考えた次第です」

 

 弓の本体にはクーランディアの名が彫刻されている。

 その隣に工房の名前とトレードマークが、やや控えめに並んでいる。

 世に出ている量販の弓には、これほど豪華な装飾の施されたものはこれまで見たことがなかったし、弓としての機能においても、最高級のスペックであった。

 クーランディアの名前を冠するに相応しいものであると、そう伝えたかった。

 

 クーランディアは満足げに頷くと、軽やかな笑みを浮かべて合意を示した。

 

「僕としては、異論はないよ。

 異論どころか、とても嬉しい、誇らしいことだと感じている。

 親父さんの作る弓には、もう何年も前からお世話になっているし、その腕はとっても信頼しているからね」

 

「それでは、契約の方は……?」


 クーランディアは力強く頷くと、

 

「喜んで、契約させてもらうよ」


 隣で息を潜めていた親方と若旦那が、おお、と声を漏らした。

 ジュノは声に出すのを我慢しつつガッツポーズをしている。

 俺が「ありがとうございます」とお礼を述べると、クーランディアは俺の手を取り、握手をした。


 その後は、ジュノから契約の詳細な説明が始まった。

 今日の俺の役目は終わったのだと、先程まで強張っていた肩の筋肉が、ストンと力が抜けるのを感じた。

 心の余裕ができたためだろうか、落ち着いて部屋の中を見渡してみた。

 動物の剥製や毛皮などは飾られていなかったが、部屋の隅で壁に立て掛けられている物が目に留まった。

 緩やかに湾曲した円錐状のそれは、象の牙のようにも見えたが、象牙にしてはサイズが段違いに大きかった。

 最も太い部分は大人が腕を回してかかえるのがやっと、の太さがあり、長さは大人の背丈ほどもあった。

 その滑らかな表面が部屋の灯を反射して輝いて見えた。

 

 俺がそれを気になっていると気づいたクーランディアは、俺に訊ねてきた。

 

「それが何だか、わかるかい?」


「うーん、象牙にしては大きすぎますよね。

 さて、全く思い当たりません」

 

「それは、モンスターの角なんだよ。

 『双角竜』という、とても強いモンスターなんだ」

 

 

 

 モンスターとは、害獣の中でも特に凶暴で、人々の生活に大きな被害をもたらす生物を総称する呼び方である。

 熊やイノシシなどが著しく大きく成長したものをそう呼ぶこともあるが、一般的には肉食で獰猛な大型の個体を指す。

 『竜』と呼ばれる種類のものが、その代表である。

 人里の近くでモンスターが発見された場合、政府とハンター協会を通じて討伐・駆除依頼がハンター達に出されることになっている。

 討伐に貢献したハンターは、その貢献度に従って報酬を得るのである。

 『双角竜』など竜種のモンスターは討伐難易度が高く、討伐に出かけたハンターの生還率も低いことが知られている。

 

 

 

 『双角竜』

 俺には聞き覚えがなかった名前だが、親方たちは眼を丸くして驚いていた。

 街や村に深刻な被害を与えかねない、凶悪なモンスターだと、若旦那は俺に説明してくれた。


「そのような凶悪なモンスターを、クーランディア様が討伐なされたのですか?」


「ああ、そうなんだ。

 エルフの狩り仲間四人でね。

 とっても手ごわかったし、手こずったんだけど、倒すことができてとても嬉しかったよ。

 角は、二本あるうちの一本を仲間が僕に譲ってくれたんだ」

 

 クーランディアは、その狩りのことを詳しく話してくれた。

 その話をする時の彼は、とても楽しそうであった。

 

 ふと思いついたように、クーランディアは俺に向き直って訊ねた。

 

「君、シュンと言ったね。

 君は狩りをしたことがあるのかい?」

 

「いえいえ、ついこの間まで奴隷でしたし、狩りの経験なんて、全くございません。

 いずれはやってみたいと思っているのですが、弓も剣も、まだまだ素人ですので」


 俺が奴隷だったと話したところで、彼の表情に驚きの色が混じった。

 

「もしかしてこのアイデアは、君が考えたものなのかい?」


 クーランディアは弓の試作品を手にとって訊ねる。

 

「はい、そうですが……何か?」


「なるほど、そんな君が奴隷だったとはねぇ。

 全く意外というか。。。

 なかなかおもしろそうな男だね、君は」

 

 クーランディアは俺に強く興味を持ったらしく、さらに言葉を続けた。

 

「こんど、一緒に狩りに行こうじゃあないか。

 なあに、簡単な鹿狩りさ。

 それまでに弓の腕を磨いておきたまえ」

 

 そう俺に伝えると、彼はジュノとの契約の話に戻って行った。

 

 俺は単純に、弓の名人と一緒に狩りに行けることを、楽しみに思った。

 

 

 

 さあ、明日から弓の特訓しなきゃ。

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