第二十九話 「ブランド力のさらなる強化」

 完成検査書と保証書を発行し、添付することを武具屋に説明し、そうしてやっと再び店頭に弓を並べてもらうようになった。

 街の商人たちにとって、そのようなやり方は聞いたこともなかったようで、最初は戸惑いもあったが、最終的には「確かに理屈が通っている」と、好意的に受け入れられた。

 受注は以前には遠く及ばないにしろ、また弓の生産を始めることができた。

 

 親方、若旦那をはじめ皆が、ホッと胸をなでおろしていたある日、二つの情報をジュノが聞き及んできた。

 

 一つは、街の裏通りで、二人のチンピラが大怪我をして気絶しているのが発見された、というものだった。

 街なかでケンカがあることは日常茶飯事なのだが、そのニュースが俺達にとって特別だったのは、そのチンピラの特徴にあった。

 一人は頬にバツ印の傷跡がある男。

 もう一人は両手の甲に蛇と剣の入れ墨がある男。

 いつしか武具屋で見かけた不審人物だ。

 そしてライバル工房に雇われた実行犯だ。

 なんでも、その二人が発見された時、両手の骨が粉々に砕かれていた、ということだった。

 天罰が下りたということだろうか?

 

 もう一つは、武具屋から業界関連のツテで巡ってきた噂だった。

 例のライバル工房のもとに、マフィアの襲撃があったということだった。

 さらに、何らかの弱みを握られ、恐喝にあっている、というものだ。

 

 この二つの事件が互いに関連があることに、俺はすぐに気づいた。

 そして、俺の知らないところで活躍したであろう二人の男の姿を、思い浮かべたのだった。

 赤毛のモヒカンを風になびかせながら、オレの心の中でその兄弟は、ニヤリと笑っていた。

 

 俺が若旦那に目を向けると、若旦那もニヤリと笑って俺に目配せをした。

 その眼は「こんどは俺達が酒をおごってやらなきゃな」と、そんなふうに言っている気がした。

 

 また、あの店に行こう!

 フェリシアさんのお店に!

 

 あの夜のことを思い出して顔が弛んでいたのだろうか……

 

「シュン、なんかいいことあったの?

 ニヤけたような顔してるー」

 

 クララが俺の顔を覗き込んで言った。

 

「いや……ほら、この間ここにやって来てさんざんイヤミを並べていったオヤジの工房のことでしょ?

 いい気味だ、と思ってさ」

 

 と言い繕いながら、鋭いな、と俺は嘆息した。

 クララに心の内を見透かされている気がして、俺は慌てて別のことを考えた。

 別の話題に変えないと、と口を開いた。

 

「さあ、弓の受注も徐々に戻ってきてはいますが、まだまだ全盛の時のそれには至っていません。

 ここらでひとつ、大きな手を打ってみませんか?

 受注が少なくて時間もあるし、いい時期だと思うんです」

 

 俺は親方と若旦那を交互に見ながら、そう言った。

 俺の言葉に驚いたように、しかし期待に満ちた色を湛えた眼を俺に向けてくる。

 これまで、この工房の経営を、窮地を救ってきた俺のアイデアに、今では皆が期待をしてくれている。

 

 そんな視線を心地よく感じながら、俺は言葉を続けた。

 

「工房のブランド力を、さらに強くしたいと思うんです」

 

 話はちょっと長くなりますよ、と伝えると、クララが「お茶を用意するわね」と言って出ていった。

 

「矢の需要において、この工房は今では街のトップシェアを誇っています。

 それは、クーランディアさんに協力をお願いして、ブランド力をアピールしたことが大きく影響したことを皆さんは憶えてますよね?」

 

 皆は口々に「うんうん」と頷く。

 

「弓の方でも、クーランディアさんのネームバリューを活用させてもらおうと考えたんです。

 もちろん、お互いに利益があるような、対等な契約でないといけませんけどね」

 

 親方達は、黙って考え込む。

 俺は言葉を続けた。

 

「この工房製の弓のフラッグシップとして、『クーランディアモデル』を作るんです」


 工房で作られる弓は、客の要求に応じて作られる一品物(オーダーメイド)と、武具店の店頭に並べられて売られる量産品(レディメイド)とに分けられる。

 量産品においても、その原材料の材質や装飾の多少によって、価格に幅が出る。

 値段の安いエントリーモデルから、高くて品質の良いハイエンドモデルまで、いろいろな種類があるものだ。

 そんなモデルミックスの中で、最も高級な、高機能なモデルを、フラッグシップモデルと呼ぶ。

 クーランディアの意見を聞き、好みや趣向を取り入れるように共同開発を行い、その製品にクーランディアの名前を冠する。

 できるだけ豪華で派手な装飾を施したほうが良いかも知れない。

 

 クーランディアにはその対価として、そのモデルを無償提供しても良いし、足りなければギャラを払ってもいいと思っている。

 弓名人を決める大会などでその弓を使ってもらったりすれば、宣伝効果は抜群だろう。

 

「なので、工房の名前とロゴマークを弓に刻むことは絶対に必要なことです」


 一気に喋りきった俺は、クララの入れてくれたお茶を、グイッと飲み干した。

 

 一堂の顔を、ぐるりと見渡す。

 皆、希望に満ちた、意欲にあふれた、いい顔をしていた。

 

 そしてまず、親方が口を開いた。

 

「いいな、シュン。

 とってもいいアイデアだ」

 

 親方は喜色満面で、俺の案を褒めてくれる。

 そして、具体的な作業の指示を出していった。

 

「まず、わしとせがれで、弓の仕様についていろんなアイデアを出してみる。

 試作品も作ってみたほうがいいな。

 ジュノは、クーランディアに面会の約束をつけてくれるか?

 シュンは、説明のための資料を準備してくれ」

 

 親方の指示に皆が頷くと、それぞれが、それぞれの仕事に向かって解散していった。

 

 

 

 そうやって、また一つのプロジェクトが始まったのだった。

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