第五十八話 「ブオナペティート」
客が50人程度は入るであろう、それなりの規模のレストランであるにもかかわらず、メニューが一品しかないことが、リカルドの口から明かされた。
一瞬の静寂が周囲を支配する。
「はぁ?!」
俺とマルゲリータが同時に声を放ち、立ち上がる。
周囲に漂っていた静寂を破った。
「ばかじゃないの?!」
二人の声がユニゾンで響く。
俺とマルゲリータの目が合った。
彼女の目には、怒りとも呆れともとれる色が広がっている気がした。
「あのな、ちょっと確認させてくれ。」
俺はリカルドの目を見ながら、静かに語りかける。
「は、はい」
「開店直後は、この店は客で賑わっていたんだよな?」
「はい、そうです」
「で、しばらくすると、客足が遠のいていったと?」
「ええ、その通りです」
「リピーター……、繰り返し来る客はいるのか?」
「いえ……、いらっしゃらないかと……」
俺が口を閉ざすと、そこで再び静寂が満ちる。
この店が流行らない理由は、実に簡単なことだった。
メニューが一品しかなかったために、客に飽きられてしまったのだ。
リピーターがいないことがそれを物語っている。
ここのピッツァは確かに美味い。
しかし、だからと言って、味にバリエーションが無ければ、同じものばかりを頻繁に食べにくる客は少ないだろう。
その点、パスタ屋の方はメニューに豊富なバリエーションを揃えているのだ。
この店の経営を改善する方策は決まった。
客を飽きさせないためのメニューの強化だ。
「なあ、リカルド。
このピッツアに、盛り付ける具材をいろいろ変えて、バリエーションを増やしたいんだが、どう思う?」
「えっと、あの、今『ピッツア』と言いましたか?
それは何のことでしょうか?」
「ああ、『ピッツア』てのは……、俺が考えたこの料理の名前だ。
ていうか、これなんて名前なんだ?」
「『チーズの焼いたの』ですよ」
「……………………」
「……………………」
「『ピッツァ』に変えろ」
「えええ……!?」
「で、どうなんだ?」
「この『チーズの焼いたの』は……」
「『ピッツァ』だ」
「…………、ピッツァ、は私達の家に代々伝わる家庭料理でして、この食べ方しか知らないのです。
いきなり、いろいろな具材を盛り付けろと言われても……どうしてよいものやら……」
リカルドはとても困惑しているようだ。
創作性の無さにも程がある。
より美味しいものを客に出したい、という気持ちをぜひ持って欲しいものだ。
「わかった。
ピッツァのメニューは俺が考える。
お前は、サイドメニューとして三種類のサラダを考えろ。」
「はぁ……、サラダ、ですか?」
「そうだ、ピッツァみたいな濃厚で脂っこいメインには、舌をリフレッシュさせるための、サラダのようなサイドメニューが必要なんだよ。」
「は、はい……」
「いいか、明日までに考えて、試作品を用意しておけ。
それと、ピッツァの生地もだ。
何種類か作って、その中から客に出すレシピを選んで決めるからな。」
そして、新しいメニューとその具材を持って、翌日に訪れることを伝え、店を後にした。
ちなみに明日は強制的に定休日にさせた。
店を出て、街路の曲がり角を曲がった瞬間、体の疲れがどっと押し寄せてきた。
思わず壁に寄りかかり、大きくため息が漏れる。
「ふぅ~~~
なんとか繋がった……」
なんとか希望の光が見えてきた。
この光を消すわけには行かないのだ。
グレッグが真顔で俺の顔を覗き込んでくる。
「シュン、さっきはすごい迫力だったな。
普段はもっと、おっとりしているのに、別人かと思ったぞ。」
「いやなに、多少は高圧的にいったほうが、主導権が握れると思ったからさ。
そうでもしないと、ジリ貧だったし。
なんてったって『女帝』にケンカふっかけるわけだしさ。」
「ははは、ちげえねえ。
それは俺たちマフィアのやり方だぜ。
さっきのシュンを見てたら、うちのファミリーにスカウトしようかと思ったぐらいだぜ。」
ダニエルはそう言うと、俺の肩をポンと叩き、ニヤリと微笑んだ。
「じゃあな、シュン。
明日もきばれよ。」
そう言い残して、モヒカン兄弟は歩き去って行った。
次の日の昼下がり、俺は再びリカルドの店を訪れた。
カティとクララも一緒だ。
昨日のマルゲリータとの交渉について彼女たちに説明した時、不安そうにしていた顔に少しの希望の色が見えたのが嬉しかった。
店はどうせ客も来ないことだし、今日は臨時休店とした。
そして、なぜかモヒカン兄弟も一緒に来ている。
当然のような顔をしているが、おまえら部外者だよな?
ついてくれば美味いものが食べられると思ったから、とか言っていた。
もし荒事になった場合にはとても心強い味方ではあるのだが、そうはならないと思う。
まあ、いいか……
そして、この店の店主であるリカルドと、『女帝』ことマルゲリータ、そしてこの店の料理長が目の前にいる。。
八名が囲むテーブルの上には、俺が考えた数々のピッツァの皿が並んでいた。
いや、厳密に言うと俺が考えたわけではないのだが、俺の元の世界での経験から、いくつかを再現しただけなのだが、まあそういうことにしておこう。
ピッツァのメニューを考える上で、まず俺の頭に浮かんだのは、チーズの種類であった。
この街で食べられているチーズは、マイルドで旨みがしっかりしたものが一般的だ。
ゴーダチーズのようなものだろうか。
味のバリエーションを増やすためには、まず別の種類のチーズが欲しかった。
俺は昨日、バルデッリ商店に駆け込んでチーズの種類についてたずねてみた。
すると店主のステファーノが丁寧に対応してくれて、いくつかのチーズを紹介してもらえた。
そこで少しスパイシーな味わいのオレンジ色がかかったチーズと、モチモチとした弾力があるモッツァレラのようなチーズを手に入れることができた。
トッピングする素材としては、まずはシーフードだ。
アンチョビに似た、小魚のオイル漬けを市場で見かけたので、買ってきた。
イカやエビ、そしてアサリやホタテ、ムール貝といった貝をいくつか揃えた。
野菜は、パプリカやナス、アスパラガスに似た野菜などを数種類、きのこ類もいくつか見繕った。
肉系統は、ハムやベーコン、サラミをスライスしてある。
鶏肉をボイルしてスライスしたものも用意した。
それらの素材を組み合わせてトッピングし、何種類も準備し、焼いたピッツァを試食する。
一口食べて味を堪能し、二口、三口と食べすすめる。
そしてお互いに感想を述べ合う。
シーフード好きか、ベジタブル派か、好みはそれぞれ違うようだが、基本的にどの皿も好評価だった。
それと、俺が用意した、ある『調味料』が絶賛された。
乾燥唐辛子をすり潰し粉状にしたものに、塩と酢を混ぜたものだ。
元の世界ではおなじみの、赤い激辛の調味料、『タバスコ』だ。
少しの辛味が食欲を増進させると、皆が口々に言っていた。
そうやって、客に出すメニューをいくつか選んで決めていった。
料理長は几帳面にメモをとっている。
その目がキラキラと輝いているのを、俺は見逃さなかった。
きっと良い料理人なのだろうな、と思った。
そんな中、ダニエルがグレッグの目を盗んで皿に大量のタバスコをかけ、それを食べたグレッグが顔を真っ赤にして水場に走って行ったりしていた。
何を遊んでいるんだ、こいつらは……。
ダニエルはグレッグにこっぴどく叱られていたが、俺と目が合うと、こっそり舌を出してニヤリと笑った。
グレッグの顔が髪の色と同じ真っ赤だったのは、辛さのせいなのか、怒りのせいなのか、俺にはわからなかった。
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