第五十七話 「レストランのコンサルタント」

「このお店を、客足の絶えることのない、大繁盛するお店にして差し上げましょう!」

 

 言ってしまった……

 内心で唇を噛む。

 なんの根拠もなく、全く勝算もないというのに、どんな店なのかも知らないというのに、飲食店の経営改善どころか、大繁盛などという言葉を出してしまった。

 これは大博打だ。

 しかし、俺には後がなかった。

 こうでも言わなければ、相手の気を引くことができなかっただろう。

 

 女帝は、侮蔑の表情を浮かべて薄く笑みをこぼす。

 

「ふん。

 大繁盛ですって?

 客足の絶えることのない?

 いったいあなた、何様のつもりなのかしら?

 気の触れた人間の、たわごととしか聞こえませんわ。」

 

「確かに、初対面である私の言うことを信用するのは難しいかと存じます。

 ですが、お見受けしたところ、こちらの店の経営状況から察するに、誰かからの助言を望んでおられるのではないでしょうか?」

 

 リカルドが黙って視線を床にやる。

 女帝は苛立ったような表情を見せるが、否定も肯定もできないようだ。

 

 こうなったら、勢いで押し切るしかない。

 でまかせでもブラフでも、何だっていい。

 小さな可能性をつかみ取るのだ。

 

「ご存知のことと思いますが、先日まであのパスタ屋は大盛況を博しておりました。

 先程申し上げました、『客の絶えることのない』ほどの盛況です。

 実は、あの店をプロデュースしたのは、何を隠そう私なのですよ。

 店主との契約で、このことは表に出しておりませんがね。

 あ、ですので、このことは内密にお願いいたします。

 これまでも、私はコンサルタントとしていくつかのレストランのプロデュースに携わってきましたし、全ての店を超人気店として生み出して参りました。」

 

 ここで一呼吸をおいて、女帝の見つめる。

 女帝ははっと息を飲むと、目を見開いて口を開いた。

 

「も、もしや、『キャッツ・ダイナー』や『バー・ヌーブ』もあなたが関わっているの?」

 

「おや、それらのお店をご存知でしたか?

 私としても嬉しい限りでございます。」

 

 俺はぺこりと頭を下げる。

 リカルドはその店を知らなかったようだが、女帝が小声で説明をしている。

 

「おい、お前、そんな店に関わってたのか?」

 

 グレッグが俺の耳元でたずねてきたが、

 

「いや、まったく知らん」


 俺も小声で答えた。

 

 それらの店は、どうやらこの街の超人気のレストランと居酒屋らしい。

 含みを持たせて言っただけで、俺が『やった』とは言ってない。

 俺の元の世界では、親戚のおじさんがスナックを始める時に、カラオケの機材を入れるのを手伝ったことがある。

 『プロデュースに携わった』と言えなくもない……遠いけど。

 俺は嘘をついてないからな。

 

 女帝とリカルドは小声での会話を終えた。

 どうやら相談の結果が出たようだ。

 リカルドが一歩前に出て、頭を下げる。

 

「どうか、この店の改善に、お力をお貸しいただけますでしょうか。」


 なんと、女帝も軽く頭を下げていた。

 女帝の俺に対する態度が豹変したようだ。

 

「お、おう。

 び、微力ながら、お手伝いさせていただきますよ。」

 

 彼らの態度の豹変ぶりに、内心は驚いていたのだが、なんとか表に出ないようにと苦労した。

 しかし、なんとか突破口が開けたことは確かだ。

 このまま突き進もう。

 

「さあ、それでは、さっそく始めましょうか。

 まずは、料理を確認させて下さい。」

 

 そう言うと、リカルドは俺たち三人を店内のテーブル席に案内してくれた。

 給仕の女の子に一言告げると、女の子は店の奥の厨房に向かって行った。

 

 

 

 

 俺とモヒカン兄弟、そして女帝が一つのテーブル席に腰を下ろしている。

 ちょうど俺の正面に彼女が座っているので、その端正な顔立ちがいやでも視界に入ってくる。

 ピンと背筋を伸ばした彼女は、座った姿勢も美しい。

 ついつい見とれてしまうのを必死でごまかすために、店内の様子をキョロキョロと見渡した。

 

「うん。

 店内の調度や装飾などは、問題ないね。

 とっても良い雰囲気だ。」

 

 俺が感想を述べると

 

「そうね、貴族も御用達の工務店に任せたのよ。

 確かに良い仕事をしたと思うわ。」

 

 彼女もそれに応える。

 

 俺は目の前に出されたワインの入った盃を手に取ると、少しだけ口に流し込んだ。

 そして、目の前の彼女について、あることを思い出していた。

 

 俺が初めて街に出た日、貴族の一行に遭遇したこと。

 その一行の中に、彼女、マルゲリータも含まれていたことを。

 モヒカン兄弟は頭を下げていたので覚えてはいないだろうが、俺はこっそりと盗み見ていたのだ。

 そして、その記憶の決定的なきっかけは、彼女が胸に下げているペンダントだ。

 小鳥をモチーフにした銀色のペンダント。

 あの時も彼女は同じペンダントを付けていたから、間違いないだろう。

 彼女の持つ『女帝』としての影響力は、あの貴族とのコネクションから来ているのかも知れない。

 

 それから料理が運ばれてくるまでの間、この店に関することを彼女から聞かされた。

 店の開店にあたって、彼女が全ての資金を出したこと。

 弟のリカルドを一人前にするために、彼に機会を与えたこと。

 そのため、ほとんど全てをリカルドの裁量に任せたこと。

 そして、彼女もこの店に来たのは今日が初めてだったこと。

 

 リカルドからは大繁盛していると報告を受けていたので、前触れなしに来てみればこのていたらくだったため、愕然としたのだと言っていた。

 

 

 

 

 そうしてしばらくすると、リカルドが皿をトレーに乗せて運んできた。

 俺たち一人々々の前に、それぞれ皿が置かれる。

 俺は、その皿の上の料理を見て、目を奪われた。

 

 丸く薄いパン生地の上に赤色のソースがかけられ、さらにその上には溶けたチーズがたっぷりと覆っている。

 香草だろうか、小さな葉が散らされている。

 この料理は、俺の元の世界でも頻繁に食べていたものだ。

 

 ピッツァである。

 

 トッピングも何もない、プレーンでシンプルなピッツアであるが、焼き立てだろう表面から湯気が立っており、チーズの芳醇な香りが鼻孔をくすぐり、俺の唾液腺を激しく刺激する。

 

 俺は平民になった後にこの街をありこち散策し、探し求めたが発見できなかった料理のうち、一つ目はパスタであり、その次がピッツァであった。

 それが今、目の前にある。

 

 呆然とその皿を見つめている俺をよそに、グレッグとダニエルはナイフとフォークを使い、ピッツァを一片口に放り込んでいた。

 

「うん、美味い!」


「ほんとだ、これは美味いな」


 二人が異口同音に称賛しているのを、リカルドは満足そうに眺めている。

 そして俺も、丸いピッツァを一口サイズにカットして、口に運んだ。

 

 濃厚なピザの塩味と酸味の効いたトマトの味が口中に広がる。

 かすかにピリリとした香辛料の辛味と、にんにくの香りが効果的だ。

 パン生地も、厚過ぎるわけでもなく、薄過ぎるわけでもない。

 モチモチとした食感が心地よい。

 俺は自然に、心にうかんが言葉が口から漏れた。


「美味い……」

 

「ほんとうに美味しいわ」


 マルゲリータも同じように、一口食べてから感想を述べ、さらに言葉を続けた。

 

「でも、こんなに美味しいのに、どうしてお客さんが来ないのかしら?」


「まったく、俺も同感だ。

 味に関しては申し分ない。

 何か、他に問題でもあるのか?」

 

 俺はリカルドにたずねたが、彼は首を傾けてからかぶりを振っていた。

 

 まあ、問題がはっきりしていれば、彼もそれに対応していることだろう。

 それがわからないのだから、今の状況があるのだ。

 それを探るのが、俺の役割でもある。

 

「まあ、じっくり探っていくとしよう。

 この料理が美味いのはわかった。

 では、別の料理を持ってきてくれないか?」

 

 俺はリカルドに向かってそう言った。

 しかし、リカルドからは意外な言葉が帰って来た。

 

「いえ、料理はこちらのものだけになります。」

 

 ああ、ピッツア専門店ってことだな。

 サイドメニューぐらいは揃えてもいいかな、と思いながら、再びリカルドに言う。

 

「じゃあ、この料理の他の種類、バリエーションのを持ってきてくれ。」

 

 そして返ってきたリカルドの言葉に、俺は絶句せざるを得なかった。

 

 

 

「いえ、ですから、他の種類も何も、こちらの料理だけなんですよ。

 バリエーションなど、ございません。」

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