第六話 「奴隷」
この世界では、奴隷の売買はごく普通に行われるということがわかった。
俺は奴隷商店? に着いた翌日に中年の男に買われ、連れて行かれた。
連れて行かれた先は、大きな木造の建物で、木材や革などを加工する工房のような場所であった。
屋内の壁には、弓や矢がいくつもかけられていた。
武具の工房……弓工房かな。
昨日のエルフも弓を使っていたし、この世界では一般的な武器の一つなのだろう。
狩りをするにも、戦争をするにも、飛び道具の有用性は俺にも理解できる。
その工房の中では、男が10名ほど働いていた。
最も年長に見える男は、口髭と顎髭をたくわえていて、年齢は60前後だろうか。
背丈はそれほど高くなく、やや腹が出ているが、露わになったその腕には固く締まった筋肉が見て取れた。
製作中の弓をその手に持ち、紐を巻き付けるような作業をしていて、時おり、周囲の男たちに指示を出している。
工房長……親方、といった存在だろうか。
俺を連れてきた男は、親方よりも二回りほど若く見えた。
背も高く、引き締まった体つきをしている。
顔が親方と似ているってことは、親子なのだろうか。
若旦那、ってとこかな。
彼ら二人以外の者たちは、奴隷だ。
なぜわかるのか、と言うと、奴隷には額に幾何学的な模様の入れ墨のようなものが描かれている。
それは、俺の額にも描かれている。
奴隷商店から出るときに、魔法使い(だと思う)の老婆にまじないをかけられたのだ。
奴隷がご主人様の指示に従うように、かけられた魔法だ。
確認のため、とその魔法を行使された時は、頭が割れるように痛かった。
あんな痛みは二度とごめんなので、逆らわないようにしようと心に決めた。
奴隷たちは皆、同じような服を着ている。
麻のシャツとズボン、それに毛糸で編んだベスト、それらを腰の帯で縛っている。
足はサンダルだ。
ちなみに、俺も同じ格好だ。
着ていたスーツやシャツ、靴などは、奴隷商店で剥ぎ取られてしまった。
若旦那が、奴隷の中でいちばん歳が若そうな少年を呼びつけた。
その15歳ぐらいに見える少年は、「アディ」と呼ばれていた。
当面の俺の世話役をしてくれるようだ。
彼とは、なんとしても仲良くなっておかなければならない。
生き延びるためには。
最初、アディは早口で何かを話しかけてきたが、俺が言葉を話せないのを知ると、彼自身を指さして、一言。
「アドリアーノ」
「アドリアーノ?」
オウム返しに俺は繰り返す。
アディは「うんうん」と頷いている。
「アドリアーノ……アディ」
「アディ?」
意思疎通がはかれたことを喜ぶように、笑みを浮かべている。
まだあどけなさの残るその笑顔に、俺もつられて微笑みを返した。
そして、アディは俺を指差し、頭を横に少し傾けた。
俺の名前を訊いているのだろう。
「シュ、シュンスケ・タチバナだ」
俺は自分の名前を告げた。
「シュースケィ?」
どうやら発音しにくいみたい。
めんどくさいので愛称で呼んでもらうか。
自分を指差し、言い直す。
「シュン」
「シュン?」
俺も笑顔で、うんうんと頷く。
この世界で初めて、意思疎通ができた瞬間だった。
まずは、何事もはじめの一歩から、だ。
アディは何度も俺の名前を呼びながら、工房の案内をはじめた。
そこは、俺の予想どおり、弓と矢を製造する工房だった。
実際に作業をする作業場と奴隷の生活する部屋で一つの棟になっている。
その他に、材料や完成品を置いている倉庫、そして親方たちの住む住居がそれぞれ別棟になっている。
工房の裏手には、弓を試射するのであろう、射場と的場がある。
そして敷地と道路や隣地との境界には、丈の低い垣根が設けられていた。
その工房で、俺に与えられた仕事は、矢の製作であった。
他の奴隷たちも作業場で、丸太の切り株を椅子代わりにして座り、矢を作っている。
現世では、俺は一応ホワイトカラーの仕事をしていたので、体力にはあまり自信がなかった。
重労働の作業じゃなくて助かったと思う。
他の奴隷たちに比べても、俺の体は華奢であることがわかる。
そのうち、体を鍛えなきゃだめかな、生き延びるためには……
奴隷に身を落とした今、何の権利も財産も無い今、頼れるのは自分の身ひとつなのだから。
矢作りの作業はアディが教えてくれた。
原材料は、細長く切り出された、長さも太さも不揃いの木の棒だ。
それを小刀で丸く、太さが均等になるように削って矢柄を作る。
長さを整えた後、中央に長い溝の入った二つの石で挟んで、窯に入れる。
これは矢の曲がりを矯正して、強度を増す工程だ。
窯から取り出してしばらく冷ました後、ニカワを塗って矢羽を付ける。
最後に矢じりをつけて紐を巻き付け固定する。
矢の長さや矢じりの種類には、いくつかのバリエーションがある。
大まかには以上のような作業手順だ。
俺にも座るための切り株が与えられ、見よう見まねで矢作りの作業を始めた。
最初の頃は、削りすぎて細くなってしまったり、長さを短くしすぎたりして、不良品を作ってしまい、怒られたりもしたが、次第に慣れていった。
俺は現世で木工の経験は皆無だったのだが、わりと手先が器用だったのが功を奏した。
その仕事は、俺にとって全く苦にならなかった。
奴隷商店に売られた時は、その先重労働に使役されることも想像していたので、この工房に売られて軽作業に従事できたことは、とても幸運であった。
大きな岩を担いて運んだり、ガレー船に乗せられて大きなオールを漕いだりすることに比べれば、ね。
食事は、朝昼晩と三食与えられた。
硬いパンと塩味のスープ、エルフに食べさせてもらった不味い料理と同じだ。
豆や、芋やカブなどの根菜類が入っていて、栄養価的には問題なさそうだが。
肉が食べたいけれど、奴隷に高価な肉なんて食わせないだろう、きっと。
まあ、ベジタリアンを気どるのもいいかも、と前向きに考えることにした。
夜は、夕食後しばらくはランプを灯して奴隷どうし談笑しているが、早めに就寝する。
朝は日の出とともに起床し、朝食をとったら作業の始まりだ。
そんな単調な奴隷生活を、俺は受け入れ、続けていくことにした。
この異世界で生き伸びるために。
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