第五話 「ハンターの救援 その二」
どれほどの時間が経ったのだろう。
起こされるまでが一瞬であったように感じた。
周りは薄暗い森の中であるが、朝の清々しい空気が漂っていた。
朝食として、硬いパンと木の実の入ったスープをごちそうになった。
美味しくない……というか、はっきり言って不味い。
薄い食塩水を飲むようなイメージである。
それでも、空腹が満たされていく感覚は、心地よいものであった。
すでにエルフ達は、俺に全く興味を示さなくなっていた。
運搬するただの荷物、モノ扱いだ。
立て、馬に乗れ、と短く言うように身振り手振りで指示を出すだけだ。
まあ、乱暴に扱われるよりは、とってもマシだが。
この世界のことについて、出来れば詳しく教わりたかった。
これから、ここで生き延びて行くために必要な知識を。
そして、可能であるならば、元の世界に戻るための情報を。
しかし、それが叶わぬことだと、諦める他なかった。
馬での移動はそれから半日ほど続いた。
森を抜けてからは、視界が大きく広がった。
薄い雲のかかった青空と、ちょうど真上あたりに上った太陽が、陽の光を降り注いでいる。
緩やかな起伏のある草原が延々と続いており、その緑の絨毯を縫うように、踏み固められた街道が続いていた。
遠くの空には急峻な山脈が、その山肌を雪で覆いながら鎮座している。
直射日光に当たっているため暑さを感じるが、湿度が低いせいか苦にならなかった。
俺はといえば、馬には乗り慣れていないので、尻の痛みに悲鳴を上げていた。
片尻を浮かせたり、中腰になったりを繰り返し、なんとかしのいでいた。
その痛みが限界を超えたあたりで、ようやく一行は街に到着した。
外側から見た街は、いくつかの高い建造物、お城や教会の塔のような建物が確認できたが、それ以外は街の外周を囲む高い城壁で隠されていた。
高さ4~5メートルほどの石造りの壁が延々と街を囲んでいる。
城壁の上には兵士? 守衛? が歩いて見回っているようだった。
革の鎧を着込み、革の兜をかぶり、手には槍を持っている。
物騒な世の中なのね。
大きな城門をくぐる時に衛兵の誰何があったが、エルフが木の札のようなものを見せて、何事もなく街に入ることができた。
衛兵が俺を見たときに、珍しいものを見るようにその眼を一瞬大きく広げたが、そのまま通された。
街は、人があふれるように、活気を見せていた。
食料品や日用品を売る店があったり、道端には露店が並んでいたり、それらを買い求める人達で賑わいを見せていた。
街の中では、俺達は馬を降りて、歩いて移動した。
尻の痛みに悩まされていた俺にとっては、大歓迎であったが。
時おり、街の人々の会話が耳に入ってくるが、やはり意味がわからなかった。
しかし、俺にとって意外な発見があった。
ここの人達は、耳が尖っていない。
エルフじゃない……
てっきりエルフの街に来たのかと思っていたが、そうではなかった。
逆に、この街ではエルフという種族が珍しいのだろうか。
街の人々のエルフを見る目が、奇異な存在を見るかのような、そんな空気を含んでいた。
そんな中、街を貫く幅の広い通りを、馬は進んでいく。
そうして、俺達がたどり着いたのは、レンガ造りの大きな屋敷の前だった。
屋敷はその周囲を塀で囲まれており、正面に大きな門があった。
その大きな門の上には看板が下がっており、文字らしきものが描かれているのだが、やはり読めない。
エルフたちと一緒に敷地の中に足を踏み入れると、恰幅の良い中年の男性が出てきた。
ここの主人だろうか。
周囲には、この屋敷の住人か、あるいは勤め人なのか、数名の男女があちらこちらに見える。
主人とエルフは、何やら交渉を始めた。
時おりエルフが俺の方を指さしたり、主人がじっくり品定めをするように見つめたりする。
そして、とうとう交渉がまとまったようで、主人は懐から布の包を取り出してエルフに渡していた。
お金だろうか?
まてよ、それって、俺を対象に売買契約が成立したってことか?
平然と、しかも人目をはばからず、日中堂々と、人身売買が行われる世界なのだとわかった。
ということは、ここは、人身売買を営む商店ということだ。
エルフ達は馬を連れて敷地を出て行こうとするが、俺は店主に手を引かれて屋敷の奥に連れて行かれた。
店主からいくつか言葉をかけられたが、やはり意味がわからない。
俺も言葉を返すが、やはり通じない。
店主は、やれやれといった風に、諦め顔をしていた。
俺も両腕を広げて、肩をすくめる。
店の奥には、扉を挟んで大きな部屋があった。
その部屋には、20人ほどの人間が、木箱や床の上に座っていた。
男も女も、大人も子供もいる。
彼らは黙って俺の方を見ている。
彼らは皆、手かせと足かせをつけていた。
奴隷、である。
俺も同じように、手かせと足かせをつけられる。
革製のベルトを金属の鎖でつないだもので、鎖は充分な長さがあり、日常生活をする上での自由度がありそうだ。
俺をその部屋に残して店主は出ていくと、扉に鍵がかかる音がした。
異世界に召喚された主人公は、いきなり奴隷になってしまいました……か。
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