第四話 「ハンターの救援 その一」
遠くから、馬の蹄の音といななきが聞こえてきた。
熊は俺よりも早くそれに気付いたらしく、既にその方角に向いていた。
クンクンと鼻を鳴らしながら、低い唸り声を発している。
そして、木々の影から二頭の馬が走り出てくる。
馬上には、テンガロンハットをかぶり、マントを羽織った男たち。
長い金髪が風にあおられてなびく。
左手には弓を持ち、右手で手綱を握り、馬を操っている。
害獣駆除を生業とするハンターだろうか。
そうであって欲しい。
そう強く願う。
何故ならば、俺の命を脅かしている害獣が、ここにいるからだ。
俺が生き延びる上で大きな障害となっているこの熊を、なんとかしてくれ!
そう心の中で強く懇願した。
二人のハンターは、その熊を視認するとすぐに、弓に矢をつがえ、躊躇することなく放った。
50メートルはあろうかという距離。
しかし、その矢は二本とも熊に命中した。
う、上手い!
熊は一瞬ひるんだように甲高い悲鳴をあげる。
熊の右肩と背中に矢が突き立っている。
大きく轟くような咆哮を放つと、熊は二人に向かって突進を始めた。
もはや俺のことは後回し。
エサを気にするよりも、敵すなわち自らを害する者を排除することを優先したのだ。
その体に突き立った矢が、その痛みが、熊の本能に警鐘を鳴らしたのだろう。
その突進は、巨体の見かけにもよらず、凄まじいスピードだった。
50メートルの距離が一気に縮まる。
熊の突進、その直線的な動きをあざ笑うかのように、ハンター達は馬を操り、それを易々とかわす。
そしてそのスキを見つけては放たれる矢。
それらの矢は全て、熊に命中していく。
決して熊の間合いに入らないよう、馬をコントロールしながら、流れるような動作で矢を射る。
とうとう、六本目の矢が熊の頭部を貫き、最期の咆哮を残して、熊が絶命して倒れるのが見えた。
俺はホッとため息を漏らした。
先程まで俺の命に爪をかけようとしていた驚異は、取り除かれたのだ。
地上に降りよう、と思うのだが、岩を掴んでいる手が固まったままで、意志に反して動こうとしない。
ハンターの一人が俺を見つけると、馬をこちらに向けて近づいてきた。
もう一人は熊を解体するようだ。
手にナイフを持って熊に近寄っている。
崖の斜面にへばりついている俺に、馬上の人は話しかけてくる。
彼の、彫りの深い整った顔立ちから、欧米人だろうと想像した。
だが、意味がわからない。
これまで聞いたこともない言葉。
俺の記憶にはない言語のようだ。
しかし、命を救ってくれた恩人に対し、お礼を伝えるべきだろう。
「どうもありがとうございました。
おかげで助かりました」
とりあえず日本語で。
返事が返ってくるが、やはり意味がわからない。
俺は感覚のなくなった手をなんとか動かすと、ヨロヨロと地上に降りた。
そして、馬上の男をまじまじと見る。
その端正な顔立ち、銀色の瞳、長い金髪が背中で揺れている。
サイドは髪をレースのように細かく編み込んで、後ろに流していた。
そのため耳がよく見えた。
最も驚いたのは、その男の特徴的な耳の形にであった。
耳が尖っているのだ。
ファンタジー作品ではお馴染みの。
……エルフだ!
その後、何度かコミュニケーションを図ろうと努力したのだが、通じない。
英語やスペイン語、フランス語、ドイツ語、俺の知る限りの外国語で話しかけてみたが、全く通じない。
さらに身振り手振りで意思を伝えようとしたのだが、徒労に終わった。
彼らが、こちらの意思を理解しようという姿勢がないのだ。
俺に対して、全く興味を感じていないように感じた。
異世界にトリップしてきた主人公に対して、その対応はあんまりではないか?
着てる服とか、スーツにネクタイとか、ファンタジー世界ではかなりレアだと思うのだが?
彼らの着ている服は、なめし革のジャケット? というか短めのコートだろうか。
それを腰のところで紐で結んでいる。
ボトムも同様になめし革のパンツで、編み上げの革のブーツを履いていた。
弓は長さ1メートルほどの大きさで、曲線的な”M”字をしている。
持ち手の部分には精巧な装飾が施されてあった。
背中に矢筒を背負い、腰には短剣と幅広のナイフを下げていた。
狩り、もしくは戦闘を目的とした装備である。
さっきのオオカミといい熊といい、この森は生身の人間が手ぶらで容易にうろつける場所ではないことを、しみじみと感じた。
その後は、馬に乗せてもらい移動した。
森を抜ける途中で、一晩を野宿で過ごした。
毛布を貸し与えられ、焚き火のそばで眠った。
目を閉じるとすぐに、泥のような眠りに落ちた。
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