第二十五話 「陰謀」
街の武具屋で不審な男を目撃してから数日後、うちの工房では大変な事が起きていた。
うちの製品の弓を買い求めた客たちから、不良品だと返品を求めてくることが相次いだのだ。
不良品という現象はどれも同じで、弓を引き絞った時に弦が結わえられた部分からポキリと折れる、というものだ。
街のあちこちの武具屋を経由して、その返品された弓は工房に戻されてきた。
武具屋の店主からの苦情と一緒に、である。
さらに悪いことに、店に置かれているうちの製品を全て、返品するという。
不良品を出荷するような粗悪な工房の製品を、お客さんに売ることはできない、というのだ。
そして、その情報は街中の武具屋に広まり、全ての武具屋から締め出しをくらうまでに、そう長い時間はかからなかった。
「こりゃあ……大変なことになっちまったなぁ」
親方が肩を落としてつぶやいた。
先端が折れた弓が数本、作業台の上に置かれており、親方と若旦那がそれぞれ手にとって眺めていた。
まずは破損した原因を究明するのが最優先だ。
弓を引き絞った時に、最も力のかかる、モーメントが最大になるのが弦の結わえられている先端部分だ。
だからこそ、それを見越して、その部分は充分な強度を持つように作られている。
俺も親方に並んで、破損した部位を、その破断面を念入りに観察した。
折れた断面は、ささくれが立つようにギザギザな形状をしていたが、部分的にきれいな、直線的な破断面をしている部分がある。
まるで、ナイフか何かで切り込みを入れたかのように。
俺は、街の武具屋で見かけた不審者を思い出した。
あの男はナイフを持っていた。
傷を付けようとしていた部分も合致する。
奴らの仕業に、まず間違いないだろう、と俺は心の底に怒りが充満するのを感じた。
ふと、工房の玄関の方が少し騒がしくなった。
来客のようだ。
その客は、工房の入り口から中に入ってくる。
背の低い、腹が突き出されるような脂肪をたくわえた男は、その脂ぎった顔にいやらしい笑みを浮かべながら近づいて親方に話しかけてきた。
「おやおや、アーノルドの旦那ぁ。
今回は大変なことをしでかしたそうじゃないですかぁ。
いけませんねぇ、不良品を売りに出しちゃぁ」
自分にまでとばっちりを受けてるんですよ、とか言っている。
反論してこない親方に対して、ネチネチと嫌味を並べ立てていた。
誰? とジュノに訊ねると、ライバル工房の親方だと教えてくれた。
ハンター協会とコネで独占契約を結んだ、あの工房である。
ふと、入り口の外の方に目を向けると、二人の男が玄関先に立っているのが目に入った。
ニヤニヤと笑いながら会話をするその男たちは、ツバを地面に吐き捨てていた。
そしてその二人が、その頬にキズを持つ男と、その両手に入れ墨を掘った男、かつて武具屋で会った不審者であることに、俺は気づいた。
これで繋がった。
この気持ち悪いデブオヤジが黒幕で、あのガラの悪い二人組が実行犯だ。
俺は体の中から怒りがこみ上げてくるのを感じた。
ライバル工房をおとしいれて売り上げを落とさせ、それを機会に自分の売り上げを伸ばそうという、卑劣な考えだ。
それを糾弾して、三人まとめてとっちめてやりたいところではあったが、今は何の証拠もないのだった。
俺は悔しさに身を震わせていた。
こんな理不尽なことがまかり通る世の中なのかと、俺は大いに憤りを憶えたのだが、その時俺にできたことは、奥歯を強く噛みしめることだけだった。
その夜、俺は若旦那に誘われて、夜の街に出かけた。
酒でも一緒に飲まないか、と誘ってくれたのだった。
思えば、こちらの世界に来てからというもの、酒を飲む機会は全くなかった。
ずっと奴隷として過ごしてきたのだから、当然のことだ。
だからこそ、その若旦那の誘いは、俺にとってとても魅力的なことだった。
街は、夜になれば闇に包まれる。
日の入りとともに、街は活動を止める。
電気がないこの世界、明かりはランプ化ロウソクに限定される。
夜の闇に打ち勝つ光量を望むのはなかなか難しい。
誰もが自宅に帰り、眠りにつくまでの短い時間を、それぞれの習慣に従って過ごすものだ。
しかし、その街の一角だけは、そうではなかった。
惜しげもなくランプの光は店内を照らし、火に群がる虫のように、夜に居場所を見出そうとする人々で賑わっていた。
そのような飲食店のひとつに、若旦那は俺を連れて入った。
カウンター席やテーブル席のあるその店内は、ほぼ満席であったようで、入り口の近くまで立ち飲みの客であふれていた。
「大将、二人なんだけど、座れるかな?」
若旦那は店の主人に声を掛ける。
「フェルナンドの旦那、いらっしゃい。
わりぃな、今いっぱいなんだわ。
相席でかまわねぇか?」
「ああ、かまわないとも」
主人の指示で店員が俺達を店の奥のテーブル席に案内した。
その四人がけのテーブル席には、並んで座っている二人の先客がいた。
店員はその先客に声をかける。
「お客さん、申し訳ないんだが、相席させてもらってかまわないですか?」
先客のうちの一人は、手をヒラヒラさせながら「かまわねえよ」と答えた。
「すいませんねぇ」
「おじゃまします」
そんな風に声をかけながら、俺達は席に着いた。
そして、その時、その先客が何者なのかに気づいた。
モヒカン兄弟であった。
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