第十話 「工程改善」

 俺は、アディに工程改善の手伝いを頼んだ。

 改善には、作業のことや作業者のことをよく知っている人の協力が不可欠なのだ。

 

 ジュノが見守る中、俺はアディに説明を始めた。

 

「これまで矢作りは、最初から最後までをそれぞれが一人で作ってきたよね。

 丸く削り出して、窯に入れて、矢羽をつけて、矢じりをつけて、って」

 

「そうだよ、そうやって作るのが矢じゃないか」


「これを、工程ごとに分業制にするんだ」


「分業制って、どうやるの?」


「棒を削って丸くする人、窯に入れて取り出す人、矢羽を付ける人、矢じりを付ける人、ってね。

 棒を削る人は、削り終わったらその棒を窯に入れる人に渡す。

 窯から取り出したら、それを矢羽を付ける人に渡す。

 そんな風に、モノを下流の工程に流していくんだ」

 

「下流に流す……なるほどねえ」


「そして、時間がかかる工程ほど、その人数を増やすんだ。

 この場合、削るのがいちばん時間がかかるよね」

 

 俺は廃材置き場から、大きめの木の板を持ってきた。

 それに矢作りの工程名を順に書いていく。

 さらに配員の人数を書き足していく。

 削りに3人、窯に1人、矢羽に2人、矢じりに2人だ。


「今まで、窯に入れている時間、何も作業はしていなかったよね?」


「そうだね、窯に入っている時間を測るために、数を数えながら待っていたからね」


「このように分業制にすることで、窯に入っている間に、次の矢を石にセットしたり、窯から出た矢を石から取り出したりすることができるだろう?」


「なるほど!」


「それから、窯から出した後も、しばらく何もしていなかったよね?」


「だって、まだ熱いうちは矢羽をつけられないから、冷めるまで待たないといけないじゃない?」


「それも、矢を冷ましているところに何本か貯めておくことで、待ち時間を省略することができるんだよ」


 ここはすんなりと理解できなかったようだ。

 工程間のストレージという概念は、彼には少々難解だったのかもしれない。

 

 作業を工程ごとに分けて、人を工程に割り振る。

 それだけで効率が上がるということが、すぐには理解できないのだろう。

 

「まあ、とりあえずやってみないか?

 誰がどの工程を受け持つのかは、アディが決めてくれないか。

 なるべく、その作業を得意な人が受け持つのが理想的なんだけどね」

 

「わかった、ええっと、ここが僕で、ここがサミーで……

 あれ?

 一人余っちゃうよ?」

 

「それでいいんだよ。

 余った一人には、特別な仕事をしてもらうんだ」

 

 特別な仕事とは、削ったあとの出来栄えをチェックしたり、窯出しの後の曲がり、焼きの入り具合を確認する作業、これまで作業長が兼務してやっていた作業だ。

 その他にも、必要な材料を倉庫から取ってきたり、完成した製品を倉庫に運んだり。

 また、遅れが出ている工程があれば、そこにヘルプで入ってもらうこともある。


「なるほど、わかったよ」


 アディがみんなを呼び集め、説明をしてくれた。

 みんなが理解してくれるように、ジュノも手伝ってくれる。

 アディもジュノも、真剣に説明していた。

 その真剣さが伝わったのか、みんなは理解してくれたようだ。

 

「やってみるか!」


「おう!」


 そして、作業長のアンドレが、工程の順番どおりに作業場の切り株の位置を並べている。

 そう、工程間のモノの受け渡しのためには、工程間の距離が短いことが重要なのだ。

 さすが作業長、理解が早いねぇ!

 

 

 

 そうして、矢の製造工程の流れ作業化、いわゆる生産ライン、による生産が始まった。

 最初のうちは戸惑いも多く、あちこちから質問やボヤく声が聞こえてきたが、次第にスムーズに流れるようになっていった。

 

 そうやってラインが安定して回るようになると、ネックとなる工程が見えてくる。

 削りの工程に時間がかかり、窯の作業者が手待ちになってしまっていた。

 また、矢じりの工程が早くできてしまい、ここでも手待ちが発生していた。


「こういう時は、工程の掛け持ち化をするんだ」


 つまり、矢じりの作業の合間に削りの作業もする。

 二つの工程をどうバランスをとるかは、本来は時間を測り計算して調整するのだが、今はやってみながら調整していく他ない。

 なにせ時計がないのだから。

 

 

 

 次に窯の工程で困りごとが出てきた。

 窯に入れている時間を、従来は数を数えて測っていたのだが、石のセットや矢の取り出しの作業をしているので、数が数えられないと言うのだ。

 時間を測るためのタイマーが必要だ。

 

 砂時計とかないの? と訊いたが、なにそれ? と返された。

 

 ならば、と木の桶を持ってくる。

 そしてその側面の、桶の底と同じ高さのところに小さな穴を開ける。

 桶の中に水を注ぎ入れると、穴からチョロチョロと水が流れ出てくる。

 穴には栓をしておき、水を注ぎ、桶の内面に水面のあたりにスジを刻んでおく。

 そして栓を抜き、ちょうど窯入れの時間が経った頃に、その時の水面の位置にスジを入れる。

 上のスジから下のスジまで水面が下がるまでの時間が、窯に入れておく時間、というわけだ。

 桶から出てくる水は、別の桶で受けておいて、次の時間計測に使うようにする。

 これで、即席の水時計の完成だ。

 

 これで、窯に入れている時間を正確に測ることができるようになり、作業者の不安をなくすことができた。

 

 

 

 この改善によって、生産効率はほぼ2倍になっていた。

 ジュノが親方と若旦那に説明をし、ミスをして受注した分も無事に納品できる見込みがあると伝えていた。

 親方からは、「よくやった」と褒められていた。

 自分のミスから招いた危機だったのだが、それを解決できたことに、彼は大きな喜びを感じているようだった。

 親方も、若旦那も、みんな笑顔だ。

 俺はそんな彼らを少し遠くから眺めながら、つられて笑顔になっていた。

 

 そしてジュノは俺のところに来ると、俺に向かって、

 

「シュン、本当にありがとう。

 助かったよ」


「なあに、朝飯前だよ」


 ジュノはポカンとした顔をすると、

 

「え、これから晩ごはんだよ?」

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