第二十三話 「モヒカン兄弟」

 チンピラのような容貌の赤いモヒカンの兄弟が、すぐ近くで大きな声で会話をはじめた。


「なんでぇ、すげえ長い行列できてんじゃねえか」


「そりゃあ、人気の店ですから、兄貴」


「ばかやろう、俺は行列に並ぶの、大嫌いなんだよ!

 知ってんだろう?

 じゃ、なんとかしろよ!」


 そう怒鳴ると、弟分の方が行列のちょうど俺達の前に割り込んできた。

 無理やり体を割り込ませてきたので、カティの肩がぶつかり、押されて俺の方に倒れかかる。

 カティは「キャッ」と小さく叫ぶと、俺の肩に顔をもたれるように抱きついた。

 

 俺はカチンときて、「コノヤロウ」とモヒカンくんの肩を掴もうと……

 

 俺より早く、若旦那が先にキレていた。

 兄貴、と呼ばれていた方のモヒカンにの肩をつかみ、怒りのこもった声をぶつけた。

 

「おい! おまえたち。

 皆、列に並んでるんだ。

 列の後ろに並べよ!」

 

 モヒカン兄弟はゆっくり振り向くと、若旦那の方にゆっくり詰め寄る。

 弟分の方がニヤけながら、凄みを利かせた声で、脅すように喋る。

 

「なんだぁおまえ?

 俺達を『ドルレオーネ・ファミリー』のもんと知って言ってるのか?」

 

 周りの人々がざわつき始めた。

 若旦那は苦虫を噛み潰したような顔で、口ごもっている。

 

 「なに?」という顔で、クララを見ると。

 「マフィアよ」と小声で教えてくれた。

 

 よく見ると、二人とも腰に剣を下げている。

 若旦那も体格では負けていないが、ケンカになったら武器を持っている相手には勝ち目はまず無い。

 だが、若旦那から言い出したからには、引くに引けない形になっている。

 

 ここは、俺が間に入って治めなければ……

 

 って思ってたら、

 

「なによ!

 どこの一家かなんて知らないけれど、割り込んできたあなた達が悪いのですわ!」

 

 カティが火に油を注いでくれる。

 

「なんだと! このアマぁ!」


 弟分は、こんどはカティに向かって凄むと、歩み寄ってくる。

 カティはちゃっかり俺の後ろに回りこんで隠れるようにしている。

 結果的に、俺が弟分から詰め寄られる形になっている。

 

「まあまあ、人目も多いですから、ここは穏便に……」


 さあて、どうやってこの場をおさめたものだろうか。

 俺はこの世界に来てから、努めて体を鍛えるようにしてきた。

 今では多少の筋肉が体を覆うようにはなっていたが、このモヒカン達に比べればまだまだ貧弱だ。

 暴力を行使させることは絶対に避けなければならない。

 特に、腰の剣を抜かせては絶対にダメだ。

 俺はなんとかこの場をおさめる術を模索していた。

 そんな俺の気も知らずに、カティはあっかんべーをしている……

 

「まあまあ、じゃねえ!

 人目が有ろうと無かろうと関係ねえ!

 まさか、ドルレオーネ・ファミリーを舐めてるんじゃねえだろうなあ!」

 

 険しさを増したその表情で、俺をにらみつけている。

 どの世界でも、ヤクザにとってはメンツが大事である。

 一般人に舐められたなんて評判がたってしまっては商売を続けていけない。

 

「いえいえ、舐めるだなんて、とんでもない。

 俺はただ、あなた方のことが心配になっているだけなんですよ」

 

「ああん?

 何を心配されるようなことがあるってんだ?」

 

「ええっと、例えばですよ?

 こんな場所で暴力沙汰になったとするじゃないですか?

 騒ぎが噂になって、広まっていくじゃないですか?

 天下のドルレオーネ・ファミリーが、飯屋の順番待ちで怒り出して、一般人に手を上げたそうだよ、って。

 そんな情けない噂がドンの耳にでも入ろうものなら……。

 ドンはメンツを傷つけられたと思わないかなって」

 

「お、おう……」


 モヒカン達が少しひるんだのが見て取れる。

 

「そうしたら、ドンはどうするかと言うと……

 おい、あいつら呼んでこい、と。

 呼び出しをくらうわけですよね。

 そして、この落とし前をどうつけてくれるんだ?、とメンツ喪失の責任を問われるわけですよ」

 

 モヒカン達の顔色が少し青くなってきた。

 

「じゃあ、落とし前はこの小指で勘弁してもらえますか、と。

 あなた達は自分で小指を切り落とすことになっちゃうのではないかな、と。

 そう思いましてね」

 

 俺は、左手の小指を折り曲げて、手の甲を相手に向けるようにして見せた。

 

 モヒカン達は、明らかに以前までの威勢を失い、顔が青ざめている。

 そろそろ仕上げと行きますか。

 譲歩案を提示して、丸く収めるのだ。

 

 俺が口を開きかけたその時、店の前に大きな馬車が停まった。

 御者が降りてきて馬車の扉を開けると、中から中年の男性が降りてきた。

 

 その中年の男は、スラリと背が高く、がっしりとした体格で、意志の強さと慈悲深さを併せ持ったような、高貴な顔をしていた。

 その服装は、これまで見たこともないような、立派なものであった。

 その肩や胸にはきらびやかな装飾をまとい、陽光の下で輝いている。

 その男の後ろには、金属の鎧を着込んで腰に剣を下げている護衛が二人、付き従っていた。

 

「おやおや、ここは随分と賑やかなことですね」


 その男の出現によって辺りは静まり返っていたこともあり、それほど大きくもないその声は、周囲に響いた。

 その声が聞こえるや否や、周囲の人々は、列に並んでいた客達も、通行人達も、すべてその男に向かって、頭を下げた。

 俺の胸ぐらを掴んでいたモヒカン兄弟も例外ではない。

 

 若旦那が小さな声で俺に指示をしてきたので、俺も頭を下げた。

 

 お店の店主が慌てて出てきて、応対をする。

 

「これはこれは、ヨーゼフ卿。

 ご機嫌うるわしゅうございます。

 私はここで料理店を営んでおります、フィリップと申します。

 お目にかかれて光栄に存じます。

 此度は何用でこのような場所においでいただきましたのでしょうか」

 

「そなたの店が、とても美味しい料理を出すと聞き及んだものでね。

 私の友人がどうしても食べてみたいと申すものだから、こうして前触れもなく来てしまったのですよ。

 ご迷惑でしたかな?」

 

「いえいえ!

 滅相もございません。

 ただいま席をご用意いたしますので、どうか少しの間お待ちいただけますでしょうか」

 

 店主はそう言うと、店内の客を全て追い出し、入り口に『準備中』の札を掲げた。

 その後、店主が男を招き入れるように扉を開けたままに支えると、馬車の中から数名の男女が降り立ち、続いて店内に入って行く。

 彼らも装飾をまとった立派な服を着込み、あるいは凝った刺繍の入ったドレスを着込んでいた。

 胸には、花や動物を形どったブローチやペンダントをつけている。

 男性はシルクハット、女性はつばの広い花飾りのついた帽子をかぶっていた。

 ヨーゼフ卿以外は、年齢の若い、20代と思われる男女だった。

 興味本位で、どのような人物達なのかと、俺はこっそり覗いていた。

 

 ヨーゼフ卿と呼ばれた男とその一行が店内に入っていくと、その場にいた者達はやっと頭を上げ、千々に別れていった。

 

 

 

 俺達は、その人気店を諦め、すぐ近くにある別の料理店に来ている。

 大通りから一本奥まった通りにある、店の軒先に置かれたオープンテラスのテーブル席に着いて食事をしていた。

 カティも一緒である。

 

 俺は、先程の人気店の前で会った人物について、訊ねてみた。

 

「さっきの、馬車から降りてきた人、あれはいったい誰なんだい?」


 クララが、周囲に聞き耳をたてている者がいないかキョロキョロ確認してから、抑えた声で俺にそっと告げた。



 

「貴族よ」

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