第三十三話 「小麦粉」

 カティがやろうとしている料理店は、クララも共同経営者として参加するのだそうだ。

 主にカティが料理全般を担当し、クララが接客面を担当する。

 これから店舗の改装とスタッフの確保、食材の仕入先の選定など色々と準備することは多々あるが、まずは料理メニューを固めたいということだった。

 

 料理店としてパスタ料理を出すにあたり、メニューが一種類だけでは話にならない。

 俺は元の世界の記憶を元に、いくつかの料理の名前をリストアップした。

 

 ・茄子のトマトソース

 ・ほうれん草のクリームソース

 ・海老のトマトクリームソース

 ・ボロネーゼ(ミートソース)

 ・カルボナーラ(生クリーム、卵、黒コショウ)

 ・ペペロンチーノ(ニンニク、オリーブオイル、唐辛子)

 ・ペスカトーレ(魚介類のトマトソース煮)

 ・ボンゴレロッソ(アサリとトマトソース)

 ・ボンゴレビアンコ(アサリと白ワイン)

 

 それぞれ、どんな料理なのかを簡単に説明した。

 カティは料理が得意なようで、言葉で伝えるだけで大体のイメージをつかめたようだった。

 ネーミングは、元の世界のイタリア語の名前では無理があるので、カティに命名してもらうように頼んでおいた。

 

 まずは、試作品を作って味見をしようと提案し、三人で手分けして材料を買い出し、後日集まることにした。

 

 俺は、最も重要になるであろう小麦粉を買うことにした。

 

 小麦粉にも様々な種類があり、元の世界では薄力粉や強力粉といった種類があった。

 俺は生パスタの材料としては強力粉やデュラム麦をよく使っていた。

 この世界でも小麦粉の種類が色々あると思ったので聞いてみた。

 

「なあ、カティ。

 小麦粉にも色々な種類があると思うんだが、どんな種類があるのか知ってるかい?」

 

 俺はあえてカティに訊ねた。

 クララに聞いても、知らなそうだったので……

 案の定、クララは俺の問いに対する答えがカティの口から出てくるのを興味深そうに待っている。

 

「そうですわねえ。

 原料となる小麦の種類はいくつかあるみたいですわ。

 色も、真っ白なものや黄色っぽいもの、いくつか種類がありますの。

 私は、クッキーなどを作る小麦粉と、パンを作る小麦粉は、違う種類を使っておりましたわ」

 

「ふむ、やはりそうか。

 じゃあ、いくつか種類を用意して、そのどれを使用するかは、試してみて決めようか」

 

「はい。

 それが良いと思いますわ」

 

 そうして、試食会の日取りを決めると、その日はお開きとなった。

 

 ちなみに、俺が作ったトマトソーススパゲッティは、きれいに完食されていた。

 皿に残ったソースもパンですくって食べてられてあった。

 付け合せのパンについても色々試してみないとな、などとぼんやり考えながら、工房に向かった。

 

 

 

 事務所の一角で書類仕事をしているジュノを見つけると、忙しい所ごめんね、と声をかけ、相談に乗ってくれないか、と訊ねた。


「いえ、今日はもう特に予定もないので、大丈夫ですよ。

 相談って、僕にできることでしたら、何でも聞いて下さい」

 

「小麦粉をこねて作る料理を考えているんだけどね、どんな種類の小麦粉を使えばいいのかって、よく知らなくてさ。

 もしジュノが小麦粉に詳しかったら、教えてもらえないだろうか?」


 ジュノは元々は街一番の食品問屋の息子だった。

 こういった方面に詳しいだろうと思い、訊いてみたのだった。

 

「もしかして、焼いてパンみたいにするの?」


 いや、そうじゃなくて、と簡単に作り方と完成のイメージを伝えた。

 

 そんな料理は食べたことないけど、と前置きしてからジュノは色々な小麦粉の種類を教えてくれた。

 小麦の種類には『硬質小麦』と『軟質小麦』があり、さらにその中間の『中間質小麦』がある。

 さらに産地や栽培時期によっても違いがあるのだった。

 

 モチモチとした食感を活かしたいと伝えると、粘りが大きくなるものをいくつか挙げてくれた。

 その中では、この国の南東の地方で採れる黄色がかった品種が良さそうだった。

 

「シュンは料理が趣味だったの?」


 ジュノが訊いてきたので、俺は頭を振って答えた。

 

「いや、そうじゃないんだ。

 料理店を始めようとしている知り合いがいてね、ほら、クララの友達のカティだよ。

 メニューを考えるのを手伝っていただんだけど、どうやって材料を選べばよいか分からなくて困っていたんだ」

 

「そうだったんだね。

 もしお店で小麦粉を仕入れるなら、バルデッリ商店から買うといいよ。

 安心、安全、値段だってどこよりも安いと思うんだ」

 

「そこって、ジュノの……」


「そう、僕の実家だよ。

 僕は家を出てきちゃったけど、それでも、食材を扱うなら最高の商店だって、胸を張ってお薦めすることができるんだ」

 

「そうか、わかった。

 カティにもそう伝えておくよ」

 

「あ、僕がこんなこと言っていたとは、兄貴達には内緒だよ」


 ジュノは少しはにかんだように言った。

 

 ジュノと実家との間には、まだ何かわだかまりのようなものがあるように感じたが、それでも彼の実家は、彼にとって誇りのように感じているようであった。

 

 

 

 そして俺は、小麦粉を求めて街へでかけた。

 城壁の西門に近い街区で最も大きな敷地をもつバルデッリ商店を訪れ、その敷居を跨いだのだった。

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