第二十七話 「とことん飲むぞ」

 夜もだいぶ更けてきた頃、モヒカン兄のグレッグが河岸を変えようと言い出した。

 自分らが管理している店の中で、いい店があると。

 ぜひ俺達を連れて行きたい、と。

 

 俺は、工房の問題がまだ片付いていないし、明日の朝も早くから仕事があるから、と遠慮しようと思っていたのだが、

 

「おい、シュン。

 今晩はとことん飲むぞ!」

 

 若旦那は飲み足りなかったらしく、一緒に着いて行くことになった。

 

 しばらく夜風の中を歩くと、目的の店にはすぐに到着した。

 綺麗な装飾のついたドアを開けると、様々な香水の香りが俺の鼻孔をくすぐった。

 女性のスタッフがすぐに出迎えてくれる。

 彼女達は皆、露出度の高い綺麗なドレスで着飾っている。

 

「あら、グレッグとダニエルじゃない?

 いらっしゃい。

 今日は珍しくイイ男連れてきてくれたのね」

 

「珍しく、は余計だろ。

 あ、今日の連れはカタギだからな。

 余計なこと話すなよ」

 

 グレッグがきちんと釘を刺していた。

 見かけによらず、酔っていても気配りができる男だった。

 

 女性スタッフが客一人に一人ずつ付き添い、腕を絡めて席まで案内してくれる。

 そのまま、誘われるままに柔らかいソファーに腰を下ろした。

 

 カウンターの中から、さらに一人の女性がテーブルの側までやってきて、少ししゃがんで目の高さを合わせる。

 そして、いらっしゃいませ、と挨拶をした。

 映えるような赤いシルクのドレスを着て、スリットの入ったミドルのスカートから細く長い脚が伸びている。

 大きく開いた胸元の谷間に、ついつい視線が止まってしまう。

 切れ長の目と鼻筋の通った顔立ちは、しっかりと化粧を施してあるが、目を見張るほどの美人であった。

 

「はじめまして。

 この店の主人のフェリシアと申します。

 今後ともご贔屓に」

 

 妖艶な色っぽさ、とでも言うべきだろうか。

 彼女と目が合うのを感じると、俺は頬を少し赤らめた。

 

「ママ、美味しいワインを持ってきてくれるか?」


 グレッグが酒を頼んでくれる。

 

「かしこまりました。

 ちょうど美味しいのが入ったところなんですのよ。

 少々お待ち下さいね」

 

 そう言うと、カウンターの方に去って行った。

 

 

 

 俺達四人は、娘たちを間に挟むようにソファーに座り、ワインを酌み交わしていた。

 娘たちは、年の頃は二十歳前後といったところだろうか。

 顔にはしっかりと化粧をしており、皆それぞれ個性的な美しさを備えている。

 その若さに反して、話し上手で聞き上手、酒の場で客を喜ばせる術を熟知していた。

 ママさんも輪に加わり、賑やかさがさらに増した。

 前の店でダニエルの失恋話が一段落していたので、俺達の話題は弓の不良品流出事件に移っていた。

 正確には、不良品偽装工作事件なのだが。

 

 程よく酒がまわっていた若旦那が、事の経緯を熱く語っていた。

 他の者達が興味深げに聞いているものだから、若旦那も気分良く話しているようだった。

 

 今は、あの武具屋で怪しい男達がナイフを隠したところを話している。


「それでな、その怪しい男は、俺が取り押さえようとするのをスルリとすり抜け、身をかわしたのさ」


 ちょっと脚色がついている。

 

「しかも、俺に向かって殴りかかってきたんだよ」


 若旦那の隣の娘が「やだっ」とか「きゃっ」とか合の手を入れている。

 

「しかし、俺はその拳を軽くかわすと、カウンターで腹に一撃くらわしてやったのよ」


 過剰な脚色にも目をつぶることにした。

 

「まあ! すごーい!」

「おおお、フェルナンドの旦那、なかなかやるもんだなあ」

「強い殿方って、素敵よねえ」


 場は大層盛り上がっていた。

 

「奴らは、勝ち目がないって悟ったのか、一目散に逃げて行ったよ。

 逃げ足の速い奴らでね、追いつくことができなかったのさ」

 

 と、一段落入れて、若旦那はグラスのワインを飲み干す。

 

「あらら、残念だったわねぇ」


「それで旦那、そいつらの顔は憶えてるのかい?

 見つけ出して、とっちめてやりゃあいいじゃねえか?」

 

 ダニエルがそう発言する。

 

「いや、とっさの事で顔をよく憶えていないんだ。

 それに、証拠もないし、動機だってわからないしね」

 

 苦虫を噛み潰すように、若旦那はそう言った。

 

「あ、俺は憶えてますよ」


 そこで俺は口を開いた。

 場が一瞬静まり、全員の目がこちらを向く。

 

「一人は、頬に大きなバッテンの傷跡がある男。

 もう一人は、両手に入れ墨を掘っていて、右手が蛇、左手が剣の模様だった」

 

 背格好や顔の雰囲気まで、覚えていることを話す俺を、よく覚えてるな、と若旦那は目を丸くして驚いていた。

 

「でも、証拠が無いと、どうすることもできねぇよなぁ」


 と、グレッグが残念そうに言葉を吐く。

 

「今日、ライバル工房の親方がうちにイヤミを言いに来たんだけどさ。

 その時、その親方と一緒に付いて来ていたのが、奴らだったよ。

 ボディガードのようにしてたね。

 金で雇ってるのはまず間違いないだろうね」

 

「じゃあ、そっちの工房の親方っていうのが、今回の事件の黒幕ってことなのね?」


 隣の娘が目を輝かせて訊ねる。

 

「十中八九、間違いないだろうね。

 うちの工房が矢の取り引きでかなりシェアを奪っちゃったから、俺たちのことをかなり恨みに思ってるはずだよ」

 

 俺はグラスのワインを見つめながら、自分の推理を伝える。

 そして、グラスのワインを飲み干した。

 

「そいつら、全く頭に来る奴らだぜ。

 俺達のシマで、そんなチンケなことをしでかすのが、無性に腹立たしいってもんさ」

 

 ダニエルは本心から怒りを覚えているようだった。

 

 グレッグも「全くその通りだ、けしからん」と同意を示す。

 

「そんなわけで、俺とシュンがやけ酒しようと店に行って出会ったのが、こちらの兄弟ってわけさ」

 

 若旦那が解説すると、皆が微笑んだ。

 

「きっかけは嫌な出来事ですけれど、こんな素敵な出会いは、素直に喜ばないといけませんわね」


 ママは妖艶な微笑みを浮かべながらそう言うと、皆のグラスにワインを注ぎ、乾杯を促した。

 

 

 

 それから、その後は何回の乾杯をしただろうか。

 

 俺は記憶がなくなるまで、その夜を飲み明かした。

 

 この世界に来て初めて飲んだ酒の味は、格別なものになった。

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