異世界エンジニア ~チート能力がなくても、現世の知識で生き延びることが出来るか~
タケシ シュナイダー
第一話 「プロローグ」
夜の帳が下り、東の空には満月が雲の切れ間から顔をのぞかせていた。
俺は今、地方都市の中心を南北に貫く幹線道路を郊外に向けて車を走らせている。
いつもの渋滞はそろそろピークを過ぎようとしていた。
俺はその車列の中で、のろのろと進んでは止まり、を繰り返していた。
俺の名前は、橘 駿介。
35歳、バツイチ、独身である。
中小企業の機械メーカーに勤めている。
基本的には設計が担当業務なのだが、従業員が少ないために営業も兼ねている。
今日は受注した設備を客先に納入するための、据え付け工事の立会いをしていて遅くなってしまった。
工事の進捗を客先の担当者に報告し、工場を出たのは午後9時を回っていた。
助手席には会社の後輩の高橋がうつらうつらと船を漕いでいる。
こいつ、先輩に運転させといて自分は爆睡ぶっこくとは、なんてヤツだ。
まったく、最近の若者は……って、俺はそんなセリフを吐く歳になっちまったか。
まあ、それでも、今日は彼なりに、慣れない仕事に精一杯取り組んでいたな。
一日中の現場仕事で、疲れて眠ってしまうのは、仕方のない事かもしれない。
「おーい、高橋ぃ、そろそろホテルに着くぞ~」
夢の世界から引き戻された高橋は、目をこすりながらキョロキョロと周りを見渡す。
「あ、すみません、寝落ちしちゃってました。
お疲れさまです」
「いいよ、気にしないで。
メシはどうする?」
「ええと、そうですね……」
高橋はしばらく考えた後、コンビニで弁当を買ってホテルの部屋で食べます、と答えた。
やはり、今日は彼にとっては少々ハードだったかも知れない。
部屋でゆっくり休むのがいいだろう。
「りょーかい。
俺は駅前の店で一杯飲んでくるわ」
「わかりました」
連泊しているビジネスホテルの駐車場に車を停め、二人は別れた。
ホテルから5分も歩くと、駅前の商店街がある。
ドラッグストアやスーパーなどは既に閉まっているが、ファーストフード店やファミリーレストラン、ラーメン屋といった店はまだ営業中だ。
そんな中から、ちょっと古くて小さめの居酒屋を選び、暖簾をくぐることにした。
「いらっしゃい!」
店内に入ると、店員が元気な声で迎え入れてくれた。
アルバイトの若い女性の店員さんに「一人です」と告げると、4人がけのテーブル席の一つに案内された。
店内には3~4人組の客が3組ほどいて、どこも陽気に会話をしながら飲んでいる。
俺は生ビールとツマミを適当に注文しながら席に着いた。
俺の背後のテーブル席には、4人のスーツ姿の若い男女が、楽しそうに会話をしていた。
もうかなり出来上がっているようで、話し声のボリュームが大きい。
聞き耳をたてなくても、会話の内容が伝わってきてしまう。
「あの~、私って~、霊感が強いじゃないですかぁ~」
ちょうど俺と背中合わせの席から、小鳥がさえずるような女性の声がする。
ろれつがかなり怪しい。
「知らんがな」などとつっこまれているが、話を続けた。
「昨日の夜なんか、金縛りになっちゃったんですよぉ~。
それでですねぇ、枕元に……出てきたんですよぉ~」
死んだおじいちゃん? それともおばあちゃん? などと合いの手が入る。
「おじいちゃん! それと、おばあちゃん! あと、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんも!」
それはすごいな!
想像を超えてきた。
「それだけじゃないの。もう、なんかね、先祖代々の、私が知らない人たちまで出てきちゃってね。もう、い~っぱいなの!」
オールスターかよ! 賑やかな枕元よねぇ。どんだけ幽霊に好かれてるんだよ。などと突っ込まれている。
「それでね、みんな口々に、気をつけろ~とか、連れてかれるぞ~とか、そんなこと言うんですよぉ」
「それ絶対なんかの前兆やな。
拉致られてどっか連れて行かれるんちゃうか?」
「いや~ん、あたし、お持ち帰りされちゃうの~?」
「誰がこんなん持って帰るかい!」
「「あはははは」」
そんな会話を背中で聞きながら、俺はビールをぐびりとひと口あおり、枝豆を口に放り込んだ。
うまい!
やっぱ、ビールと枝豆って最高の組み合わせだな。
特にこの枝豆は、塩加減が絶妙だ。
いい店見つけた。
明日も来よう!
しばらくすると、俺の背後の女性が立ち上がる気配がした。
「ひょっと、おろいれいってきま~ふ」
かなり酔っている。
足元がふらつき倒れかかるのを、俺の肩に手を付いて支えた。
俺の上体が揺らされる。
俺はちょうどビールを飲もうとジョッキに口を付けていたので、はずみでビールをこぼしてしまった。
うわー、このズボン、明日も履くんだけどなぁ。
この酔っ払いめ、と怒りがこみ上げてくる。
「ああ!ごめんなさい!」
彼女は謝ると、ハンカチを取り出して濡れたところを拭いてくれようとする。
ある程度酔っているんだろうけど、真摯な対応をしてくれたことで、俺の怒りも収まってきた。
気持ちよく酔っているところに、中年男から怒鳴られたりしたら、気分も下がっちゃうよな。
俺も、人に対して怒りを感じたまま、一日を終えることはしたくない。
ここは寛大な気持ちで、気持ちよく対応しよう。
俺もおしぼりで拭きながら「大丈夫ですよ」と言ってあげる。
「ほんと、すみませんでした!」
と頭を下げると、よろよろしながらトイレに向かって歩いていった。
彼女は、グレーのスーツ姿で下はスカート。
おとなしめの茶色の髪はゆるやかなウェーブがかかっており、ピンクの髪留めで後ろでまとめられていた。
小柄で、華奢なイメージのする彼女の後姿がなぜか気にかかり、俺はしばらく眼で追っていた。
その後しばらくして、俺はビールを2杯飲み干した後、ホテルに戻ることにした。
隣のテーブルの客は、すでに店を出たあとだった。
腕時計をちらりと見ると、あと少しで日付が変わることを告げている。
勘定を済ませると、店を出てホテルへの道を歩き出した。
駅前商店街を少し離れると、人通りもほとんどなくなり、街灯の明かりもまばらになっていく。
近道をしようと、狭い小道への角を曲がった。
さらに薄暗い道だが、気にしない。
するとその先に、壁に手を付いてうつむいている人影が目に入った。
街灯の明かりが届かない路地であるが、今日は満月で雲も少なかったので、その姿ははっきりと見えた。
グレーのスーツで下はスカート、ピンクの髪留め……
先ほどの霊感娘だった。
どうしよう……
見なかったふりして立ち去った方がいいだろうか?
明日の仕事のことを考えると、もうホテルに帰って寝ないといかんのだよな。
彼女、さっきの店でもかなり酔ってたし、飲みすぎだろ。
よく見ると、彼女は息を荒くして苦しそうにしていた。
ハァハァと肩を上下させている。
その苦しみ方が尋常ではないように思えた。
もしも、命に関わるような事態だったら、それを見過ごして大事に至ってしまったら、俺はきっと大きく後悔するだろう。
でも、もしも、声を掛けることが相手にとって迷惑で、もし痴漢に間違えられてしまったらどうしよう。
まあ、その時はその時だ。
思い切って、声をかけることにした。
「あのー。
だいじょうぶですかー?」
彼女の顔を覗き込むようにして声をかけると、彼女の腕が弱々しく俺の肩につかまる。
そして、懇願するように、そして囁くような声で、
「助けて……呼んでる……連れてかれる……」
気持ち悪いのか? とたずねるが、俺の声は届いていないように、彼女は囁き続ける。
「助けて……私を、連れて行かないで……」
彼女の体が細かく震えているのが伝わってくる。
連れて行かれる? ……さっきの店で話してた、枕元のじいちゃんか?
酔っ払って幽霊の夢とか見ちゃってるのかな?
ふと、異常な雰囲気を感じて、俺は周囲を見渡した。
二人の周りの空間に、ホタルのような光がいくつも、ユラユラと揺らめいていることに気付いた。
その幻想的な光の粒子は二人をとりまいている。
そしてその光の粒は、次第に増殖し輝きを増しているようであった。
さらに足元に目をやると、地面に光の輪が描かれているのに気づいた。
複数の円が地面に光っている。
そして幾何学的な模様、記号のような文字のようなものが中に描かれていく。
アニメや漫画では目にしたことのある。
あるいは昔よくやったテレビゲームでも見たことがあっただろうか。
これは……魔法陣!?
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