第3話:紅と蒼の瞳③

【side:めぐみん】


ま、マズい……よりにもよって一番バレたくない人にバレそうだ……。いったいどうやって誤魔化せば-

「お前の習得したい魔法って、やっぱ爆裂魔法なのか?」

もうバレてるぅぅぅ!?

「な、ななな何を根拠に……?」

「もうその露骨に挙動不審な態度が動かぬ証拠だが、強いて言うなら……オメー多分もう上級魔法習得できるだけのポイント貯まってるだろ?なのにまだ習得しないとなると、考えられる理由は2つほどある」

「ふ、2つ……?」

「一つはスキルアップポーションを余分に貰って、冒険に出る際の資金源にしようとしているか。ポーションはこの里でも貴重品だが里の外はその比じゃねー。いくつか適当に売りさばけばしばらく遊んで暮らせる程度の金が手に入る。……まあこの可能性は低いが」

「な、何故ですか…?」

その話を聞かされて、今まさに揺れそうになっているのは秘密だ。 

「普段ゆんゆんから意地汚い手で飯たかったりしてる乞食みてーなキャラのくせに、オメー変なとこで真面目だからな。この手のズルは思い付いても、罪悪感か邪魔して実行できねーだろうし」

「誰が乞食ですか誰が!」

この男はひょっとして喧嘩を売ってるのか?普段なら買ってやるところだが、今はそれどころではないのでそれは後回しにする。

「で、二つ目は上級魔法以外に覚えたい魔法がある場合だが……お前さっきの授業で言ってたよな?戦闘の上で最も大切な物は破壊力だって。となるとお前が覚えたい魔法は上級魔法以上の火力を持つ、爆発系統の魔法という線が有力……で、あんな本を熱心に読んでるからには、覚えたいのは爆裂魔法だろーな」

「う、うぐぐ…!」

か、完全に看破されて何も言い返せない……なぜその知力を普段の授業で発揮できないのだろうか。

「にしても、爆裂魔法かー」

「……みんちゃすも、おかしいと思いますか?」

「あ?」


爆裂魔法……習得が極めて難しい爆発系統の魔法の中でも、最上位に位置する魔法。究極の破壊魔法にしてあらゆる存在にダメージを与えられる最強の攻撃魔法。

……反面、バカ高いスキルポイントが習得に必要であり、魔力消費が凄まじく多量の魔力を保有する者でも一発も撃てないことが多い。よしんば撃てたとしても、その威力はモンスターだけを仕留めるにとどまらず、周囲の地形までも変えてしまう。ダンジョンで唱えればダンジョンそのものを倒壊させ、魔法を放った時のあまりの轟音に、周囲のモンスターをも呼び寄せてしまう。

……そのため、爆裂魔法は自爆芸も同然のネタ魔法であるという認識が一般的らしい。

子供の頃に見た、全てを蹂躙するかのような破壊の魔法。それに対して抱き続けてきた想いが、ほんの少しだけグラつきつつある。

私は……間違ってるのだろうか?

「爆裂魔法はネタ魔法で……それを覚えようとするのはバカげてると、そう思うのですか……!?」

「いや知らんよ、興味ねーし」

「………」

「おい、執拗に俺の足に蹴り入れんな。痛いだろーが」

人が一大決心して打ち明けたことを興味ないで済ませる男なんて滅べばいい。だいたい何が痛いだ、いつも通りの間抜け面のままではないか。……というか蹴っている私の足の方が痛くなってきた…鍛えすぎじゃないかこの脳筋は。

「……でもまぁ、いいんじゃね?周りの評価なんざアテにしなくてもよ」

「急に真面目な回答しやがりましたよこの男……しかしそうは言ってもですね、私は横柄が服を着て歩いているようなみんちゃすのように、傍若無人に振る舞えるほど図太い訳では……」

「平然と毒吐くお前は十分図太いと思うが……つーかあまりガッカリさせんなよー。お前には俺のライバル候補として一目置いてたのによー」

「私が…ライバル……?」

ゆんゆんといい、私の預かり知らないところで勝手にライバル認定されても困るのだが……それに、どうしてみんちゃすが私に?確かに私はクラスで圧倒的にトップの成績だが、魔法を使えない現時点でみんちゃすに勝てると思うほど自惚れてはいない。

「あ、別に成績とかは全然関係ねーよ。オメーは俺と同じ、フロンティアスピリッツを持ってるだろうからな」

「……何ですかフロンティアスピリッツって?」 

確かにそこはかとなく紅魔族の琴線の触れる響きではあるが、全く身に覚えが無い。

「めぐみんよー、アークウィザードになったからには目指すのは、史上最強の魔法使い一択だよな?」

「ええ、言うまでもありませんね」

「そのためには教えられた通り進んでるようでは全然足りねーと俺は思う。本当に必要なのは道無き道を自らの手で切り開くフロンティアスピリッツだ」

「ッ!?」

道無き道を、自らの手で……!?

「爆裂魔法はネタ魔法だって皆言ってる?書物にも載ってる?大いに結構じゃねーか。言ってる奴全員を鼻で笑えるほどぶっちぎりに最強になって、『爆裂魔法は完全無欠最強無敵』だって愚民共に書かせればいいだけだ。

上級魔法止まりの量産型アークウィザードになって温い人生を歩むくらいなら、どれだけいばらの道だろうが俺はそっちを選ぶぜ」

頭をトンカチで殴打されたかのような衝撃だった。道無き道を自らの手で切り開く……それがフロンティアスピリッツ……




………それだ! 

「ふ、ふふふ…ふふふふふ……その通り!その通りですよ!たとえ誰に否定されようが、爆裂魔法の素晴らしさは、いずれ最強となるこの私の手でこの世に刻みつければ良いのです!そう……私の歩む爆裂魔法の爆裂魔法による爆裂魔法だけのための爆裂道は、誰かにお膳立てされた二番煎じでは断じてありません!私が切り開くオンリーワンでなくてはならないのです!」 

どうしてこんな簡単なことに気づかなかったのだろう。紅魔族随一の天才である私としたことが一生の不覚。それを気づかせてくれたみんちゃすには感謝しないと- 

「そう、オメーが選んだこそが覇道となるんだ。たとえ……くっ……!」

突然みんちゃすが顔を抑えてうつむく。いったいどうしたのだろうか?まさか、どこか具合が…?


「たとえそれが1日一回しか使えない、くくっ……ガッカリ魔法がメインウエポンの道だとして、も……だはははははは!もうダメだ…っ…ひゃははははアカン腹痛ぇー!!」

そう言ってその場にうずくまり腹を抱えて笑い転げるみんちゃす。


おい。



おい!!!

「おいこのヤクザ魔法使い、何景気良く爆笑してやがるんですか!?嘘ですか!?さっきまでの力説は全部デマカセなんですかこの野郎!」

「いやいや…っ!フロンティアスピリッツが大事なのは、本当だけどよ…っ…だからと言って無いわー。爆裂魔法は無いわー。一日一回切りの魔法一本でやっていくとかただのマゾだわー」

なんでこの男はいつもいつも、最後の最後で綺麗に終わりそうな流れをぶち壊すのだろうか。

「こんの…っ…殴る蹴るしか能の無いなんちゃってアークウィザード(笑)にどうこう言われる筋合いなんかありませんよ!」

「あ、言ったな!言ってはいけないことを言ってしまったな!人が真剣に取り組んでることを嘲笑うなんて最低だぞめぐみん!」

「どの口がいいやがりますか!」

「「ガルルルルル……」」

お互い視線だけで人を殺せそうな目で睨み合い、いつ乱闘が始まってもおかしくないその状況で…


「ちょっとあんた、何それ?ちょーウケる!なになに、友達いないの?」

そんな場違いな声が図書館に響きわたった。そちらを見れば、クラスメイトの一人とゆんゆんの姿がある。

「大事な幼馴染みがピンチですよ、早く行ったらどうですかチンピラ」

「オメーもライバルじゃねーのかよ……まあいい、声かけたらどうせそそくさと逃げるだろ」

「あなたもゆんゆんに次くらいに変人でボッチですからね。まさに似た者同士です」

「オメーもボッチかつ爆裂バカの変人だろうが……まあ確かに何か俺怖がられてるよなー。話しかけてくるのはゆんゆんか、あるえやオメーみてーに図太い奴だけだし」

そりゃあ、仮にも凄腕魔法使いである担任をシバき倒すような人を怖がらない人はそういないだろう。


「と、友達は……。その……」

「いないんでしょ?でなきゃ、そんな……。……『魚類とだって友達になれる』……?ね、ねえ。その本はやめときなさい。せめて哺乳類にしときなよ……」


「なぁ…どうしても行かなきゃ駄目か?ちょっと俺、無性にこの『暴れん坊ロード』か『仁義なき貴族達』を読みたくなってきたんだが」

「いたたまれなくなる気持ちはわかりますが頼みます。『暴れん坊ロード』は私が読破しておくので」



午後の授業は急遽中止になった。里の人が邪神の墓を捜査したところ、どういう因果か本当に封印が解けかけていたらしい。教師達は再封印のため駆り出され、生徒達はそのまま下校に。

私とゆんゆんは一緒に下校し、奢ってくれるというのでそのまま喫茶店へ来ていた(二度ほど面倒臭いやりとりがあったが、まあいつものゆんゆんだ)

「らっしゃい! 紅魔族随一の我が喫茶店にようこそ! ひょいざぶろーさん家の娘のめぐみんじゃないか。紅魔族随一の天才だって評判の。外食とは珍しいな、何にするんだい?」

「カロリーが高くて腹持ちの良い物をお願いします」

「めぐみん、女の子の注文の仕方じゃないわよ!あの、店主さんのオススメの物で……」

里に一つしかない喫茶店のテラスで、私とゆんゆんはだべっていた。父の知り合いらしい店主がメニューを差し出す。

「オススメか。今日のオススメは『暗黒神の加護を受けしシチュー』、または『溶岩龍ようがんりゅうの吐息風カラシスパゲティ』だな」

「カラシスパゲティで」

「私はメニューにある『魔神に捧げられし子羊肉のサンドイッチ』をください」

「あいよ!溶岩龍の吐息風カラシスパに、魔神に捧げられし子羊肉のサンドイッチだな!ちょっと待ってな!」

「カラシスパゲティで!」   

なぜか真っ赤な顔のゆんゆんが名称を訂正する中、私が備え付けの果汁入りの水をちびちび飲んでいると、神妙な表情でゆんゆんがおずおずと訪ねてきた。

「ねえ、めぐみん……。その、突然だけど、訊いてもいい?」

「なんですか?ご飯奢ってくれましたし、大抵の事なら答えますよ。私の弱点とかですか?今の弱点は甘い物です。食後のデザートが弱点ですね」

「そんな事聞いてないわよ!それにどこが弱点なのよ!?いつもモリモリ食べてるじゃない!」

「甘い物は乙女の敵って言うじゃないですか。それで何が聞きたいんです?」

先を促してやると、ゆんゆんが途端にモジモジしだす。みんちゃすではないが、どうもこの子を見ていると嗜虐心が煽られてしまう。

「ねえめぐみん、めぐみんって、好きな男の子とかいる?」

「ゆんゆんが色気づいた!」

発言を受けて立ち上がった私に、ゆんゆんが泣きそうな顔で慌てて言った。

「ち、違うから! ほら女友達との会話ってさ、普通は恋バナとかする物なんでしょ!?そういうのに憧れてただけだから!別に好きな人がいるとかじゃないからっ!」

「たま~にみんちゃすと良い雰囲気のときがあるなと少しばかり懸念してはいましたが、私の知らない内にここまで……」

「いや違うからね!?みんちゃすは、その…放っておいたらどこまでも無茶して危なっかしいなとは思ってるけど、別に好きだとかは、ちょっとまだ……」

やっぱ色気づいてるじゃないか。

というかゆんゆんに危なっかしい呼ばわりされるのはみんちゃすだって不服だろう。

この件は今度追求するとして、私は再び席に座り直す。

「何と言うか、ゆんゆんは紅魔族の中でも変わってますよね。体育の時も格好良いポーズを恥ずかしがってロクに決められないとか」

「や、やっぱり私が変わってるの!?私、小さな頃から、この里の人達って実は変なんじゃないかって思ってたんだけれど……」

私の言葉に落ち込む、みんちゃす以上に変わり者のゆんゆん。彼女がクラスの中で浮いてるのは、こういった所があるからかもしれない。

「で、ゆんゆんはどんなタイプの男性が好みなんですか?」

「えっ!?」

私に話を振られ、目を白黒させて赤くなるゆんゆん。

「するんでしょう?恋バナ。ちなみに私は、甲斐性があって借金をするなんてもってのほか。気が多くもなく浮気もしない。常に上を目指して日々努力を怠らない、そんな誠実で真面目な人が良いですね」

「誠実で真面目な人……かあ。めぐみんって意外と優しかったり面倒見がいいところもあるから、その真逆なタイプのどうしようもなくダメな人に引っ掛かりそうな……痛い痛い!じょ、冗談だから!……私は-」

「短気で横暴で意地悪で気まぐれでマイペースで傍若無人でとんでもないサディストだけど、いざというときはいつだって手を差しのべてくれる、オッドアイの脳筋な武闘派魔法使いですよね?言わなくても分かってますよ」

「待って!?それ明らかに個人を指してるよね!?違うからね!……本当に違うからね!」


ーーー穏やかな昼下がり。

自称私のライバルと、取りとめのない話をしながら帰宅した。

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