第7話:修羅と夜叉と……ぼっち?
【sideみんちゃす】
裁判が終わって数日後。
ララティーナのおかげでどうにかカズマの処刑は先送りになったものの、その間に魔王軍の手先でないことの証明と、ついでにあのクソ領主の屋敷の弁償をしなくちゃならなくなった。もうあのブタ殺っちまえば済むんじゃね?まだ泳がせろって親分に釘刺されてるからしねーけどよ。
……まあ屋敷の弁償の方はまだ良い。どうやらカズマには何か良い策があるらしく、先日ウィズのもとへ何やら相談しに行っていた。それに俺ならどうにか工面できる額だったし、もしいよいよとなればカズマが遠慮しようがお構いなしで立て替えておくか。
だが魔王軍の手先でない証明……これが中々難題だ。幹部の一人でも討伐できりゃ手っ取り早いんだがどいつもこいつも強敵揃い、しかもカズマの無実を証明するのだから俺だけではなくカズマが直接戦わなくてはならない。カズマは問題児揃いのパーティーをどうにか回しているだけあって、リーダーとして評価するなら及第点と言える資質を持っている。……が、カズマ個人の戦闘能力はぶっちゃけ駆け出しの枠を出ない雑魚そのもの。ドレインタッチが使えるので闘気使いには有利だが、闘気を発現させる程の近接の名手には直接触れる前にあっさり殺られるだろう。
さてと困ったな、どうしたものか……
「……みんちゃす、心ここにあらずで集中が乱れてるぞ」
と思考の海に沈んでいた俺は、リュウガの呆れたような声で現実に引き戻される。
現在ただ今アクセルの街からちょっと離れた平原にて、リュウガに闘気の扱いを教わっていた。独学だとどうしても限界があるし、俺の知り合いで頼れそうなのはこいつぐらいだしな。
「まったくお前ときたら……こっちはお前が闘気術を教えて欲しいとわざわざ頼むから、わざわざ貴重な休日を返上したんだぞ」
「オメーの休日の過ごし方なんざどうせ、縁側て茶飲んでまったりするか例の習字とやらだろうが。まだ20代のくせに爺くせー趣味しやがって」
「放っとけ俺の勝手だろう。……それじゃあもう一度説明するぞ。闘気術、闘気を使った闘い方は大きく分けて二つある。一つ目は闘気を体外に放出し、直接的に戦いの武器とする方法だ」
そこで一旦言葉を切り、リュウガは近くの草むらに右手をかざすと、掌から緑色の闘気が放たれ草むらを刈り取った。
「こいつは闘気術の中でも基本中の基本で扱いも特に難しくもない。とりあえず見よう見まねでやってみろ」
「ん、了解。……ていっ」
近くにある少々大きめの岩目掛けて、狙いを定めて掌から紅蓮の闘気を放出すると、狙った岩を跡形もなく消し飛ばすばかりか、勢い余って半径一メートル弱のクレーターを生み出した。
……うむ、問題なく扱えるな。というかこれできないと闘気を斬撃に乗せて飛ばす居合『紅蓮一閃』もできないから、わざわざ確かめるまでもなかったか。
「……すごい威力だな。俺の
「そりゃあ、仮にも最上位ランクの闘気だからな」
闘気は本人の種族や血統、遺伝や後天的な鍛練、冒険者としての資質、もしくは突然変異等によって様々な種類が存在し、闘気によってその性質も千差万別である。そして紅魔族にしか発現しない紅蓮の闘気は数ある闘気の中でも、屈指のレアリティと破壊力を誇る。リュウガの扱う
「……ところでみんちゃす、闘気を放つ前と比べて体の調子はどうだ?」
「あー?……なんつーか、結構ダルくなったな。もしかしてこれがこの使い方の欠点か?」
「察しが良いな、その通りだ。今の使い方は強力かつ扱いが容易な反面、消耗が大きく使えば使うほど生命力を削る諸刃の剣だ。考えなしに連発しているとあっという間に戦闘不能になるから注意するといい」
ふーん……つまり長期戦には向かないって訳か。それに生命力そのものである闘気をそのままぶっ放すという性質上、おそらく強弱関係なくドレインタッチとはこの上無く相性が悪いだろうな。がむしゃらに撃てばスポスポスポスポ吸い取られること間違いなしだ。
「……そして二つ目は闘気を肉体、もしくは自身の得物に纏わせ強化する方法だ」
リュウガが掲げた右手が風迅の闘気で覆われる。似たようなことなら俺だってできるが……
「……やっぱお前のそれ、闘気が空中分解されてねーよな」
「纏う闘気を維持する上で最も重要なのは、放出した闘気を肉体周辺に固定化し押し留めることだ。精度が高ければ高いほど空中分解しにくくなり、長時間の戦闘にも耐えられるようになる。……まあものは試しだ、とりあえずやってみろ」
「よっしゃ、俺様のえげつないほどの天才的センスに震え上がれ。……ハアアアァァァッ!」
勢いに任せて全身から紅蓮の闘気を放出し、身体を覆うように固定化し押し留め……
押し留め……………
「全然留まらねー……しんど……」
「うん、まあ……流石のお前でも見よう見まねでは無理だったか」
調子に乗ってかなりの生命力を浪費した挙げ句、成果はまるで無し。……いやまあ軽く説明されただけでできるようになる程度の技術なら、独学でも行き詰まったりしないけどよ。
「……まあそこまで気にする必要はない。同じく闘気術の基礎だが、習得難易度はただ放出する技法とは比べ物にならないからな。実践に耐えうるまでラムダは三年、俺でも一年を費やした」
「………ケティは?」
「……本人曰く『いつの間にかできるようになってた』らしい」
ほんと出鱈目だなアイツ……母ちゃんは物心ついたときには出来てたとか意味わからんこと言ってたし、最強の座を手に入れるにはあの化け物共を越えていかなきゃならないのか……いくら俺でも、流石に少し気が滅入-
「いやぁぁぁあああああ!?降参!降参するから!マナタイトならあげるからこっちこないでええええ!」
……唐突にやたらと聞き覚えのある悲鳴が聴こえてきた。つかこの声、間違いなくあいつだよな……?
「4時の方向にかなり強力な魔力反応が2つ……凄いな、絢音に匹敵するレベルだ。半面気配は然程強くないのでおそらくはアークウィザード。ついでに魔力の性質がみんちゃす、お前と非常に似通っていることから、どうやらお前と同じ紅魔族がいるようだ」
悲鳴の主の正体が完全に確定した。
リュウガの感知能力は六鬼衆の中でも群を抜いている。エルフ特有の繊細な魔力感知と俺以上の気配感知を組み合わせるこもで、非常に広大な範囲の索的を可能とする。そしてこいつはその膨大な情報量を平然と処理できるだけの頭脳を持っている。
そのリュウガがそういうからには、この付近に紅魔族が二人いるのだろう。その内の一人はまあめぐみんだろうが、もう一人もさっきの悲鳴の内容からして……多分ゆんゆんだな。
「わりーなリュウガ、ちょいと野暮用ができちまった」
「構わんよ、これ以上教えることはもう特に無いからな。……それにこれ以上の消耗はキツいだろう」
感知力No.1は伊達じゃねーな、そんなことまで筒抜けかい……。
「俺はクリアカンへ戻るが、俺達の力が必要ならばすぐにでも知らせろ。それではまたな、兄弟」
「ちゃんとクリアカンにはテレポート屋を経由しろよ、オメー探知能力スゲーのに何故か方向音痴気味なんだから。じゃあな、兄弟」
リュウガと拳を付き合わせてから、俺はその場を後にする。しかしゆんゆんに会うのも久しぶりだな……あ、そういやアイツめぐみんに黒歴史バラしやがったんだったな。ギルティだ、両足掴んで砂利道で延々と引きずり回してやる。
「ひっく……ひぐ……ぐすっ……」
「………うわぁ」
と、思っていたが…………久しぶりに再会した愛すべき幼馴染みは、ジャイアントトードの粘液でベッタベタになっていた。駆け引きが死ぬほど下手なこいつのことだ、大方まためぐみんの口八丁に嵌められたんだろう。それ自体は別にどうでもいい。めぐみんが今回どんな卑劣な手段を使ったかは知らんが、過程や手段はどうであれ負けは負けだからな。
……しかしだからといって、この有り様はいくらなんでも気の毒すぎる。流石に俺でもここまで惨い状態のゆんゆんに追い討ちをかけようとは思わん。……というかそもそもこんなベッタベタになった奴に触りたくない。なんだったら非常にカエル臭いので、本音を言えば近寄りたくもない。
「ひっでえ有り様だなーゆんゆんよー……めぐみんのときといい、久しぶりに会う奴が粘液まみれになる呪いにでもかかってんのか俺?」
「………………みんちゃす?」
「そーだよ、天下無敵のみんちゃすさんだよ」
顔を伏せてすすり泣いていたゆんゆんは、俺の声に反応してゆっくりと顔を上げる。しばらく俺をじっと見てきたかと思いきや、唐突にハイライトの消えた瞳から大粒の涙がぼとぼとと……
「うわぁぁぁあああああん!」
「だあああああ!?泣くのは別にいいけどその状態で近寄ってくんな!今のオメー粘液臭いんだよボケ!」
「粘液臭い!?」
気の毒には思うが別にお人好しな性格でもないので、現実はしっかり突き付けておく。ガーン!?という効果音が聴こえてきそうな悲痛な顔で何よりだ。……とはいえ流石にあまりにも惨めなので、人の過去勝手にばらしたツケは無かったことにしてやるとしよう。
積もる話はまた後日だ。……どうやらしばらく会わない内に随分と力をつけたみたいだが、今のばっちいこいつとは手合わせなんて絶対したくないしな。
その後屋敷に帰ったら、何故かめぐみんと一緒に風呂入ってたカズマがアクアにロリコン認定されたり、性懲りもなくカエルに不覚を取った無様なライバルに大般若鬼哭爪で鉄槌を下したりしたが、まあ些細な出来事だな。
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