第8話:武闘派魔法使いVS孤高の魔法使い

【sideみんちゃす】


翌日の早朝。

昨日と同じ場所で待ち合わせをしていた俺とゆんゆん(早朝の、しかも真冬だとだと言うのに、明らかに大分前から来ていただろうゆんゆんにちょっと引いたのは内緒だ)は、積もる話云々の前にあれからどれだけ強くなったのか、とりあえず軽く手合わせすることに。センスは壊滅的だが何だかんだでゆんゆんも紛れもなく紅魔族、意外と結構好戦的……毎回毎回飽きもせずめぐみんに挑んでたし意外でもねーか。

開始早々俺はいつものように、とりあえず距離を詰めて近接戦闘に持ち込んだ。先手を打たれた形になるゆんゆんが、紅魔族お得意の魔法戦に持ち込むためどう対処するのか見物だったのだが……。


「くはっ!やるじゃねーかぼっち女、ちょっと会わねー内に随分と見違えたじゃねーの!」

「と、当然よ!私は紅魔族を率いる族長になるんだから!……あとぼっち女はやめてよ!?」


意外や意外、こいつは距離を取るどころか俺の接近戦に応じやてきがった。最初は何をトチ狂ったんだこいつ?と思ったが、これまた意外なことに俺の猛攻に食らいついてくる。

「そら、修羅滅砕拳」

「くぅ……っ!」

身体能力自体は以前よりは上がっているが所詮は純魔法、当然この俺に及ぶはずもなく終始押しているのは俺。しかしギリギリのところで俺の攻撃を、愛用のワンドで上手く捌いて受け流してくる。

こんな近接戦の高等技術、紅魔の里では間違いなく学ぶことはない。かといって以前里出る前にこいつと戦って圧勝してから僅か一年ちょっと。言っちゃあなんだが近接戦闘のセンスは後衛にしてはまあまあってレベルだったゆんゆんが、独学でここまで上達したとは考え辛い。

……となると、余程優れた師に巡りあったみてーだな。

「っ、そこ!」

「おっと、あぶねーあぶねー」

反撃に転じたゆんゆんのナイフを、余裕でかわしながらも俺は内心舌を巻いた。こいつは驚いたな……ゆんゆんが躊躇なく人に向かって刃物を振るえるようになるとは。未だ人体の急所を露骨に避けてるあたり甘さは完全には捨てきれていないが、以前のゆんゆんならば人に向ける度胸すら無かった筈だ。

守りの技術といい、戦いの心構えといい、総じて俺の知っているゆんゆんとは別人とも言っていいくらい成長している。

……だからこそ解せない。

「……ゆんゆんオメー、ナイフ術だけやたらとしょぼいな」

「うっ……!?」

無造作に振るわれたナイフを持つ手を、仁王空裂絶刀(手刀)ではたき落とす。手加減したとは言えひ弱な魔法使いにとっては耐え難い激痛の中、握りしめたナイフを手放さない根性は褒めてやるが、

「ほーれ、鳳凰剛健脚」

「マズ-きゃあああ!?」

隙だらけのどてっ腹めがけてやや強めの蹴りを放つ。ゆんゆんはとっさにワンドを間に差し込んで防御しようとするが、そんな苦し紛れの防御では然威力を殺しきれず後方に吹っ飛ばされる。……やっぱ魔法使いって脆いよな、一度崩されたらほぼおしまいだ。

さてと、このまま追撃して勝負を決めるのは容易いが……俺の見立てじゃこいつはまだ何か隠し持っている。結構気になるしとりあえず様子を見るとしよう。

「ゲホッ!……ハァ……ハァ……」

息絶え絶えになりながらも、すぐにゆんゆんはゆっくりと立ち上がった。

「どうしたどうしたそんなもんか?そんなんじゃ天地がひっくり返っても俺にゃ勝てねーぜ?」

「ハァ…ハァ…………」

軽く挑発してみるがゆんゆんは応じず、ナイフを構えたまま制止したままだ。なるほど、息を整えて万全の状態になるのを待ってるみたいだな。ガチの殺し合いだったら絶対にそんな悠長な隙はくれてやらねーが、こいつはあくまでただの手合わせだし……仕方がない、待ってやるとするか。

「……いくよ、みんちゃす!私のとっておき、見せてあげる!」

その言葉を聞いた俺は、油断なくゆんゆんを見据えながら身構える。重ね重ね思うが、里の皆からは変人扱いされていたゆんゆんも、やはり正真正銘紅魔族だ。……切り札ってのはここぞというときに切るものだと理解してやがる。

「ふははっ、おもしれー。そのご自慢のとっておきとやら、大したことなかったらただじゃおかねーからな」

「大丈夫、きっと落胆はさせないから……モードチェンジ・グレイブ!」

っ!ナイフの刀身に浮かび上がったそのルーン……

「っ、変型のルーン……!」

「正解よ、流石ねみんちゃす」

ゆんゆんが握り締めていたナイフの柄が俺の身長程まで伸び、結果ナイフはグレイブ(穂先が刃物上になった槍)へと姿を変えた。

変形のルーンは魔力を流し込むことで、読んで字のごとく物体A→物体B、もしくは逆に物体B→物体Aへと変形させる効果を持つ。用途としては持ち運びに不便な物をコンパクトな形にして持ち歩くため、状況に合わせて得物を入れ換える、暗殺のための暗器とするなど様々だが、ゆんゆんはおそらく一番最初の理由だろう。

……なるほどなー、全てが腑に落ちたぜ。全体的にレベルアップしてるのにナイフ捌きだけやけに拙かったのは、メインウエポンをナイフから槍へコンバートしたからって訳か。……いやそもそもあのナイフはめぐみんと買い物にいったときに買ったから持ち歩いてただけで、メインウエポンどころかサブウエポンですらなかったな。

なんて至極どうでもいうことを考えていると、ゆんゆんは槍を両手でしっかりと握り構えをとる。ふむ、中々様になってはいるのだが……それだとワンド握れなくねーか?あれか?こいつも近接魔法使いの道に目覚めたのか?だとしたら俺と被るからやめてほしいんだが……ああそういうことか。

「いくよ、みんちゃす!……やぁぁあああああ!」

そしてゆんゆんそのまま無警戒に突っ込んでくる。オイオイなんだそりゃ、さっきのナイフ捌きと大差ねーじゃねーか。ったく、一丁前なのはポーズだけ-っ!?

「ぅぉおっ!?」

間合いに入る寸前にゆんゆんは突如急加速しながら俺の肩めがけて槍を突く。ほんの一瞬面食らうが俺も近接戦じゃ百戦錬磨、拳で向かってくる槍の穂先を弾いて狙いを外させた。

しかしゆんゆんは慌てず即座に槍を引き戻すと、今度は流れるような動きで刺突の嵐を浴びせかけてきた。ちっ、さっきのあれはブラフかよ。加えてこの槍捌きのスピード、普通は魔法使いの筋力じゃ到底できやしない。……さてはこいつさっき呼吸を整えててるときに、無言呪文でこっそり強化魔法使ってやがったな?

「ふ反は、こいつは傑作だな!しばらく会わねー内に随分ダーティーな戦術覚えたじゃねーの優等生様よぉっ!」

「馬鹿正直に突っ込んでいくだけじゃ、いつまでもあんたやめぐみんを越えられないからね!」

だったら昨日の粘液まみれのオメーは何だったんだと問い詰めたい。

しかし……この間合いは結構やり辛いな。んゆんが繰り出す槍の連撃自体は、確かに速いが俺ならどうとでも対処できる。それよりも厄介なのはリーチ差だ。俺の間合いの外から攻めてくる以上、どうにかして距離を詰めなきゃ反撃できない。

……まあ特に問題は無いな、この程度ならこれまで何人も真っ向から捩じ伏せてきた。

俺は軽い意趣返しも兼ねて無言呪文でを唱えつつ、

「さてと、オメーの力は十分見せてもらったし……そろそろ近寄っても良いよな?」

「うっ……!」

向かってきた槍の穂先を下から強打して掬い上げつつ、俺はゆんゆんへ向かって距離を詰めにかかる。ゆんゆんは後ろに後退して間合いを取ろうとするが、魔法で強化しても俺と奴の速度差は覆らず、あっという間に俺の射程圏内に-


「おっとあぶね」

「っ!」


入る寸前に真横から迫りくる槍をギリギリのタイミングではたき落とす。魔法で強化してる上に遠心力も加わった薙ぎ払いはかなり強力だが、やはりこの程度なら脅威というほどでは……っ、いつの間にか片手持ちになってやがる!ってことは-


「ライトニング・ストライク!」


ゆんゆんは空いたもう片方の手を俺に向け、雷属性の上級魔法を放った。おそらくこれまでの槍を用いた戦闘、その全てがこの一手のための布石か……。

「ぐぁぁああああっっっ!」

この至近距離、しかもゆんゆんに向かって突っ込んでいる状況では、避けるという行動すら取れず直撃する。

詠唱破棄かつ杖無しで放ったため威力は大分落ちるがそれでも上級魔法。まともに喰らえば俺とてただじゃすまない。



…………まあ、もしまともに喰らっていたらの話だ。


「っっぅうおらぁぁあああっ!」

「えっ-きゃあああああ!?」

雷に貫かれた俺だったがそのまま止まることなく直進し、片手でゆんゆんの首を掴みつつもう片方の手で握り拳を作り、


「歯ぁ食いしばれ!修羅滅砕拳!」

「ーーーっっっ!?」


ゆんゆんの腹目掛けて怪我させない程度に思いっきりぶちこんだ。

声にならない断末魔を上げながら肺の中の空気を全て吐き出さされ、そのままうつ伏せに力無く倒れ伏すゆんゆん。しゃがんで顔をつついても無反応、どうやら気を失っているらしい。


よし、俺の勝ち。

実に清々しい気分だ。







「-とまあそんな訳で、距離を詰める前に無言呪文で魔法抵抗力をこっそり強化してたんだよ。そうすりゃ上級魔法でも一発なら耐えられるから、俺は迷いなく突っ込めるってことよ」

「な、なんて無茶苦茶な……。それにしても、私の作戦が完全に読まれてたなんて……」

「槍を用いた戦法は上級魔法のためのカモフラージュってか?ワリーがそういう戦い方はそけっとで慣れてんだよ」

槍を両手持ちにした段階で、こいつの決め技が魔法だって予測できていた。

紅魔族が……魔法使いが戦型から魔法を除外するなんて有り得ないからな。物理攻撃をメインに据える決心をする際に、俺がどれ程葛藤したと思ってんだよ。

「それにしても、その槍捌きといあ戦いにおける心構えといい……たった一年ちょいで随分と化けたなオメー。よっぽど良い師匠に恵まれたみてーだな」

「えっ。……あ、ああうん、その……そうね、うん……」

えっ。

「オイ、なんだその微妙すぎる反応は」

「ええとねその、……確かに強さだけは桁違いだったわ。真っ向勝負ならきっと、みんちゃすよりも強いと思う」

なんだそれめっちゃ気になる。是非とも戦ってみたいから今度紹介してもらおう。

「ただ、ね……人としてはその、なんというか……かなりダメな人なんだよね……。人から借りたお金平気で踏み倒すわ、お酒の飲み過ぎで二日酔いになってクエストをドタキャンするわ、息をするようにセクハラしてくるわ、隙あらばその……む、胸を揉んでくるわと、他にも色々……」

「控えめに言ってクズ野郎だなそいつ」

なんでそんな奴に弟子入りしたんだこいつ。確かに俺も弱肉強食の実力主義を掲げちゃいるが、流石にそこまで傍若無人には振る舞えねーよ。

「……っと、体動かしたら腹減ってきたな。そろそろ朝飯時だし、飯でも食いにいこーぜ」

「……えっ!?ご、ご飯!?私と一緒に!?」

「んだよ嫌なのかよ?じゃあいいや、今日はこの辺でお開きに-」 

「行く行く行く!行くから待ってよ置いてかないでよぉっ!」

「お、おう……」

……必死過ぎて思わず気圧されちまった。なんつーか、以前よりぼっち拗らせてねーかこいつ。

「友達と言ってみたいお店アクセルにもいっぱいあるから、下調べはバッチリだよ!」

唐突になんか自信満々の表情で、何やら分厚いノートを取り出したので、

「フレイム・ウエポン」

「いやちょっとぉぉおおおお!?」

それをひったくって燃やしておく。

「下調べなんてつまんねーことしてんじゃねーよ。こういうときはその時その時のフィーリングと気分に任せる方が楽しいんだよ」

「だからって燃やさなくてもいいでしょうが!?どうしてくれんのよ、私あれ作るのに一週間かかったのよ!?」

「いちいちやかましいな。予期せぬ不条理に襲われて努力が徒労に終わる、それもまた人生だろうがバカヤロー」

「少しは悪びれなさいよ!?不条理を引き起こしたあんたが何開き直ってるのよ!?」

とまあそんな感じで、俺達は不毛な争いを繰り広げながら街へと向かった。

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