【幕間】魔王軍幹部緊急会議

【sideハンス】


俺は魔王軍幹部の一人、ハンス。

魔王軍きってのマッドサイエンティスト、堕天使ペルセウスのバイオ研究の一環として生み出された、デッドリーポイズンスライムの変異種だ。

ただ今俺はそのペルセウスに呼ばれて、魔王城の会議室へと足を運んでいるところだ。

……しかし正直言って気乗りしない。ぶっちゃけ死ぬほど行きたくない。

何故ならペルセウスは俺の生みの親とも言うべき存在だが、それを差し引いてもあんな芯からイカれた狂人とはなるべく関わり合いたくない。ましてや俺はただでさえあれに比類する狂信者共のいる地に潜伏しているのだから、これ以上頭痛の種を抱え込みたくはない。

どうか何事もなければいいのに……と、おそらく叶わないであろうささやかな望みを胸に抱きつつ俺は会議室のドアを開けると、ペルセウスがいつもの身の毛のよだつ壊れた笑みを張り付けて立っていた。

「あ、やーっと来た来た。遅いよハンスちゃん、もうだいたい皆揃ってるよ?」

「……いきなり人を呼びつけといて遅いも何もあるかよ。ただでさえこっちは例の教団を潰す作戦の決行前なんだ、用件があるなら手短にしろ。……あとちゃん付けはやめろと言ってるだろうが溶かすぞコラ」

「こらこら、生まれて100年にも満たない若造が背伸びしちゃダメだよ。そんなことよりさあ入って入って、久しぶりの幹部会議なんだからさ」

不満を前面に出した俺の苦言は、憎たらしいほど満面の笑みのままあっさり流され、さっさと席に座るよう促される。苛立たないと言えば嘘になるが、戦闘力的にも精神的にもこいつと事を構えるのは真っ平御免だと思い直し、俺は黙ってさっさとペルセウスの自分の席につく。

ペルセウスの言った通り、会議室には幹部のほとんどが既に席についている。


キメラ研究所副所長にして紅魔族攻略部隊隊長、グロウキメラのシルビア。


怠惰と暴虐を司るという、長き封印から解き放たれた邪神・ウォルバク。


復讐と傀儡の女神レジーナを信仰するダークプリースト、謀略担当のセレスディナ。


……そして、全てのドラゴンの頂点の座に君臨する最強の幹部、竜帝ティアマット。


この場にいないのは王都侵略の指揮を取っているであろう魔王様の娘、なんちゃって幹部のウィズとバニルの計三人。

ちなみにティアマット以外のここにいるメンバーは、幹部就任になんらかの形でペルセウスが関わっている。……だというのにこの場でリラックスしている奴は一人としていない。セレスディナとシルビアはこれでもかってくらいビクついてやがるし、比較的誰にでも友好的なウォルバクでさえ苦虫を噛み潰したような表情をしている。そしてそもそもこういう召集に応じる義務の無いティアマットは、目を閉じて腕組みしたまま何の反応も示さない。

……それにしても、たった数十年で随分と幹部の顔触れも様変わりしたものだ。

吸血鬼の女王イズベルガ、キングクラーケンのヘルゴンザ、ロック鳥のゲルーム、ケンタウロスのパラエミレ、スフィンクスのファーブラ、オーガロードのバルザック、ベヒーモスのガルベラ、ネメアーのカフカ……俺より古参の幹部のほとんどはあの人の形をした自然災害、『白騎士』に討ち取られちまった……あ、ヤバイ。トラウマを思い返して吐き気が込み上げてくる。しっかりしろ俺。


………………


よし、どうにか落ち着いた。

それにしても激減した幹部の補充についてもそうだが、ペルセウスの魔王軍への貢献度は他の幹部とは一線を画している。城全体を覆うデストロイヤーの進撃すら退ける結界を初めとした数々の術式は勿論のこと、バイオ研究によるモンスターの強化、さらには諜報部隊の統括と、なんちゃって幹部を自称しているくせに誰よりも魔王軍に貢献していると言える。

……それだけすごい奴というのに人望皆無なことから、この男のキチガイ具合がいかに常軌を逸していることがわかる。

「よし、とりあえずひと通り面子は揃ったね。お嬢ちゃんが来れないのは残念だけど、普段つれないティアマットちゃんが来てくれたから良しとしようかな。……それじゃあ本題に入ろうか。先日ベルディアちゃんが始まりの街アクセルで討たれたことはもう知ってるよね?」

(目を閉じて腕を組んだままのティアマット以外の)全員が首を縦に振る。

確かアクセルの街にとてつもなく大きな光が降り立ったとかで、その詳細を調査しに言ったところ、あの『赤碧の魔闘士』に討ち取られたと聞いている。そんな大物がなぜ駆け出し冒険者の街にいるのか、まさか件の大きな光とやらに関係しているのか……推測するにも手がかりがほぼ無いので、少し前に魔王様がバニルに頼み込んでアクセルへ向かわせたらしい。

「実は昨日そのアクセル付近で、機動要塞デストロイヤーが破壊されたみたいなんだ」

「「「「なっ……!?」」」」

「……」

ペルセウスの言葉に、ティアマット以外の全員が驚愕のあまり絶句する。

デストロイヤーが破壊された!?ありえねぇ!あれはまさに究極の殺戮兵器、人間ごときの手でどうにかできるものじゃない!現にあの『白騎士』ですら撃退するのが精一杯なんだぞ!?

「ふむふむ、信じられないって顔してるねぇ。でもこれは事実なんだよみんな。ベルディアちゃんを葬った冒険者の調査をバニルに頼んどいてなんだけど、僕のちょっとした思いつきで作った術式でデストロイヤーの進路を弄って、アクセルの街を通るように改竄しちゃってさぁ……どう撃退するのか見物だったんだけど、まさか撃退通り越してぶっ壊されちゃうなんてねぇ」

あっはっはと愉快そうに笑うペルセウス。つまりあれか?魔王軍の脅威になり得る奴を、街ごと取り除こうとしたってことか?別に人間の街が滅ぼうが構いはしないが、相変わらずこいつは発想がイカれてるな……。

「……ペルセウスよ。貴様そのようなくだらない思いつきで、我が同胞らを手にかけたと言うのか?」

と、それまで沈黙を保っていたティアマットが

目を開き、ペルセウスを睨みながらそう呟いた。

「同胞を手にかけた……って、どういうことなの?」

「いやぁそれがねウォルバク様、デストロイヤーの進路をねじ曲げる術式を発動するためには、生命力豊かなモンスターを何体か触媒にしないといけなくてねぇ……何か良い感じの素体が無いかブラブラと探してたら、たまたまワイバーンの群れと遭遇ちゃったもんだから、まとめて洗脳して生け贄にしちゃったんだ-おぉっと危ない」 

「チッ……」

そんな不吉なことを呟いた直後、ティアマットは目にも止まらぬスピードで魔剣サラマンドラを抜刀し、ペルセウスに向かって躊躇なく振り下ろした。……が、ペルセウスは咄嗟に輝く翼を具現化させ、その凄まじい斬撃を易々の受け止める。結果、ぶつかり合った衝撃の余波が会議室全体に広がった。

「君の同胞を無駄に使い潰しちゃったのは謝るけどさ、いきなり斬りかかってくるなんて酷いじゃないかティアマットちゃん」

「黙れ下衆が。貴様に申し訳ないという気持ちがひと欠片でもあるならば、潔く私に斬られて死ね」

「それは嫌だなぁ、僕まだ死ぬわけにはいかないし……それにいくら僕が以前より弱くなったからって、その状態の君じゃあ僕には勝てないよ?」

「ほう、そうかそうかよくぞほざいた……ならばお望み通り、真の姿で貴様に引導を渡してやろうか?」

「そこまでだティアマット」

売り言葉に買い言葉で竜へと至ろうとしたティアマットに、俺を含むペルセウス以外の幹部がティアマットを取り囲み、いつでも攻撃に移れるよう構える。

「こんなキチガイでも立場は魔王軍の筆頭幹部だ。手にかけることは魔王様への反逆と見なすぞ」

「……フン。反逆も何も、私は魔王などに忠誠を誓った覚えはない。私が忠誠を主君は今までもこれからもあの方ただ一人だけだ。……が、」

ティアマットは渋々といった表情でサラマンドラを鞘に収める。

「結界維持を引き受けること、ひいては魔王軍に所属することは、あの方から下された使命。であればそれを破ることは罷り通らん。我が君に免じてここは矛を収めてやる」

極めて尊大にそう言い捨てると、ティアマットは会議室から出ていこうとする。

「あ、ちょっと!?どこ行くのさティアマットちゃん!まだ会議は終わってないよ?」

「貴様らだけで勝手にやっていろ、もうここに用は無い」

ペルセウスが慌てて呼び止めるも、ティアマットは歩みを止めるそぶりすらせずそのまま出ていってしまった。相変わらず協調性が皆無……というかさっきのセリフからして、そもそも仲間という認識すら無いんだろう。……もしかしてあいつ、ペルセウスに斬りかかるためだけにわざわざ参加したのか?

その後の話し合い結果、アクセルにいるという謎の敵についてはバニルの調査が終わるまで保留することになった。……調査に向かったのがあのドのつく外道な時点で、なんかもの凄い嫌な予感がするが。






【sideバニル】


我が名はバニル。

魔王軍のなんちゃって幹部の一人にして地獄の公爵。『魔王より強いかもしれないバニルさん』と巷で評判の、この世の全てを見通す大悪魔である。

先日我輩は魔王の奴と嫌われ堕天使から、首無し中年を討ち取った冒険者の調査を依頼され、先ほどまで道中出会う人間を面白おかしくからかいながらアクセルの街へと歩を進めていた。

そう、先ほどまで……だ。気がつけば我輩は何やらダンジョンのような石造りの大部屋にて、あぐらをかいた状態で座っていた。

我輩の周囲に浮かんでいる幾何学紋様は、明らかに悪魔召喚の為の魔法陣。そして我輩の目の前には魔法使いらしき男が一人佇んでいる。

つまり状況から考えるに、我輩は何者かに召喚されたらしい。

大悪魔たるこの我輩が。

地上では魔王軍の幹部の一人としてその名を連ねていた我輩が。

地獄においても7大悪魔の第一位の座に君臨するこの我輩がである。 

……憂鬱である。ここ最近では群を抜いて憂鬱である。

悪魔召喚の儀式というのは軽はずみな気持ちで手を出してよいものでは決してなく、術者の力量以上の悪魔を喚べば喚び出した悪魔に殺されてしまうリスクを孕んでいる。 

しつこいようだが我輩は公爵の地位を持つ最上級の悪魔。を除けば、いかにこの体が仮初めの肉体だとしても、我輩を使役できるだけの力を持つ人間がいるとは思えん。よって普通に考えれば「自らを使役するに値しない者に召喚された場合、その召喚者を殺す」という悪魔の決まりによって、我輩は目の前にいる者を殺さねばならんことになる。人間は極力殺さないと決めている我輩とて、この決まりごとは破るわけにはいかん。



…………前置きが長くなってしまったな。我輩が憂鬱なのは目の前にいる者を殺さなくてはならないから……

「余の居城へよくぞ来たバニルよ。まず今は日貴様を喚んだ理由について話してやろう、そのまま楽な体勢で聞くがよい」

「………主よ。我輩も色々と忙しいのだから、突然喚び出されても困るのだが」

「? なぜ余が貴様の事情などをいちいち考慮せねばならん?黙って余に従え、対価は貴様の命だ」

「破滅願望を持つ我輩にそう脅すのか主よ」

「悠久の時を生きてきたからこそ、死に方は自分で選びたい筈だろう?少なくとも今ここで何の感慨もなく、余に残機を全て減らされその生に幕を閉じるのは望んだ結末ではあるまい?」

地獄の公爵を脅してタダ働きさせようとする人間など、後にも先にもこの方だけであろうな。

我輩が憂鬱になるのも頷けるであろう邪知暴虐を地でいくこの魔法使いこそ、たった一人の例外……我輩をも使役できる絶対強者。

黒を貴重としたローブにマント、腰まで届く長い黒髪に鮮やかな紅い瞳、そして両の瞳以上に紅く輝く第三の眼……またの名を賢者の石。そして万全の我輩ですら比べ物にならないであろう、次元の違う膨大な魔力の奔流。

悠久の時を生きる不老不死の魔法使いにして、魔法使いの祖。そして確か、かの有名なネタ種族の祖でもあったな。

人の身にして天界の神々や地獄の三大支配者をも超越した、世界最強の魔法使い……




紅魔王くーりゃんその人である。

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