第19話:爆焔の生誕①

【sideめぐみん】


私は所々に点在する街灯の灯りを頼りに、こめっこの手を引きながら走っていた。

「姉ちゃん、ゆんゆん凄かったね!雷が、ドーンって!」

興奮のためか私の手を強く握りしめたまま、こめっこがそう言ってきた。

「そうですね、凄かったですね。というかこの私ともあろう者がが、ゆんゆんに先を越されてしまいました!いつもオドオドしているだけの子かと思っていたのに!」

こめっこへ悔しげに返しながら、里の大人を探して駆ける。

ゆんゆんが中級魔法を覚えた。モンスターからこめっこと私を守るために……私の爆裂魔法への想いを守るために。

魔法を覚えた以上、学校は卒業だ。これからはもう未熟な紅魔族に優遇して渡される、希少なスキルアップポーションも貰えない。

ゆんゆんは今後上級魔法を覚えようと思うのなら、モンスターとの戦闘を経てレベルを上げていくしか方法がない。

中級魔法の習得に、確かスキルポイントを10ポイント消費したはず。その分を取り戻すには、大体ポイント分のレベル上げが必要になる。レベルというものは、高レベルの者になればなるほど上がり難くなる。まだレベルの低いゆんゆんはレベルアップも早いだろう。しかしみんちゃすのような、低レベルの頃から強力なモンスターを片っ端から狩りまくっていた規格外ならまだしも、まともな方法で10以上のレベルを上げるとなると早くても一年は掛かる。

私のライバルは今後一年、紅魔族として未熟者扱いをされるのだ。族長の娘として努力を続け、ずっと優秀な成績を収めてきたのにも拘わらず。

「姉ちゃん、泣いてる?」

「泣いてませんよ! 悔しさの余り、我が魔力が目から溢れ出しているだけです!」

電撃の魔法で何故かクロを抱きしめていたモンスターの頭を消し飛ばしながら、ゆんゆんは言った。クロは自分が回収して守るから、私はこめっこを連れ里の大人の所に行けと。私が魔法を覚える事を躊躇っている間に、ゆんゆんは魔法使い見習いではなくなってしまった。そして、生き物を殺す事にあれだけ抵抗があったあの子は、アッサリと魔法を撃った。

普段はヘタレていたクセに、誰かを守る場面では腹を括れるゆんゆん。

そんなライバルの姿が眩しくて……

「……?姉ちゃん、どうした?走るのつかれた?」

足を止めた私を、こめっこが不思議そうに見上げてきた。

今頃は、一人でモンスターを相手取って戦っているだろう自称ライバル。

私にまともに勝った事もなかった自称ライバル。

変わり者で友達もおらず、何かと私に絡んできた自称ライバル。

……ここで自分の夢のために逃げたなら。

今後、私のライバルを自称してきたあの子と、堂々と競い合う資格はなくなる。

「こめっこ。お姉ちゃんの事は好きですか?」

「好き!」

笑顔で即答してくれる我が妹。

「……最強の魔法が使えなくてもですか? 最強のお姉ちゃんでなくてもですか?」

「いつかさいきょうの座を奪い合うってみんちゃすとも約束してる私が、代わりにさいきょうになるから大丈夫!」

やっぱり笑顔で即答してくれる妹。この年で最強を目指すとはやはり大物。そしてみんちゃす、青田買いにも程があるだろう。どこまで戦闘狂なのだあの男は。

「……こめっこ。私はこれからゆんゆんを助けに行きます。なので、あなたは……」

言いながら空を見渡し、一番近くで戦闘を行なっているだろう場所を探す。

と、ここからそう遠くない場所で空に向けて閃光が迸った。私はその場に屈み込み、こめっこと目線を合わせてそちらを指差す。

「あなたは、今、光が上がったあそこまで逃げなさい。そこには里の大人がいるはずです。空を舞うモンスターは、何かを探している様であまりこちらに敵意がありません。それにあんな騒ぎの中、無事に墓まで来れたあなたなら大丈夫です。目立たない様に、できるだけ街灯の下などは避け、隠れながら-」

「やだ!ついてく!」

力強く即答する妹。

「……いいですか、私はこれから戦いに行くのです。いくら強くて格好良い姉でも、もしかしたら負けてしまうかもしれません。なので-」

説得を続ける私の前で、我が妹は胸の前でグッと拳を握って鼻息荒くしながら、

「私もたたかう!とられたご飯をとりかえす!」

そんな、将来が不安になる様な頼もしい事を言ってきた。どうしたものかと私が頭を悩ませていると、


「よく言ったこめっこ。てめーのブツを奪われといて泣き寝入りなんざ、未来の大魔法使いにゃ相応しくねーよな」


みんちゃすがこちらに歩いてきた。

「あ、みんちゃすだ」

「な、何故ここに……?」

「緊急事態の鐘が鳴って、モンスターがあちこち飛び交ってるだろ。こういうとき駆り出されるであろう暇人ニート共を、闘争本能に任せて五人ほどぶちのめしてちまっててな……責任がてらそいつらの代わりにモンスターを狩っていたら、何や訳ありそうなオメーらを見つけたわけよ」

私と別れてからこの男はそんなことをしていたのか。というかニートとはいえ上級魔法を使いこなすエキスパート、を魔法も無しでぶちのめすとは……相変わらずみんちゃすは理不尽な程、というか理不尽な方向に強い。魔法使いの癖に肉体派にも程があるだろう。

「あの、みんちゃす……実は-」

「言わんでいい、ある程度は予想できるからな。……モンスターに襲われたけど上級魔法を習得するのを躊躇っているオメーを、中級魔法辺りを習得したゆんゆんが助けて、オメーらが大人を呼んでくるまでまだ時間稼ぎしてるってところだろ?」

ある程度どころか、まるで見てきたかのように的確な予想だ。この男、心までも読めるようになったのか?

「……さっきのオメーの話、すまねーとは思うが全部聞いちまった。どうやら自身の覇道を捨て、ゆんゆんの加勢に行くことを選ぼうとしてるみてーだな」

「……ガッカリしましたか?一時的とはいえ、自身の覇道を捨てようとした私に」

「しねーよ。覇道は確かに大切だが、それに固執して仲間を見捨てるようなつまらねー奴に、最強の座を目指す資格は無い。それでも決断できたお前は大した奴だよ。……あとは俺に任せとけ。『パワード』、『プロテクション』、『マジックガード』、『ラピッドリィ』!」

私を労いつつも、頼もしい言葉と共にみんちゃすは『強化魔法』を唱え、白い光に包まれる。

これが意味するのは、みんちゃすも魔法を習得し学校を卒業するということだ。

まったくゆんゆんといいみんちゃすといい、首席の私を差し置いて次から次へと先に卒業して-

「そして仕上げに……こめっこ!」

「おー!」

「へ?」

何を思ったのか、みんちゃすはこめっこを呼び寄せて肩車をする。いったい何を……


「とられたご飯をとりかえすため、今ここにけんざん!その名も……」

「超合体人型機動決戦兵器・紅魔悪鬼丸クリムゾンオーガ!」


二人は肩車の状態でお揃いの格好いいポーズを取る。

……なんだこれ?

いや確かに合体といいネーミングといい、紅魔族の琴線にこれでもかと言うくらい触れるのだが、それでもこう思わずにはいられない……なんだこれ?この非常時にこの二人は何してるのだろう?

「姉ちゃんがおどろいてる」

「よし、掴みはオーケーだ。以前俺達が釣りの最中に片手間で考えたこの超合体が、とうとう日の目を見るときが来たぜフハハハハハ!」

「それじゃあ、全速全身ー!」

「了解だ司令官こめっこ!『エアウォーク』!」

上位属性付与魔法で足下に風属性のエネルギーを集め、みんちゃすとこめっこ改め紅魔悪鬼丸はゆんゆんの元へ……ってちょっと!?

「待ってくださいみんちゃす!何故こめっこを-って速っ!?ちょ待っ、おい待て、私を置いて行くのはヤメロー!」





来た道を引き返しながら、私は空を飛んでいる二人に、繰り返し言い聞かせていた。

「いいですか!絶対にみんちゃすの傍から離れてはいけませんよ!」

「分かった!」

「みんちゃすもこめっこを守ることに専念してください!クロを捕まえているモンスターに突っかかって行ってはいけませんよ!ちゃんと私がクロを取り返しますから!分かりましたか!?」

「えー……」

「えーじゃないですよ!絶対に突っかかって行ってはいけません!」 

空に浮かぶみんちゃすは不服そうに宙返りをし-

「ついに魔法を覚え、さらに超合体を果たした今の俺に敵なんざ……あっヤベ」

「うわー!」


その反動でこめっこが空中に投げ出され…っておぃぃいいいっ!?


「っっとぉっナイスキャッチ!……危ねー危ねーギリギリセーフ、どうにか誤魔化せたぜ」

「よかった、姉ちゃんにはバレてない」

「バレてますよ!誤魔化せるわけ無いでしょうが!」

こっちは心臓が止まるかと思った。……やはりこんな何もかも雑な男に、こめっこを預けておくわけにはいかない。

「危ないですからこめっこを下ろしてください!」

「やだ」 

「もし怪我したらどう責任取るつもりですかあなたは!?早く下ろしてください!」

「超合体じゃなくなるからやだ」

そこまでこの男は超合体とやらが気に入ったのかこの男は……いや私も好きだけども!

「姉ちゃんはケチンボ」

「こめっこ!?どこでそんな言葉を覚えたのですか!?」

「コイツの交遊関係を考えれば、一番怪しいのは……ぶっころりーだな」

「あのニートか!」

ほんとニートにロクな奴はいない!

その後も説得を続けたが二体一では多勢に無勢、結局地に足ついて歩く条件に超合体続行を押し切られてしまった。

……こんな状態のみんちゃすに闘わせるわけにはいかない。私はもう覚悟を決めた。

爆裂魔法は諦めない。たとえ何年、何十年と掛かっても絶対覚える。今回は、ちょっと回り道をするだけだ。そう、ほんのちょっとだけ……





「『ブレード・オブ・ウインド』ー!」

ゆんゆんが叫ぶと同時、シュッと振った手刀が空中に風を起こした。一陣の小さな風はそのまま風の刃となり、空にいた一匹のモンスターを切り裂いた。

普通はただの中級魔法でここまで致命的な威力は発揮できないものなのだが、きっとゆんゆんの生まれ持った魔力が強いせいだろう。流石は私やみんちゃすに次ぐ実力者なだけはある。

現場に戻った私達は、そんなゆんゆんの奮闘を遠巻きに眺めていた。

「姉ちゃん、いかないの?」

「まあ待ちなさいこめっこ。賢い姉は気がついたのです。何も上級魔法を覚える必要はないと。要はこの場さえ切り抜けられればよいのです」

「……ヘタレ」

「ち、ちがわい!」

みんちゃすに呆れたような目で見られながら、それでも私は戦況を見守った。

断じてヘタレた訳ではない。習得に大量のポイントが必要な上級魔法を覚えなくても、私もゆんゆんの様にモンスター達に中級魔法で対抗できるのなら、それに越した事はないのだ。

今のところゆんゆんが押している。

このモンスターは死体を残さないため、ゆんゆんが倒した数は定かではないが、私が逃げた時のモンスターの数は確か六匹。それが今では、最後の一匹となっていた。

ゆんゆんは足下にクロを従え、それを守る様に立ち塞がっている。

「……しかし、これはマズいですね。ゆんゆんが一人で全部倒してしまいそうです」

「?ゆんゆんがたおしちゃだめなの?」

「ダメです。これでは、重大な決意をして引き返してきた意味が……」

「人生そんなもんだ。紅魔族一の天才ともあろう者が、ライバルの活躍を指を加えて見ているだけしかできないなんてこともあるさ」

「ぐ、ぐぬぬ……!」

お願いです神様エリス様!みんちゃすをギャフンと言わせられるような、絶好の見せ場を私にください!

私の祈りが届いたのか、新たに七匹のモンスターが夜の闇に紛れて舞い降りて来た。よし、ここで颯爽と救援に飛び出し、ゆんゆんに先ほどの借りを返す!

「我が名は-」


「我が名はこめっこ!家の留守を預かる者にして紅魔族随一の魔性の妹!」

「我が名はみんちゃす!近接格闘を好む者にして、紅魔族随一の武闘派!」

「「二人合わせて……超合体人型機動決戦兵器・紅魔悪鬼丸クリムゾンオーガ!」」


私の言葉を遮って、みんちゃすとこめっこが肩車の状態で先に飛び出し、モンスターを一掃しつつ名乗りを上げた。

か、完全に美味しいとこ持ってかれた……!


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