第17話:紅の絆③
【sideめぐみん】
「さてと、俺はどうしようか……。知力はともかく大雑把極まりない俺の性格上、こういうチマチマした作業は好きじゃねーんだよな……」
「あ、それ自覚してたんですね……。みんちゃすは何かトラブルがあったときに手伝ってくれればそれでいいですよ」
というかさっき、バックアップだけだと自分で言っていたではないか。口ではああ言っていたけど、やはりみんちゃすもゆんゆんを気にかけていたのだろう。
レシピを見てポーションの材料を集めていく。ファイアードレイクの肝にマンドラゴラの根、カモネギの……
「めぐみん、そんな材料を集めてきて何を作るつもりなの?それよりも、体力回復ポーションは?クロちゃんがグッタリして弱ってるんだけど、できればこの子の薬を……」
私が集めてきた材料を見て、ゆんゆんが心配そうな顔で言ってきた。
「これは友達との秘密な事ですので、ライバルのゆんゆんには言えません」
「あっ!な、なにそれ!ふにふらさん達からの相談を内緒にした事への当てつけ!?」
騒ぐゆんゆんを無視し、高価な材料をすり鉢の中へと放り込む。
「いいわ、クロちゃんは私が助けるから……!」
ふとゆんゆんの方を見ると、未だにげんなりしているクロを机に置き、体力回復のポーションを作ろうと息巻いていた。
「スパルタが我が家の教育方針なので、家の子をあまり甘やかさないでくださいね」
「鞄に詰めて振り回すのは、スパルタじゃなくて虐待って言うの!まだ小猫なのよ!?大事に扱ってあげなさいよね!」
気短に怒るゆんゆんがクロを撫でてやりながらそんな事を言う。ゆんゆんはそう言うものの、私はこの猫はそうそう死なない予感がするのだけど。人様によじ登ったりふてぶてしかったり、それに小猫のクセになんでも食べる。
なんだか猫らしくないのだが、我が家の過酷な環境に慣れてきたからなのだろうか?
「なあゆんゆん、嫌だって言ってるのに未成年の息子に酒飲ませておまけに完徹させるのも、虐待って言うのかねー……?」
「この前そんなことされてたの!?アステリアさんって元騎士なのに何やってんのあの人!?」
みんちゃすの家も大概過酷な環境だった。
「まあなにはともあれ、まずは薬作りです! 我が魔道技術を見るがいい!病など一撃必殺です!ふはははははは……!」
「何を作ろうとしてるのかは知らないけど、劇薬を作ってるんじゃないわよね?体に良いポーションを作るんだよね!?一撃必殺とか物騒なセリフが聞こえたんだけど!」
「やべ、任せる相手間違えたかも……」
ゆんゆんとみんちゃすが不安気に顔を引きつらせる中、高難易度のポーション作りが始まった。
まずは、乾燥させたファイアードレイクの肝を粉にする。続いて、生命力の強いマンドラゴラの根っこを……。
「きゃー!めぐみんのすり鉢から火の粉が飛んできてるんだけど!ちょっとめぐみん、何作ってるのよ!?」
「ちょっ!こっちにも火が!ああっ、火が広がってく!先生、先生ーっ!」
「『クリエイトウォーター』!」
誰かの悲鳴を聞き流しながら、マンドラゴラの根っこを細かく刻もうと包丁を……。
「ねえー!マンドラゴラが何本か逃げてる逃げてる!誰よマンドラゴラなんて持ってきたのは!」
「……!?えっと、めぐみんの包丁を白刃取りしてるその植物って、マンドラゴラ……なんだよね……?」
別の誰かの疑問の声を聞きながら、激しい抵抗をみせるマンドラゴラをなんとか捌き、根っこを刻んで鍋に投入。
……だが、まだ足りない。何本か逃げたマンドラゴラを捕まえないと……。
「めぐみんオメー持ってきた材料の管理
逃げたマンドラゴラを全部抱えたみんちゃすが、呆れたように溜め息をつきながらこちらに差し出す。
「流石は高難易度の病治療ポーション、中々手強いですね……みんちゃす、手が空いているのなら手伝ってください」
「こ、こいつ……まあ良いか、とりあえずコイツを細かく刻んで……」
「いいですよみんちゃす、コイツが抵抗しないよう、その調子で押さえておいてくださいね!植物形モンスターです!みんちゃすなら心配無いと思いますが一応いっておきますが、情けは無用ですよ!ええい、暴れないでください!おろしがねで削られたいのですか!」
みんちゃすが調合を手伝ってくれる中、四苦八苦する私達の作業の様子を、ゆんゆんが青い顔で眺めていた。
「あわ……あわわわわ…………」
涙目のゆんゆんの視線を浴びながら、無事マンドラゴラを刻み終え、次はいよいよ最後の材料へと取りかかる。
エサとなるネギを常に背負い、カモの様な愛らしいレアモンスター、カモネギの……
「やらせはしない!それ以上はやらせはしないわ!」
ゆんゆんが突然叫び、私の手を横から掴む。
「なにをするのですか、調合の邪魔をしないでください」
「だってだって!ここ、こんなに……こんなに可愛いカモネギを……!」
ブンブンと首を振り、ゆんゆんが涙目で訴えかける。いつの間にか周りの生徒達もなんだか泣きそうな表情で、私の方を注視していた。
キョトンとして首を傾げる、つぶらな瞳のカモネギにも。まあ、確かに可愛らしい。可愛らしいが……。
「ゆんゆん、コイツはこんなに可愛くてもモンスターですよ?世の中には無害に見えても、その実恐ろしいモンスターだっているのです。里の周辺には安楽少女と呼ばれるヤツが生息しているのを知っているでしょう?強烈な庇護欲を湧き立たせ、その傍から離れられなくして衰弱死させるモンスターです。どんなに可愛くても、モンスターを倒す事を躊躇ってはいけません」
「そうなんだけど!そうなんだけどっ!!」
未だ食い下がるゆんゆんの肩にポンと手を置き、みんちゃすが言った。
「なんか加護欲掻き立てられてるようだけどよー、このポーションに必要なのは背負ってるネギの方だからな?」
「……へ?」
ポカンとするゆんゆんを、みんちゃすはカモネギの背にあるネギを数本抜き取り、ゆんゆんの目の前に突き付けた。
「元々ネギは病気の治療に効くと言うからなー、カモネギのネギはあらゆるネギの中でも至高の品なんだとさ」
そのままネギを刻みだしたみんちゃすを見ながら、私はゆんゆんに向かって溜め息を吐く。
「まったく……。私をなんだと思っているのですか?私にだって可愛い生き物を愛でる心ぐらいあります。無意味な殺生などしませんよ」
「そ、そうだよね、ごめんね!よかった……。カモネギは、倒すと大量の経験値が得られるレアモンスターな上に、食べると凄く美味しいって聞くから……」
「…………」
大量の経験値が得られるレアモンスター?
食べると凄く美味しい?
「本当にごめんね。薬の材料になるし、レベル上げにもなるし、お昼ご飯にもなるしで、一石三鳥とか言ってやらかすかと……」
「キュッ!」
私の手で絞められたカモネギが、小さな悲鳴を上げてクタッとなった。自分の冒険者カードを見てみると、一気にレベルが二つ上がり、スキルポイントも2ポイント加算されている。
口をパクパクさせているゆんゆんに、カードを自慢気に掲げると。
「めぐみんはレベルが上がった」
「ばかああああああああーっ!」
「俺が言うのもなんだけど、こいつホント血も涙もねーな……」
放課後。
「なによみんちゃすとカモネギスレイヤー。こんな所に呼び出して」
「めぐみんあんた、ゆんゆんに謝んなさいよ?今朝の事がよっぽどショックだったみたいで、ずっとメソメソしてたわよ?」
私は校舎裏に呼び出したふにふらとどどんこに、開口一番そんな事を言われた。
「今度カモネギスレイヤーと呼んだら酷い目に遭わせますよ?」
「別にいいじゃねーか、せっかくの称号だぞ?ドラゴンスレイヤーの亜種だよきっと」
「違うに決まってるでしょう!?他人事だと思って半笑いで適当なこと
私の言葉に、二人は顔を見合わせると……。
「まさか……」
「その、手に持ってるポーションって……」
「そう、自作の病治療ポーションです」
二人は心底嫌そうな顔をした。みんちゃすも気持ちはよくわかると言わんばかりにうんうんと頷いている……非常に腹立つがここはグッと我慢する。
「不安なのは分かります。ですが、レシピ通りに作ったので問題ないですよ。多少材料を多く入れましたが、効果が大きくなるだけだと思われます。ささ、遠慮なくどうぞ」
「ええー……」
ふにふらは心底不安気な表情ながらも、私の作ったポーションを渋々受け取った。
「さあ、これでゆんゆんから借りたお金は必要なくなりましたね。それでは、これと引き換えにお金を返してもらいましょうか」
「えっ!ちょ、ちょっと待ってよ、まだ、その薬が効くかどうかも……!」
焦りながら言ってくるふにふらの言葉を遮る様に、
「そんな事は関係ありません。というか、ふにふらの弟が本当に病気なのかどうかも私にとっては関係ありませんしどうでもいいです」
「オメーちょっと横暴過ぎね?」
黙らせるようにキッパリ言った。それからみんちゃす、あなたにだけは言われたくない。
「う……、い、いやそれは……」
「い、いや……。びょ、病気だから!ふにふらの弟は本当に病気だから!」
「んー……なんかやたらと挙動不審だが……嘘じゃなさそうだな」
口ごもるふにふらを庇う様に、どどんこがなおも言い募る。やたらと嘘に目敏いみんちゃすがそう言うのだから、多分そうなのだろう。
……が、くどいようだがそんな事はどうだっていいのだ。
「私が言いたいのは、寂しがり屋なぼっちの良心につけ込んでお金を巻き上げた事です。あの子は私の次に頭がいいんです。バカではないのですよ?私達がこれだけ怪しいと思っている事を、あの子が気づかない筈がないでしょうに」
「半分はアイツの自業自得だから、俺から言うことは特にねーな」
詰め寄る私に、二人は青い顔で慌てて言った。
「分かったって、お金なら返すからさ!ちょ、めぐみんあんた、目の色が真っ赤だから!」
「ほ、本気で怒らないでよ、こ、怖いって!」
そう言いながら、ゆんゆんから借りたお金を差し出してくる。おっといけない、どうやらかなり本気になっていた様だ。
紅魔族は感情が昂ぶった際、紅い瞳の輝きが増す(みんちゃすは何故か蒼い瞳も輝く)。このままでは私のクールなイメージが崩れてしまう……。
「……まあいいでしょう。では、このお金は私からゆんゆんに返しておきます。本当に友人になりたくてあの子に近づいたのならともかく、人の良さとチョロさにつけ込む気ならやめてください。さもなくば、私が魔法を覚えた際には、最初の試し撃ちの相手になりますよ」
「お節介かもしれねーが、人の道だけは反れるんじゃねーぞ。オメーらだって根は悪い奴じゃねーんだしさ」
「わ、分かったってば……めぐみんあんた、まだ目が真っ赤だから!ゆんゆんの事どれだけ好きなのさ!」
「もうあんた達の仲の邪魔はしないからさ、今後はちょっかいかけないから、三人で好きにしてよ……!」
ふにふらとどどんこが、焦りながらそんな事を…………。
「……なにか誤解してはいませんか?別に、私とゆんゆんはそれほど仲の良い間柄ではないですよ?……というか、友達でもありませんし」
「しかもどどんこオメー、何さりげなく俺まで組み込んでんだよ?俺は強引に手伝わされただけで、そうでなかったら放っとくつもりだったんだぞ?」
「はいはい、もういいから。これだけ必死に庇っておいて、友達じゃないってのならどんな関係なのよ?」
「みんちゃすも照れなくてもいいよ……。アンタ、めぐみんやゆんゆんとそれ以外の扱いが全然違うっていうか……特にゆんゆんと話すときだけ、ほんの少しだけ声色が優しくなってるって気づいてる?」
「んー………んー?」
「……み、身に覚え無いんだ……!?目も普通のままだし、しらばっくれてるわけじゃないってこと……!?」
「ゆんゆん、この先随分苦労しそうね……」
何のことかさっぱりわからないと言わんばかりの表情で、不思議そうに首を傾げるみんちゃすに戦慄する。 気持ちはよくわかるがその男の人生は食べる、寝る、鍛える、闘う、苛めるの5つのみで構成されているようなものだから、その手の話題でからかうのは不可能だ。
気を取り直した二人は私に向き直り、面倒臭そうに手の平で自分達の顔をパタパタとあおる。熱い熱いとでも言いたげに。
「どんな関係と言われても、ただの……。その、ライバルと言いますか……」
「はいはいはいはい、もういいからいいから。なんていうか、傍から見てると百合百合しいのよあんた達。将来ゆんゆんはどっちと結ばれるのかしら?」
「めぐみん、目が真っ赤なんだけど。こういう時って、私達紅魔族は嘘がつけないのが困りものよね。問題はゆんゆんがどっちに気があるのだけど……どっちもあり得そうなのよね」
…………。
「ま、今回は折れてあげるけど。あんた達も、主席やクラス1強いからって、あんまり調子には乗らない事ね」
「あんた達がイチャイチャしてる間に、私が歴史に名を残す大魔法使いになっちゃうかもよ?もしそうなったら、あんた達の大事なゆんゆんが私をライバル視しちゃうかもね。そうならないように精々今の内に…」
「その挑発乗ろうじゃないか」
「右に同じ」
私達は二人のそんな捨て台詞を、最後まで言わせる事なく襲いかかった。
「ほれほれどうしたのですか?ここで頑張らないと弟さんが助かりませんよ?」
「ちょっ!ああっ、せっかくのポーションを割ろうとしないでよ!あんたズルい、卑怯よ! やめっ、やめてえ……!」
「どうした未来の大魔法使いどどんこ様?魔法も使えない未熟者に後れを取るようじゃ、歴史に名を残すなんて夢のまた夢だぜ?」
「こんな時ぐらい空気読みなさいよ!これは、こういった時のお約束の捨て台詞で……!ちょっ、やめっ痛い痛い痛い!?顔を掴まないで…!」
売られた喧嘩は買う、それが紅魔族の掟だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます